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北風の道  作者: きーち
第三章 ホロヘイの厄介事
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第四話 微笑む男

 酒場『ホットドリンク』二階は宿として機能しており、ダヴィラスもそこに部屋を借りているらしい。

「ダヴィラス・ルーンデだ。これから仕事をする以上、名前を覚えていてくれ………」

「わかりました。当日はよろしくお願いしますよ」

 既にルッドは、彼に仕事内容を伝えていた。ダヴィラスはそんなルッドの話を黙って聞き、こちらの依頼を引き受けてくれている。と言っても、彼がするのは、正真正銘、立っているだけの仕事であった。

「いまいち、どういうことをするのか分からなかったんだけどさ、要するに、ババリン団の奴と戦わずに話し合うってことで良いのか?」

 キャルにも分かりやすい様に話したつもりだが、それでもあまり理解していない様子だ。まあ、戦わずに交渉をするという計画に、強く反対はしていないだけで良しとしておく。 

「話し合いじゃなくて、交渉と言って欲しいね。ババリン団に家を引き渡す様に交渉するんだ。首尾よく出て行ってもらえれば、その後は治安隊が潰してさようなら。僕らが武力に訴える必要はまったくない」

 そのためにダヴィラスの存在がいる。用意するのがもっとも難しいと思えた存在を、真っ先に用意できたのは有り難い。他にも準備しなければならない物はあるものの、用意するのはそれほど難しいことではあるまい。

「交渉か………」

 ダヴィラスの呟きを聞いて、ルッドは疑問符を浮かべる。

「何か問題でも?」

「俺は………喋るのも苦手なんだが………」

「それは十分にわかってますよ。交渉についても僕が喋りますから、ルーンデさんは、僕の後ろで立っているだけで良いです。できるなら、腰に剣でも下げて、その柄を常に握っておくとか、そういう演出をしてくれれば有り難いですけれど」

 ダヴィラスの役目は、交渉という場における脅しであった。交渉を成功させるつもりである以上、その脅しが本当に戦力として役立つ必要は無い。ただ相手にダヴィラスが恐ろしい存在だと信じさせれば良いだけだ。彼の外見はそれだけで説得力がある。

「演出………交渉というより、詐欺みたいにも思えてきたな………」

「ははは。ルーンデさんは愉快な事を言いますね。詐欺みたいだなんて」

 まったくもって笑える話だ。だというのに、キャルでさえ疑い深げな目線をルッドに向けてくる。

「詐欺じゃあないってのか? 明後日は、あいつらを騙すつもりで行くんだよな?」

「うん。そうだよ。だから詐欺みたいじゃなくて、詐欺そのものなんだ。仕事に関わらない他の人間には秘密で話したのはそのため。秘密は共犯者同士だからこそ守られるものだからね」

 恐ろしい物でも見るかのように、ダヴィラスとキャルがこちらを見てくる。だが、ルッドにとって交渉事とは、多かれ少なかれ、詐欺じみた行為が行われる場であるという認識だった。それは今回も変わらない。交渉相手を騙し、必要最小限の労力で、最大の利益を上げて見せるつもりである。

 現実はそう上手くは行かなかったが。




 決行の日を明日に控えた朝。ルッドはホロヘイの市場を一人で歩き回っていた。キャルはダヴィラスに預けている。彼女には、彼女の家の内部構造を紙に書く仕事を頼んでいた。当日は真正面から家へ入るつもりではあるが、内部で人がどの様にいるかを予想できた方が、演出上、上手くやれると思ってのことだ。

(あとの準備は、絵だね。刺繍が一番望ましいんだけど、用意するには時間が掛かるから、さっと描ける画材を探さないと………)

 交渉相手を騙すなら、演出が大切だ。ダヴィラスへの依頼もそうなのだが、キャルに頼んだ仕事も、これから用意するつもりの物も、演出のための飾りと言えた。

(あのモチーフを事前に知れたっていうのは、随分と幸運かもしれない。今回の仕事に大きく関わって来るものだし―――っえ?)

