第三話 外見だけの用心棒
ホロヘイ表通りの市場で、キャルに幾らか今後についての説明をしたのであるが、まだ彼女の疑問は残っているらしく、ある目的地にルッドが足を運んでいる間も、彼女の問い掛けは続いていた。
「治安隊が動いてくれるんなら、そもそも、兄さんに家を取り戻してって頼む必要も無いわけじゃん。そこんとこ、どう思ってるんだ?」
ルッドの話を聞いていて、そんな結論に達したらしいキャル。事実、治安隊が将来的に動いてくれる展望があるのなら、ルッドの出る幕は無いかもしれない。
「治安隊がババリン団を潰すつもりなのは間違いないとして、その潰す状況っていうのが問題なんだと思う」
「あいつらがいなくなれば、そのまま家が戻ってくるだろ?」
「そのまま、無事な状態の家が戻ってくると思ってる? 多分、このままだと、君の家が騒動の中心になるよ。治安隊に攻め込まれれば、ババリン団だって反抗するかもしれないし、そうなれば………」
多数人が争う騒動になれば、家の中はボロボロになるだろうことが予想できる。
「…………ババリン団のやつらさ、暴れる時は火炎瓶とか持ち出したりするそうなんだよ」
「追い詰められれば使うかもね」
レンガ造りや石造りの町並みであるホロヘイは、火を武器に使うことに抵抗が無いのかもしれない。他の家に類焼する危険性が低いだろうから。ただ、出火した家は、鎮火のために壊される可能性はある。
「ど、どうしよう。このままじゃあ、家を取り戻す前に家が壊される!」
慌てるキャルであるが、ルッドは最初からそれを問題にしている。問題としている以上、今の今まで、ずっとその解決策を考えていたのだ。
「だから、僕がなんとかしてみせるわけさ。重要なのはやっぱりタイミングだよ。ババリン団自体は治安隊が倒してくれるし、それを邪魔したら、今度はこっちが治安隊に目を付けられるから、手を出さない。一方で、治安隊がババリン団を潰すそのタイミングで、僕らは動く必要がある」
ババリン団には手を出さないが、キャルの家は守る必要がある。そんな無理難題に近い問題を、どうやって解決するか。
「問題はババリン団があたしの家にいることなんだから、そもそも無理じゃん」
「そうかな? 治安隊の目的はババリン団にあるんであって、きみの家じゃあない。僕らがするべきなのは、ババリン団を一時的に家から追い出すだけで良いんだ。後は、治安隊が勝手に後顧の憂いを排除してくれる」
ババリン団を追い出すタイミングは、治安隊がババリン団を潰す少し前が良いだろう。追い出した後に、再び家にババリン団が戻ってくるというのは面倒であるから。
「都合の良い話ばっか言うけどさ、実際、どう動くかを話してないよな。兄さん、本当に上手くやれるのか?」
キャルもなかなかに疑い深い。良い傾向だとルッドは思う。目の前の物事にただ突き進むという生き方は先が短いのだ。彼女の様に身寄りの無い子どもは、もっと頭を働かせて、慎重に石橋を叩くくらいのやり方が丁度良い。
「何をするかは追々話していくよ。いくらか準備が必要なんだ。そして最初の準備を行うのがこの酒場、『ホットドリンク』だ」
ルッドは目的地に辿り着いたことを確認する。表通りからは外れた道に向かい、少し空気が悪くなって来たなと感じ始める様な場所に、この酒場は存在していた。
その筋のおいてはそれなりに有名らしいが、どれくらい名が知れているかはルッドも分からない。ただ、これから行うことに必要な物は存在していると思われる。
「……ここが? なんか、ババリン団と似た様な奴らが集まりそうだな」
当たらずとも遠からずと言った感想を述べるキャル。この酒場は、戦いの腕を対価に金を手に入れる者達が集まった場所である。実態はまだ知らないが。
「とにかく、入って見なければ始まらないよ。最初の準備は、自分の目で見なければ分からないことなんだ」
ルッドは『ホットドリンク』へのドアを開く。押しただけで簡単に開く構造のドアを抜ければ、そこにはガラの悪そうな人間が、昼間から酒を飲み交わしていた。
しかし、ルッドが入って来るなり大半の人間の手が止まって、視線がルッドに集まる。
(あー、前にもあったよね。この状況)
既視感の原因はわかっている。ベイエンドの港でも、同じような事があったのだ。
「へへへ。おいおい、坊ちゃん。ここはあんたの様な―――
「すみません。そういうのもう良いんです」
「そうか? 挨拶みたいなもんなんだがな………」
まっさきに話し掛けて来た男が、残念そうに肩を落として、ちびちびと酒を飲み始めた。ルッドに視線を向けていた他の人間も同様で、何事も無かった様に、入ってきた当初の雰囲気を取り戻していく。
(もしかして、この対応が一番正解ってことなのか!?)
