第一話 赤毛の女の子
ノースシー大陸は大凡の形として、巨大な菱型として単純化できる。それぞれの角が東西南北に向いており、ルッドがやってきたベインエンド港は、南側の角からさらに出っ張った半島状の場所に位置しており、現在いるホロヘイの町は、大陸の中心からやや南東に移動した場所にあった。
大陸の真中心で無く、そこからズレた場所に中心都市があるのには、当然ながら理由がある。
「ゴルデン山ねえ。町からならどこからでも見えるけど、危なくないのかな?」
ルッドはホロヘイの町を歩きながら、町のさらに南東を見る。そこにはもうもうと噴煙を上げる大きな火山が見えた。名前はゴルデン山。今、この瞬間も、マグマを放出する活火山であった。
つまり、ホロヘイの町は活火山が見える様な位置に作られたということ。地熱の効果がもっとも行き渡る土地であり、寒い土地が多いノースシー大陸の中では、比較的温暖な土地がこのホロヘイなのだ。だからこそこの土地で町が発展したわけだが………
(町のすぐ近くに火山があるっていうのは、天災ですぐに滅ぶ可能性があるってことなんじゃあ………)
火山というものを良く知らぬルッドだが、とてつもないエネルギーを秘めた山なのだろう。それが放出されれば、町一つなど簡単に滅んでしまうのではと恐れるルッドだが、この町の住民はそうでも無いらしい。
(今も噴火が続いているということは、エネルギーが放出され続けているということ。だから大きな噴火は起こらないから大丈夫って理屈だっけ?)
この町で出会った卸商人から、ゴルデン山の説明は受けていた。というより、世間話ついでにルッドが情報を引き出したという方が正しい。表向きの職業でも、裏向きの職業でも、ルッドは情報を常に求める存在だったからだ。
そんなルッドが得た情報では、この町の住民は、ゴルデン山を既に一風景としてしか見ていないそうだ。
(噴火は頻繁に起こるけど、町に致命的な被害が出たことは、長い間無かったってことだ。妙な言い回しだけど、安定した活火山ってことになるのかな?)
ならばルッドがゴルデン山をいちいち恐れても仕方あるまい。そう考えて再び道を歩き出す。
と言っても、向かう先は無い。ホロヘイの町に来て一日が経ったが、とりあえずの宿を見つけた後は、次の商売をどうするかと悩んでいた。
ルッドの表向きの職業は商人であり、前回の商売では赤字を出してしまっていた。それで生活が困るというわけで無いから、のんびりとした気分なのだが、商人という立場から見れば、自身を不甲斐なく感じてしまう。
(初めてやった商売だから、上手く行かなくて当然なんて言い訳は効かないぞ? 当初の目標は黒字とは行かなくても、金銭を目減りさせない様にってものだったんだから、目標が達成できなかった事実は、今後の課題にすべきなんだ)
だから、今度は赤字にならぬ商売を考えなければならない。ではどうすれば良いのかの段階が今である。
儲け話は無いものかと頭の中で考えたところで、浮かぶものなら苦労はしない。街を出歩き、そこにある動きや囁き声を元に、新たな発想を作り上げる必要がある。
(手っ取り早いのは、知り合いとの繋がりから、町が欲しがっているものを見つけるとか何だろうけど、そこまで人の知り合いがいるわけでも無し………)
本当に歩いているだけで意味はあるのだろうかとルッドが考え直し始めた時、すぐ近くで大声が聞こえた。街の音に聞き耳を立てていたため、大声がより一層に耳へ響き、咄嗟に耳を手で閉じる。
「おいこら! 舐めてんじゃねえぞ! ええっ!」
ありきたりな罵声だ。内容に意味が無いのも罵声らしいと言える。ただ、真っ昼間の大通りで上げる様な声では無い。
罵声を上げるのは、禿頭の若い男だ。目つきをいつも悪くしようとした結果だろうか、目の回りに皺が多い。
「舐めてんのはそっちだろ! あたしはこの家を取り返しに来ただけだ!」
禿男に負けず劣らず、罵声を向けられた相手が怒鳴り声を上げる。なんとこっちは女の子だった。年齢はルッドよりもさらに下だろう。身長もルッドよりだいぶ低く、赤毛を乱雑に後ろでまとめている。身なりも小汚く、言われずとも、どういう立場の人間なのかが分かってしまう。
(浮浪者に近い子どもなんだろうね。この町って、孤児院とかは無いのかな?)