 とん、と背中を押された。いったいなんだと振り向くと、にこやかな表情を浮かべた、背の低い初老の男性が立っていた。彼の右手が、ルッドの背中へと触れており、さっき押されたと感じたのはこれであった。

「えっと。なんですか?」

 ルッドは初老の男性が自分に何の様だと思い、振り返って尋ねた。男性はにこにこと笑ったまま答える。

「これを見てもらえますか?」

 男性は差し出されたままの右手を見る様に促す。なんだろうと彼の手を覗いた瞬間、彼の服の袖から、何かが跳びだした。

 その何かを男性の右手が握り、ルッドの腹部へと持ってくる。良く見なくても、それは刃物であった。

「何を―――

「おっと、静かに。騒ぐ様子を見せれば、これがそのまま突き刺さります。そうしないのは、あなたに聞きたいことがあるからですが、暴れるというのであれば、話す意味が無いと判断します。良いですかな?」

 頭が混乱しそうになるものの、男性の言葉がゆっくりだったせいで、嫌でもその意味を飲み込む。自分はどうしてだか、目の前の男性に脅されているのだ。

 ルッドはとにかく生き残ることが大切だと考え、黙って頷いた。

「宜しい。では、ゆっくりと振り向いて、私が指示する場所に向かってください。決して急がず、ゆっくりと」

 走って逃げようとすれば、やはりその刃物がルッドの体に突き刺さるのだろうか。今は逃げられる状態では無いとルッドは考えて男性の指示に従う。ただし、従うのは体だけだ。頭の方は反抗の方法を考え出そうと、必死に働かせている。

(なんだ? いったい何が起こっている? 強盗か? それとも別の目的?)

 強盗だとしたら、こんな回りくどいことをするだろうか。例えば、ここでルッドが暴れ出したらどうなる。

(騒ぎになって、強盗どころじゃなくなる。やり口からして玄人っぽい雰囲気だし、強盗の線は無いか………)

 だとしたら、ルッドを別の場所へと歩かせて、何をする気なのだろうか。

(人気の無いところへ向かっているのだとして……最初から殺すつもりってことは無い……と思う。そうするんなら、僕に話し掛けた時にできたはずだ)

 背中を押された時、それが刃物だったらと思えば、背筋がぞっとする。自分でも気づかぬうちに背中を刺されて、そのまま市場のど真ん中で死んでいたのかもしれないのだ。

 恐らく、男の指示に従わなければ、実際、そうなるだろう。言われるがままに歩いているこの状況で、少しでも抵抗の意思を見せれば、ルッドの命は無い。

(それができる腕があるからこそ、僕をこんな方法で脅しているんだ。そんな彼がしたいこと……僕と何か会話をしようとしている?)

 現状の力関係から言って、尋問に近いだろうと思われるが、恐らく暴力が第一の目的ではあるまい。

(何か僕から聞きたいことがあるんだ……なんだ? 僕はいったい何を知ってる? 何をしでかした? 心当たりは……あると言えばあるけど………)

 例えば最近はこの町の自警団に喧嘩を売った。ババリン団にしてもそうだろう。しかし、今の状況は、それらの組織のやり方とは思えない。もっと暗い世界に棲む様な……まっとうな組織では無く、それでいて力を持った………。

「………ブラフガ党?」

 辿り着いた結論に自分で驚き、口に出してしまう。慌てて口を閉じるルッド。迂闊だった。今の一言が、もし背後にいる男の気に障れば、自分の背中は鋭い刃物で裂かれてしまうのだから。

「ほう。気が付いてしまうものですかねえ。ああ、もう振り向いて結構ですよ」

 男から返ってきたのは、淡々とした感想だった。ルッドが傷つくことは無い。だが、その言葉は、ルッドの内心に衝撃を与えるには十分だった。

 慌てて振り向き、男の姿を確認するルッド。

「そんな……どういう………」

 ルッドに刃物を突きつけた時と変わらぬ様子で微笑む男。場所は変わり、ルッドと男以外がいない裏路地である。恐怖を感じないわけが無いが、それ以上に疑問が浮かぶ。

(ブラフガ党が、いったいどういう目的で僕に接触してきたんだ?)

 この国に来て間もないルッド。ブラフガ党自体に関わったのは一度きりである。その時は、恐らく末端の盗賊であった。

「わけがわからぬという表情をしておられますが、あなたはうちの構成員を撃退しましたね? ならば、我々との関わりはそれで十分だ」

 やはり男は、以前襲われた盗賊に関係して、ルッドの目の前に現れたらしい。しかし、本当にそれだけだろうか。

(末端を潰されて、その度に報復に来るっていうのは、有りそうな話で、実際は少ないことなんじゃあないか?)