彼らのノリが分からない。ただ、頭を抱えることもできないため、とりあえずはキャルも酒場の中に入れ、目当ての人物がいるかどうか探してみる。
「誰か知り合いでも居るのか?」
「居たら良いなってところかな。居ないなら居ないで、自分でなんとかするんだけど……って、あ、いたいた」
ルッドは目当ての人物を見つけた。酒場のテーブルに突っ伏しており、顔が見えぬものの、長い黒髪と線の細い体格には見覚えがある。
「昨日ぶりですね、ラグドリンさん」
酔いつぶれて眠っている様子の彼女、レイナラ・ラグドリンであるが、ルッドの声は聞こえたらしく、のろのろと起き上がって来た。
「なーに? ええっと………あなた…誰だっけ?」
レイナラの顔は真っ赤だ。もしかして、ルッドと別れてから、ずっとこの酒場で酒を飲んでいたのだろうか。
ルッドが渡した仕事の報酬はそれなりの額ではあっただろうが、そのことで完全に舞い上がっているのかもしれない。
「忘れられたっていうのは寂しいんですが、できれば思い出していただければ嬉しいです。ちょっと聞きたいことがあって来たんですけど」
「兄さん、この人、大丈夫なのか?」
不安そうにキャルが尋ねて来る。聞いてくれるな。こっちだって彼女を見て、途端に不安になってきたのだから。
「待って……ちょーっと待ってね………あ! 思い出した! 商人のルッド・カラサさん! え? 何? さっそく、別の仕事?」
慌てて身だしなみを整え始めるレイナラであるが、どう足掻いたところで、酔っ払って乱れた髪形が直るはずもない。
「残念ながら、レイナラさんに頼む様な仕事はまだ無いです」
「なーんだ。じゃあ、もう少し寝てても良いわよね? 実は、昨日別れてからこっち、碌に寝てないのよ」
「こっちが声を掛けるまで寝ていた様な」
「だから、それが昨日ぶりの睡眠時間」
「………」
どうしたものかと顎に手をやる。隣のキャルの目が、不安から不満へと変わって行くのを肌で感じているため、とにかく話を進める必要があるだろう。
「ええっと……あ、待ってください。まだ寝ないでください。人を紹介して欲しいんですよ、人を」
「人? お仕事なら、私がするわよ?」
「酔った顔で何言ってるんですか。今度の仕事は、戦闘が大きく関わる仕事じゃあなくて、容姿が肝心なんですよ。今のラグドリンさんじゃあ、とても無理でしょう?」
彼女には、知り合いを紹介して欲しかったのだ。彼女と似た様な仕事をしており、戦闘技術はさて置いて、外見が強そうな人間を。
「ううーん。素面でも、外見には自信が無いわねえ」
別にレイナラの外見が醜いわけでは無く、強そうに見えないという意味での自信だ。彼女は女性で、美しく見える類の外見であるため、戦闘能力を売りにする仕事においては、劣った外見になってしまう。
「腕はあんまり重視してません。ただ、外見はもう誰が見てもヤクザっぽくて、腹に一物も二物も抱えてそうな雰囲気がある人が良いです。実情はべつになんだって構いませんから、とにかく外見重視で」
「誰かにハッタリでもかます気なの? だったら………えーと、マスター、ダヴィラスって、仕事入ってたっけ?」
レイナラが、酒場の主人に尋ねる。他の客に酒瓶を渡していた主人は、レイナラの質問に少し考えてから答える。
「あいつなら二階で寝込んでるよ。ほら、前の仕事が大失敗だっただろ」
「知らないわよ。あたし、昨日までこの町に居なかったのよ?」
「そうだったなあ。だが、あの男が失敗して落ち込むなんて状況は、珍しくも無いだろうさ」
どうやらダヴィラスという男が、レイナラが紹介しようとしている人物らしいが、仕事を良く失敗している様子。
「依頼人が悪いわ。外見だけで選ぶから駄目なのよ。ちょっと体の動きを見れば、戦い上手かどうかなんてすぐわかるのに」
「体の動きだけを見て、素人か玄人かを判断なんて、それこそ知識が無いと無理だと思いますけど………」
話題がレイナラと酒場の店主の世間話になってしまう前に、ルッドは自分から会話に入る。
「まあね。だから腕に見合わない仕事を頼まれて、大失態をしちゃう。そういう人間よ。けど、あなたが外見だけを望むのなら、適材適所の人材だと思うわよ」