子どもというのは将来に渡って潰しが利く存在であるから、家も無く町をうろついていれば、どこぞの孤児院に入れられるだろうというのがルッドの認識だ。一方で、それはブルーウッド国での話だから、この国では違うのかもしれない。
「家を取り返すだと!? 残念ながら、ここは俺達ババリン団の集会所になっててな、お前に返す物なんてねえ!」
ババリン団とはいったいどういう集団なのだろうか。禿男の姿を見る限りでは、それほど上等な集まりでは無いだろうことは分かる。
怒鳴り合う両者が、碌な存在で無さそうだからか、往来で怒鳴り合っているというのに、誰も止めるつもりは無いらしい。勿論、ルッドにしてもそうなので、この怒鳴り合いは、自警団か何かがやってくるまで続くことになるだろう。
(なんにせよ、商売話になりそうな情報では無いよ。うん、無視して進もう)
ルッドが再び歩みを始めた時、赤毛の子どもが禿男に服の襟を掴まれた。もしかしたら暴力沙汰になるかもしれない。そう心配して、少し目を向けたのがルッドの失敗だった。
赤毛の子どもと目が合ってしまったのである。
(げっ………)
嫌な予感というのは、こういう時にするものだ。人間は数多くの経験を経て、自分に厄介事が飛び込む時というのを、前もって予測できてしまうのだろう。ただ、できればもっと早くから、そういう予感がして欲しいとルッドは思う。
「兄さんも言ってくれよ! こいつらのやってることは間違ってるってさ!」
赤毛の女の子がルッドに向かって叫んだ。合わせて、禿男がこちらを睨みつけてくる。女の子の服を離した以上、関心が完全にこちらを向いている様だ。
「おい、坊主。てめえはこのガキの家族か何かか?」
凄んでくる禿男。ちなみにルッドの髪の色は黒よりも茶色っぽく、赤毛の女の子と並べば、それほど違和感が無い色になる。背丈や年の頃についても、兄弟として見て不自然さは無かった。勿論、事実では無いため、なんとか疑いを晴らそうとする。
「え? いや、僕は別に―――」
「兄さん! 舐められちゃあだめだぜ? こいつら、相手の弱気に反応して怒鳴る様に頭が出来上がっちゃってんだ! そうでなくても怒鳴るけど」
いつの間にか女の子がルッドの背中側に回って禿男を挑発する。そうしてルッドには逃げ場が無くなってしまった。
「誰がどう頭が出来上がってるだと!? おい、坊主。妹の躾がなってない様だな」
「え、ええー………あの、何か重大な勘違いというか、お互いの意思疎通に不具合が生じているのではないかと」
なんとかこの場から逃れようとするのだが、禿男には通用しないらしく、彼は彼の背中側にある一軒家の玄関に向かって叫んだ。
「おい! 舐めた奴が二人もいやがる! ちょっと出て来てくれ!」
禿男の声に反応して、まるで待っていたかの様に玄関の扉が開き、さらに2名の男が現れた。
頬に傷があったり、手の甲の入れ墨があったりと、真っ当な人間で無いことだけはわかる。ただ、出てきた二人ともに若い男なのが気になった。
「へへへ。こんな小僧が何をしたって?」
「家を返せって怒鳴り込んできやがってよ」
「馬鹿じゃねえの。返して欲しけりゃ、取り上げて見ろってんだ」
男たちの話を聞くうちに、どうにも怒鳴り合いの非が、目の前の男たちにある様に思えてきた。実際は話を聞いてみなければわかるまい。しかし、今、この状況では話もできないだろう。自分を巻き込んだ女の子を腹立たしく思う気持ちだってある。
「………最初に言っておくけれど、僕は喧嘩が弱い」
「なんだ? 泣き言か? 今さら遅いんだよ!」
「そうだぜ兄さん、こいつら、反撃してこない奴にだけは威勢が良いんだ」
女の子が状況を煽る。なるほど、ルッドの味方はいないらしい。
「喧嘩が弱い以上、やることは一つだよね。わからないのなら、君らは馬鹿だ」
そう言って、ルッドはその場から走り出した。危険からは逃げるのが一番だ。ついでに女の子を小脇に担いでやるくらいならしてやっても良い。それくらいの体力ならあるつもりだ。
「ちょ、ちょっと、なんで逃げるんだよ!」
「増援を頼むつもりだったのなら、僕に頼んだのは間違いだ!」
騒ぐ女の子にそう言い返して、ルッドは町中を走る。後ろからは先ほどの3人が追い掛けてきており、普通に走ればこちらが不利だ。