 組織力というものにも限界がある。ブラフガ党というのは随分と大きな組織と聞くが、末端の人員というはそれだけ多いだろう。それらが潰される度に何等かの仕返しをするというのは、組織にとってかなりの労力になってしまう。

(潰されたら、そのまま切り捨てるからこそ、末端なんだ)

 明確な敵意をもっての攻撃なら別であるが、あくまでルッドは、身にかかる火の粉を振り払ったに過ぎない。と言うか、自分では振り払えず、護衛として雇ったレイナラに助けられたのが実際だ。

「質問を幾つかします。まず、あなたの名前は?」

「……ルッド・カラサ」

 この男はいったい何を考えているのか。相手の思考を読み抜くには、会話を続けることと、ルッド自身が無事でいることこそが重要だ。

 だから、相手の質問にも素直に答える。口ごたえした先には何も得る物は無く、一方で致命的な損だけは多くあるのだ。

「ふむ。珍しい名前だ。最近は外海から来た旅人がいると聞きますが、そういう類の? ああ、いえ、これは質問ではありませんから、答えなくても結構ですよ」

 名前を聞いただけで、あれこれと考え始める男。さっさとお前の考えるとおりだと返せれば手っ取り早いのだが。

(いや、手っ取り早くちゃあ駄目だ。出来る限り会話は長引かせないことには、相手の目的がわからない)

 ルッドへの質問から、相手は何を望んでいるのか。それが分かれば、この場を打開する方法を考え出せるかもしれない。

「二つ目の質問は宜しいですか? 駄目だと言っても答えていただきますが、この町とベイエンド港を繋ぐ街道で、盗賊を撃退したのはあなたでしょうか?」

「……商品を狙った盗賊なら対処した」

 レイナラの名前を出すべきかとも思ったが、質問は盗賊を撃退したかどうかなんで、それだけを答える。

(相手がする質問の回数が増えるなら、それに越したことは無いよね)

 別にレイナラへの親切心から口にしないわけではない。ルッドにこの目の前の男が辿り着いた時点で、レイナラの存在も既に知られているだろうから。

「あそこに配置した盗賊は、複数人だったと記憶しているのですが、優秀な護衛をお持ちだったのですねえ。しかし商人でしたか。そうは見えませんが」

「……そうかな」

 冷や汗が出そうになる。もしかして、ルッドがブルーウッド国の外交官員であることもバレているのだろうか。

「ええ。もっと別のことをする人種に見えます。まあ、私の勘が外れただけの話ですけれど」

 どうやら、単にルッドの人となりを見ての感想だったらしい。となると、男の勘はかなり鋭いことになるが。

(話し方から考えて、僕に関わったのは、盗賊との一件があるかららしいけど、それが主題じゃあないみたいだ。もっと、僕から聞き出したことがあるんだろう。それはなんだ? 僕はいったい何を知っている?)

 彼らが引き出したいルッドが持つ情報。なんとかそれを考え出そうとする。答えなら、他ならぬ自分自身が知っているはずなのだ。

 男は三つ目の質問を口にせぬまま、考える様にルッドの顔を見ている。ルッドの立場が商人であるというのが、それ程に興味深いのか。

(考えろ、考えるんだ。相手を出し抜くなら今だ。相手がこっちに興味を持って、こっちが何かを口にするチャンスでもある。さっきも少し言葉を口にしたけど、勝手に話すなとは脅されなかった………)

 交渉の始まりとは機会を見極める事だ。こちらの望みを通す機会を、会話の中から導き出す。そして次には、いかなる言葉が相手の心に響くかを考え出す。

(三つ目の質問。それは多分、僕が知っている情報を聞き出す質問だろう。それに先んじて、僕から、向こうが欲しがっている情報を口にする。そうすれば、相手の興味をもっと惹ける)

 脅されているこの状況で、ルッドに必要なのは、相手がこちらを生かそうとする意思である。自分の命を握っているのは目の前の男なのだ。腹立たしい気分であるが、彼の親切心や好奇心とやらをくすぐるのが一番であるはずだ。

(盗賊の件以外で、ブラフガ党に関わった事……ベイエンド港に違法取引所か? 違う! 僕がブラフガ党と明確に接触したのは、盗賊の件からで、彼らの方が僕に接触してくるのは、その後、さらに何かがあったからだ)

 となれば、考え付く事は限られている。というか、ババリン団と揉めた事以外は考えられない。

(そうか、そういうことか! わかったぞ。だから僕に………)

 漸く相手の意図が読めた。どうやら自分は、気付かぬうちに、危うい深みを歩いていたらしい。このまま放っておけば、最悪の状況に陥ることになっただろう。

(というか、今がその最悪の状況ってことだろうね)