仕事の失敗を覆す程に外見が良いということだろうか。確かに、ルッドが求めているのはそういう人材だ。
「なんなら、今すぐにでも会えませんか? できれば、その顔だけでも見ておきたいんです」
「さっきも言ったが、今は落ち込んでいる最中でな。仕事の話ができるかどうか怪しいぞ」
酒場の主人が忠告してくる。どうにもメンタルの面で不安がある様だ。
「なあ、兄さん。本当にそいつに仕事頼んで大丈夫なのか? どういう仕事なのかもわからないんだけどさ」
遂にはキャルまで、ダヴィラスという男に対して不安を口にし始めた。まだ会ってもいないというのに、可哀そうな人間もいたものである。
「度胸に難ありというのは、ちょっと心配だなあ。まあ、それも会って見ないことにはわからないけど………」
話に聞くだけでは、雇う意欲が削がれていくだけだと思う。こうなれば、意地でも一目は見ておかなければ。
「わかった。呼んでくるよ。仕事の紹介で邪険にされることも無いだろうしな」
そう言い残して、店主は酒場の二階へと登って行った。
「ここの二階は、そのまま宿になっているの。酔い潰れる人間も多いから、そのまま二階の部屋に運び込んで宿賃を取るのよ? やり口が汚いと思わない?」
先程まで酔い潰れていた人間が言う台詞ではない。そもそも、酒場のテーブルで突っ伏しながら眠られては、商売の邪魔になるだろうに。
「なあ、ところでさ。もしかしてここって、腕に自信のある奴を雇える場所なのか?」
今さらキャルがそんなことを尋ねて来る。そう言う場所以外の何であるというのか。
「そうよ? だから、お嬢ちゃんみたいな娘が来るには、ちょーっと早いわねえ」
「ちょっとだけしか早く無いんですか」
キャルはまだ子どもであり、暫く経ってもやはり子どもであろう。
「もう2,3年したら、違和感無く紛れ込めるわよ。お嬢ちゃんにはそういう適正がありそう」
「兄さん、これって褒められてるのかな?」
「泥棒に盗みの才能があるって言われて、どう思うかの問題に近いんじゃないかな」
少なくともルッドは嬉しくない。暴力的とか荒っぽいとかいう表現が嫌いだからだ。この酒場にいる人間は、そういうものこそを才能にしているのだろうが。
「才能の話なら、これから会うダヴィラスという男は、有ると言えるし無いとも言えるわよ」
「どっちなんですか」
レイナラの説明はどっちつかずで意味の無い事の様に思える。
「とりあえず、どういう才能があるかについては、すぐにわかるはずよ。ほら」
レイナラは酒場の階段に視線を向けた。ルッドも追って階段を見ると、店主に連れられて男が一人降りて来ていた。
(………なるほど。才能っていうのは、確かにあるみたいだ)
男、恐らくはくだんのダヴィラスだろう。彼の姿は、一目でどういう種類の人間かが分かってしまう。
鋭い目つきはまるで鷹が獲物を狙うかの様で、整った鼻筋からきつく結ばれた口元に続くラインは、表情から感情というものを消してしまっている。
まっとうな職業の人間ではない。だれもがその外見だけでそう思うだろう。黒一色の服装が、さらにその雰囲気を強くしていた。一方で、決して知性を感じさせないわけではない。むしろ、攻撃的な知性があるのではと思わせる、独特の空気を纏っていた。
もし、荒事に人を雇うというのなら、こういう男が良いだろう。誰もがそう思うはずだ。
(ヤクザというより、殺し屋って感じだね。求めていた人材ではある)
必要としている人材なら、今、目の前に現れた。喜ばしい事実であるが、ある種の不安がルッドの心中に渦巻いていた。
「なんか凄そうなのが出て来たみたいだな、兄さん」
興味半分恐怖半分と言った様子のキャル。ルッドも似た様な心持ちであるが、それとは別の感情も存在している。それと言うのも、新たに現れた男が、どこか挙動不審だったからだ。
「………誰が俺の依頼人なんだ? 怖い奴は……嫌だぞ」
男は自分を連れてきた店主にぼそぼそとした声で伝える。酒場の喧騒に紛れそうになるものの、ルッドはそれを聞き逃さなかった。冴えた見た目に反するダヴィラスの弱気な発言を。