だから、道を逸れ、裏路地や小道へ入って、追っ手を撒こうとする。人を避け、障害物を乗り越え、息がそろそろ乱れてきそうだと言ったところでルッドは振り返った。
「へ、へへ。もう逃げられねえぞ」
他の二人は撒いた様だが、禿頭の男だけはルッドに付いて来ることができたらしい。あちらも息が乱れている様子。しかし、ルッドを殴る余力はありそうに見える。そうして振り返った理由として、ここが袋小路であるというものがあり、これ以上、逃げられそうにない。
「どうするんだよ兄さん。これ以上、逃げるなんて無理だぞ」
小脇に抱えたままの女の子が呟く。
「巻き込んだ相手が言う台詞じゃあ無いよね、それ」
「あいた!」
ルッドはとりあえず女の子を抱える手を離した。尻餅を突く彼女を無視して、ルッドは禿頭の男を見上げる。
男は薄ら笑いを浮かべながら、一歩一歩近づいてくる。
「実は、さっき言ったことには嘘があってね」
ルッドは近づく男に、こちらから踏み込んだ。出来る限り背を低くして、相手に掴まらぬ様に。
男はルッドに向かって、小動物でも踏み潰すかの様に足を上げるが、その動作は緩慢だ。どうせ、体の捌きが十分でない相手としか喧嘩をしたことが無いのだろう。
「一人くらいなら勝てそうだなって、思ってた!」
ルッドは男が上げた足とは違う方の足に、全身で体当たりをした。片足だけで立つというのは、非常に不安定な状態であり、男は簡単に倒れる。
「ぐわっ! ぐぐ……ぶっ!」
後頭部から倒れた男だが、まだ意識がある様だったので、ルッドは彼の頭に思いっ切り蹴りを入れた。
体重が軽めのルッドとは言え、意識を飛ばすには十分の威力があっただろう。
「一応、喧嘩の方法なら習ったことがあるんでね。素人相手ならなんとかできるんだよ」
気絶した男にそう呟いてから、ルッドは視線を女の子に向ける。
「さて、事情の説明くらいは期待してるんだけど」
首を突っ込むことには抵抗を感じるものの、人一人を蹴りつけたのだから、それに至った理由くらいは知りたいものである。
「………兄さん、見かけによらず強いんだな」
「その兄さんってのはあれかな? 僕を兄という立場にして、厄介事に巻き込む手?」
「それもあるけど、年上でおじさんってほどでもないから、兄さんって呼ぶのは自然だろ?」
そう言って女の子は笑う。その姿には多少の愛嬌が感じられるものの、気を許すにはまだまだ早い。
「それで、理由は話してくれるの? もしくはだんまり?」
「話したら、協力してくれる?」
そんな馬鹿な話があるかと言い返したくなるものの、少し考え直して、商人らしい言い方をルッドは口にしてみる。
「対価によるね。労力を使うのなら、それ相応の見返りがあってこその商売だ」
勿論、目の前の女の子にそんな物を用意できるとは思わない。実際には断りの意思を込めた言葉なのだが、女の子は考える様な仕草をした後、頷いてきた。
「わかった。ちゃんと手を貸してくれるのなら、対価を払うよ。多分、ちゃんとしたお金で払えると思う」
「本気で言ってる? あの荒っぽそうな連中をなんとかしたいんだろうけど、荒事に関わる仕事っていうのは割高だよ。なにせ肉体的に痛い思いをしなきゃならないからね」
ルッドがこの町に来るまでに雇った護衛の代価もそれなりだ。おかげで商売に赤字が出てしまった。
「わかってる。払う。払うからさ。なんとかあたしの話を聞いて欲しいんだ」
話をするだけならタダだろうに、まるで懇願するかのような目をしてくる。子どもの話に付き合ってられるかと、言えるのなら言うのであるが。
「………ええっと、大事な話であるなら、場所を移そうか」
残念ながら、ルッドは人情を斬り捨てられぬ性質である様だ。泣きそうになっている彼女の頼みを、断りきれなかった。
先程の袋小路から暫く歩いた場所にあった軽食屋。そこでルッドに話をする赤毛の女の子、キャル・ミースは、見立て通り、浮浪者染みた生活をしているらしい。
「勿論、この町には孤児院があるし、泣きつけば一日に一食の食べ物くらいは出してくれるぜ? でも、それに頼ったらあたしの負けなんだ」
軽食屋で出された干し魚のサンドイッチを頬張りながら、キャルは自身の事情を話す。
(もしかして、そのサンドイッチの代金は僕のおごり?)