 だが、真に引き返せぬ状態というわけではない。恐らくこの状態は、ブラフガ党にとっての慈悲なのだ。ルッドが自分達に喧嘩を売っている。そのことの確認を、ルッド自身にさせているのだろう。

「それでは三つ目の質問です。あなたは―――

「ババリン団を潰すつもりです。そのために動いていました」

 さあ、この答えに相手はどう反応する? 恐らく、相手が望む回答を、先んじて話せたはずである。だが、それでもこの答えは賭けとなっているだろう。男の神経を逆撫でして、ルッドに危害を加えてくる可能性も大いにあり得る。

「ふむ。私の目的、事前に話しましたっけ?」

「いえ、刃物を向けられていただけですよ」

 出会いはそれほどに和やかな状況で無く、目的というのも、最初はまったくわからなかった。

「ですよねえ。ふん? となると、あなた自身で考え出したわけですか? ええ、その通りですよ。私は、あなたがいったい何の意図でもって、あの小僧共に近づいたのかを聞きに来たのです」

 その答えは、大凡ルッドの予想通りだった。彼らの末端であるところの盗賊を倒したことで、ルッドはブラフガ党に認識される存在になった。そこまでは、あくまで興味の範囲でしか無かっただろう。しかし、ババリン団という存在が、ルッドとブラフガ党の距離をさらに縮めてしまった。

(ブラフガ党も、ババリン団を狙っていたんだろうさ。そこに、自分達の構成員を倒した僕が現れた。いったい何が目的だと考えて、僕に接触した。そういうところだろう)

 もしかしたら、敵対者として自分達に関わって来たのかもしれない。ブラフガ党側はそう考えたのだ。だから、ルッドに忠告をするのだろう。これ以上関われば、命は無いぞと。

「わかっていただけるのなら話は早い。この件からは手を引きなさい。ブラフガ党を敵に回すつもりが無いのでしたら、それが一番ですよ。あなたが手を下さずとも、私達があれらを潰しますからね」

 なんとかこの場は生き残ったのだろう。というか、ルッドが頭を働かせなくとも、彼らと敵対する意思を見せなければ、ルッドを解放するつもりだったに違いない。人の命を奪うというのは、存外にリスクの大きいことであり、あまりそういうことをしたくないのかもしれない。

 本来であれば、ここでルッドは胸を撫で下ろし、二度と関わるまいとするはずだ。しかし、それでは駄目だと考える自分がいた。

(ブラフガ党がババリン団を潰すにしたって、やっぱりキャルの家は荒らされるはずだ。治安隊がブラフガ党に変わっただけなんだからさ)

 ブラフガ党には手を引いて貰う必要がある。キャルの依頼を完遂するためには、それが必須であった。だが、そんなことを口にすれば、せっかく守った命が再び危険に晒される。

(やめておこう。キャルには謝れば良い。僕には荷が重すぎる仕事だったんだ。どうしようもないさ)

 ルッドとて人の身である。商人としても外交官としても見習いであり、無理をする必要など何も無い筈だ。しかし―――

「その……待ってください」

 自身の思いとは正反対の言葉が口から飛び出す。おかしいではないか。肉体というのは、心で決めた通りに動くはずなのに。

「待ってと言いましたか? 勘違いしないでいただきたいのですが、私がやっているのは脅しと命令です。もしそれに反対するというのであれば……わかるでしょう?」

 男が手に持った刃物を振る。それはルッドにずっと向けられていた。

「それは十分に。ですけど、ババリン団を潰すという考えは、両者とも共通のはずですよね? 結果が同じであるならば、僕らが行なった方が、あなた達は労力を使わなくて済む。そうは思いませんか?」

 これ以上の交渉は危険だ。落ちれば死ぬ綱渡りを歩いている様なものであり、キャルの依頼だけで、そこまでのことをする義理も無ければ甲斐も無い。そのはずなのだが、それでもルッドの言葉は止まらない。

「………つまりは、私達はただ黙って見ているだけで良い?」

 そうだと言いかけて、その言葉を飲み込む。そうではない。もし、ルッド達がブラフガ党の仕事を代わりにすると言っても、彼らはそれを断るだろう。

(断るどころか、逆鱗に触れる可能性だってある。代わりに仕事をするから、何もせずに待っていろなんて言葉を、一番嫌う人種に見えるから………)