(ああ、才能が無いって方の理由もわかっちゃったよ)
ダヴィラスが店主の後を追って、ルッド達へと近づいて来る。常に店主の背後に位置取っているその姿は、格の大きさを感じさせてくるが、見方を変えれば、店主の影に隠れて臆病だとも思える。
(どっちだろうねえ。多分、後者だろうけど)
この酒場に集まれる人間の中で、才能というのは、如何に客を呼び込めるかと、実際に荒事になった際の戦闘能力。この二つを指す。
ダヴィラスは前者の才能があり、後者の才能が無い人間なのかもしれない。丁度、レイナラとは逆というわけだ。
「で………あんた達が俺を呼んだのか………」
声が小さい。声の質が低いから、ドスの効いた声に聞こえるものの、それを無視するのなら、単に人見知りをしている声にしか聞こえない。
「ええ。そうです。僕の名前はルッド・カラサ。これでも商人をしています。今回はその商売に絡んだ依頼をしに来ました」
幾らか話して、相手がどれだけ臆病なのかを見極める必要があるとルッドは考える。これから雇う相手として、ダヴィラスの容姿は合格点を優に超えている。一方で、戦闘技術は置いておくとして、多少の事では動じぬ精神的な強さが必要になってくるのだが、ダヴィラスにはそれがあるだろうか。
「………仕事内容は? 依頼料については………、それで変わるぞ………」
こちらに探りを入れているつもりだろうか。彼の外見がそのまま彼の性格を反映しているのだとしたら、つまらぬ仕事は引き受けないぞと脅している様に思えるだろう。
(実際は、自分が達成できる仕事かどうか怯えているだけだったりして)
ここらで、彼の性格を十分に把握しておくべきだろうか。ルッドは彼が必ず何がしかの反応を返すであろう言葉を放つ。
「立っているだけで良いです。戦う必要もありません。だから報酬もそれなりです」
キャルから家を取り返して欲しいという依頼をされたルッドが、さらに別の人間を雇おうとしているため、あまり高額な報酬は容易できない。だからこそ、そこまで仕事内容を高望みしていない。
普通なら怒ったり呆れたりする様な言葉であり、一般的な人間を相手にするなら、ルッドはもう少し言葉を選んでいた。ただ、ダヴィラスの性格を理解するためには、真正直に依頼内容を話した方が手っ取り早いと思ったのだ。
「………本当に……立っているだけで良いのか?」
「え? 今の話だけで、引き受けるつもりになったの?」
ダヴィラスの返答に驚いたのはレイナラだった。彼女にしてみたら、内容が怪しいと思われる仕事であり、すぐさまその仕事を受けようとするのは信じられない話らしい。彼女とて、客が来なくて困っている立場だろうに。
「それくらいなら……できそうだし………」
「あんた、大丈夫か?」
気弱さすら感じるダヴィラスの言葉に、もっとも不安になっているらしいキャル。第一印象と大きく違う性格というのを見せつけられると、人はこうも不安定な気持ちになるのだろうか。ただ、外見自体は期待を裏切っていないため、仕事の話は継続する。
「とりあえず仕事の日時についてですが、明後日の夕刻くらいで行って欲しいです。すみませんが、時間が無いんですよね」
この町の自警団が、ババリン党潰しへ向かう前に事を終えておきたい。そのタイムリミットぎりぎりの時間帯が、ルッドの提示した時間だ。
「………立っているだけなら、その時間でも構わない……どうせ、他に仕事が入る事は無いからな………」
目つきを鋭くしながらダヴィラスが話す。何か機嫌を悪くする様なことを口にしただろうか。
「マスターが、ちょっと前に仕事を失敗したって言ってたでしょう? 一度そういうことがあると、暫くは仕事が入らなくのが、私達の業界の常なのよねえ。噂が伝わるのがとっても早いの」
仕事を失敗する様な人間は、評判が落ちて仕事が入らなくなる。レイナラは自分達の業界はそうだと言うが、ルッドに言わせれば、どこだって信頼度の低い相手には仕事を任せないものである。
「噂が消えるのも早いから、期間さえ置けば………また入ってくるけどな………」
「へえ、そうなんですか?」