 人に舐められてはならない。ブラフガ党の様な非合法組織は、そういうメンツを非常に気にしているはずだ。

 こっちが何もかもをするから、黙って立つだけで良いなどと言うのは、相手をもっとも蔑む言葉になってしまう。

(一番正しい答えはなんだ? ババリン団に関しては、僕らが主体になって動き、尚且つ、ブラフガ党に筋を通せる答えは………)

 既にルッドは、心中まで、ブラフガ党との交渉に挑むつもりになっていた。何故だろうか。自分でもわからない。ただ、舐められっぱなしで我慢できないのは、ルッドも同様であったのだ。

「ババリン団を潰すだけの労力なら、節約できるってだけです。それは僕らがしますから、あなた達は、別のことをすべきだと提案できます」

「私達は、あの粋がっている連中を潰すためだけに、この町で動いているわけですが、あなた達がその仕事を奪うというのでしたら、もうすることが無くなりそうに思えますねえ」

 やはり彼らにとって、仕事が無くなるというのは気分の良いことでは無いらしい。男の言葉には、そういうニュアンスが含まれていた。となれば、ルッドが提示しなければならぬこととは、代わりとなる仕事ということになる。

「この町の自警団。ホロヘイ民間治安隊でしたっけ? あの人達、ババリン団のやったことすべて、ブラフガ党が原因という形で決着を付けるつもりらしいですよ。まあ、既に知っているかもしれませんが」

「いえ、初耳ですね。どうにも、こちらの動きが読まれているのか………」

 この町に来たばかりのルッドが気付いた事なのだが、ブラフガ党は自警団の動きに気が付いていなかったらしい。これはブラフガ党側にとっては思わぬ手抜かりであり、ルッドにとってはチャンスである。交渉の場において、相手の隙はこちらの優位なのだから。

「あなた達がババリン団を潰したとして、治安隊の動きは変わりませんよね? すべての責任をあなた達が負う様に動くはずだ。なら、ババリン団は僕達や治安隊の動きに任せて、もっと他にするべきことがあると思うんですが………」

「事態が完全に収束する前に、ババリン団はブラフガ党とは無関係であると広める必要があるわけですか。なるほど。確かにそれにも労力が必要ですし、ババリン団を潰すための労力をそちらに傾ける必要もある。考えましたねえ」

 一時的に手を組む様な物である。ルッドはそれをブラフガ党に提案した。これが、現状でもっともベストな選択だと思えたからだ。正直なところ、かなり嫌々の選択ではある。

「………わかりました。それで手を打ちましょう。ですが、我々とこの様な取引きをした以上、仕事が上手く行かなかった時は、それ相応の罰があるということを、覚悟していただきたい」

「ババリン団を直接潰すのは治安隊になるでしょうから、その点に関する失敗は無いと思いますよ。僕はあくまで―――

「覚悟は大切です。事実はどうであれ、覚悟があれば、自身の力を想像以上に高められる。さっきまでのあなたにも、そういう物を感じましたが?」

 覚悟。ルッドに危険な交渉をさせたのは、ルッド自身のそんな感情であったと、何故か目の前の男が説明する。

 そうして、これから行う仕事も、そういう覚悟があれば上手く行くとも。

「気に入りましたよ、ルッドさん。まだそれが何なのかは判別できないが、あなたには何がしかの才能がある様だ。一時的とは言え、共に仕事ができるというのは面白く感じる。親切心というわけではありませんが、これをどうぞ」

 男が少し大きいハンカチの様な布を渡してくる。それには、刺繍で絵が描かれていた。

 ホーンドラゴンの刺繍。ブラフガ党のシンボル。

「僕は、別にあなた達の仲間になったわけじゃあ―――

「これからの仕事に、それが必要でしょう? 手を組む以上、貸せる手は貸す程度の意味ですよ、それは。お互い仕事は上手くやりたいですからねえ。私の名前はファンダルグ。機会があれば、また会いましょう」

 初老の男、ファンダルグは、そう言ってルッドから離れ、ルッドが数度瞬きをする内に、ルッドの視界から完全に消えた。

「ふぅ………二度と会うもんか」

 ファンダルグが居なくなるのを待ってから、ルッドはそんな愚痴を零す。まったくもって、想定外の厄介事だった。心臓に悪い。できれば、こんなことはもう経験したくなかった。

(けれど、もしかしたら、これからもこういうことがあるのかも)

 ブラフガ党との関わりは、これを機会にもっと深くなっていくのではないか。そんな予感が、手渡された布きれから伝わる。

 吠える角竜の刺繍が、ルッドの頭痛を悪化させていた。



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