ダヴィラスの言葉は意外に感じるものだ。どんな業界でも、一度落ちた信頼というのは、中々に回復し難いものであろう。しかし、少し期間を置けばそうでも無いというのは、護衛や荒事を生業とする世界では違うらしい。
「いやいや。ちょっと待ちなさいよ。違うわよ? 私達でも、仕事を何度も失敗する人間は、早々に舞台から退場するのが普通なの。けれど、こいつは別ってだけ。依頼人側が、顔だけ見て、前回までの失敗も何かしらの理由があったんだろうって深読みしちゃうのよ」
なるほど。ダヴィラスの外見は、物を言わぬ売り込み材料になっているということか。いくら失敗を重ねたとしても、それを補填できる才能というのは、凄いものである。
依頼人側にとっては堪ったものではないが。
「……待ってくれ。そう何度も、仕事を失敗しているわけじゃあ…………ない」
最後の否定に間があったのはどういうことだろう。考えなくてもわかるのであるが、あまり納得したくない。
「良く言うわよ。そんな顔をして、武器の腕も喧嘩の強さもからっきしじゃない。一度、この酒場で料理の手伝いをして、包丁で指が傷だらけになったって聞いたわよ?」
「………確かにそれは事実だが、護衛対象をしっかりと守り切ったことだって………」
「襲ってきた盗賊が素人に近くて、あなたの顔を見ただけで驚いて逃げたって話よね。結局、運任せよ。それじゃあ、長くこの仕事を続けられないわ」
レイナラとダヴィラスが口論を始めた。ダヴィラスの言葉には勢いが無いため、終始レイナラが優勢である。
「………護衛対象を置いて逃げたこともない」
「それは基本的な部分であって、玄人っていうのは、さらに秀でた部分を持ってなきゃならないわけなのよ」
「ちょっと待ってください」
話に割り込むルッド。このままでは仕事の話を続けられないと考えてのことであるが、彼女らの話で気になる点もあった。
「………何だ?」
「護衛対象を置いて、逃げたことが無いって話ですが、それは事実ですか? 戦いの腕が無くて、良く逃げ切れましたね」
「ああ………とにかく、護衛対象の命を優先していた………と思う。がむしゃらになったら………、そういうことはできるんだ」
「商人の護衛なら、盗賊が商品に気を取られている隙にとか、要人なら体を張って守るけど、襲撃者の顔さえ確認できずに取り逃がすとか、まあ、そんな感じらしいわ」
話を聞くうちに、必要最低限の精神性をダヴィラスは持っているらしいとルッドは評価した。レイナラはそれを評価していない様だが、ルッドにとっては十分と言える。
「キャル。このダヴィラスって人を、僕は雇いたいと思っている。別に良いかな?」
「本気で言ってるのか、兄さん? だって、あんまり頼りになりそうにないというか………」
これまでの会話で、キャルはすっかりダヴィラスへの評価を落としてしまっているらしい。
「………ここまで来たのなら………正直に言うが、確かに俺には、荒事の才能は無いらしい……それでも構わないと言うのなら、報酬次第で仕事をしよう………」
「とりあえず仕事の内容を聞いてからでも、決めるのは遅く無いかもですね。キャルにも聞いてほしい。これから、僕らが何の準備をするのかを。すみませんが、これからは仕事に関わる人だけの話をしますので、席を外しますね」
ルッドはレイナラと、側で話を聞いていた店主にそう告げる。
「こいつらの仕事話って言ったら、秘密話ばかりだからな。構わんよ」
「ええー。人を紹介させて置いて、話の途中でさよならって、酷くないかしら?」
「だからすみませんって。もし近いうちに腕の立つ護衛が必要になった場合は、真っ先に依頼しますから」
「そう? なら良いわ」
あしらい方が簡単で助かった。酔っぱらっているというのもあり、すぐに興味は別の事柄に移るか、また夢の世界に旅立つだろうから、レイナラに関してはそれで良い。
「さて、じゃあ、あまり人に聞かれずに話せる場所に……って、あんまり心当たりが無いか」
「なら、俺がさっきまで居た部屋に行こう。聞き耳を立てる奴はいないと思う」
ダヴィラスの提案にルッドは頷いた。準備のためにもっとも必要な物は、これで手に入ったと思いたい。