もしかしなくてもそうであろうが、心の中で問わずにはいられない。
「孤児院に頼るのは恥じゃあないよ。そうしなきゃ生きていけないのなら、そうすべきだと思うし」
「けど、孤児院っていうのは、身寄りの無い子どもが行く場所だろ? あたしには身寄りがあるもん」
「両親が健在なら、その両親に頼るべきだ。あ、僕にも何か一品お願いします」
キャルだけに食事をされるもの癪であるので、昼食ついでにルッドも軽食を頼む。
「母さんは死んだ……父さんは………」
「お父さんも?」
「違う! 父さんは死んで無い! ただ、帰ってこないだけで………」
怒鳴るキャルであるが、ルッドは驚かない。身内の話をすれば、感情の琴線に触れることは多々あるのだ。それを承知でルッドは尋ねている。
「事情があるんだろうけど、君みたいな年頃の子の周囲に、身内が誰もいないっていうのは、身寄りが無いって表現するんだよ」
「けど、あそこがあたしの家であることには変わり無いだろ?」
キャルの言うあそことは、もしかして、あのババリン団とか言う一団が集会所として使っていた家か。
「ちょっと待って。返せとか何とか怒鳴っていたけど、もしかして、本当に家を返せって叫んでいたの?」
「そう。何? いちゃもんとでも思ってた? あそこは父さんがきちんとお金を払って買った家と土地なんだ。父さんが帰ってこなくなっても、それは変わりない………」
当たり前の話だ。万が一、その父親とやらがこの世にいなくても、購入したという事実は無くならないはず。財産である以上、目の前の彼女に相続されるのが普通である。
「家を国に没収されたりもしなかった?」
「されてたら、あんな奴等の溜まり場にはならないって。 あいつら、あの家にあたし一人だけが住んでるってことをどこかで聞きつけて、あたしを追い出したんだ」
悔しげな顔をするキャル。強盗にあって、家ごと奪われたのだとしたら、当たり前の感情だ。
「なんだよそれ、完全な不法行為じゃないか。自警団か警察権を持った誰かに訴えるべきだ」
明らかにそういう案件に思える。ルッドが手を貸さずとも、彼女には家を取り返す正当な理由があるのだから。
「無理だよ。あたしを助けても、誰かが得をするってことが無い限り、自警団だって手を貸してくれない」
「得とか損とかじゃあないでしょ。治安の問題だよ、これは。家を襲われて放っておかれたままの町なんか、誰が好き好んで住むって言うんだ」
曲がりなりにも、この町はラージリヴァ国の中心都市だろうに。そこの治安を守る過程で、人を選んでいられる様な場所ではないはずだ。
「そこがあいつらの小狡いところでさ、なんていうか、バランスを考えてるんだよ」
「バランス?」
「そう。さっきも言った通り、家を奪われて文句を言うのはあたしくらい。恥ずかしい話だけど、近所付き合いも良く無かったからさ………」
事情有りの家庭というのは得てしてそういうものだろう。隣の家に女の子が一人で住んでいるなんて状況で、わざわざ様子を見に来る人間も居るには居るが、多数派では無いと思われる。
「でさ、あいつら、なんでも裏にブラフガ党っていうのが付いているらしいんだ。兄さんだって知ってるだろ?」
「名前や噂なら聞いてるよ………。裏にその筋の人間がいるから、首を突っ込むのは厄介だ。だから、誰か一人だけの不満で済ませられるならそうしようってこと?」
「そういうこと。事実、あの家を取り返そうなんて人は誰も居なかった」
ここまで聞いて、ルッドは手に入れた情報を思案してみる。
(まず考えるべきは、彼女が本当のことを話しているかどうかだ。一見、嘘を吐いている様には見えないけれど、僕を無理矢理問題に巻き込んだわけだからね、頭はそれなりに回るはずなんだよ)
家を奪われて、そのままにされているというのは、彼女が話した様な事情があっても、信じ難い話だ。
彼女の話が事実なら、ブラフガ党という存在は、町の治安すらも捻じ曲げる力があるということなのだから。
(一方で、そんな嘘を吐く必要があるのかって部分もある。もっともらしい理由なら、幾らでも作れるからね。例えば、借金のカタに奪われたとかさ)
そうして、借金を返したのに家を返してくれないとでも話せば、それなりの人情話として、手を貸す者がいるかもしれない。
(まあ、それを思い付かなかっただけかもしれないけど………そうじゃあ無いって言うのなら………)
いったいどういう状況にあるのか。彼女が話した通りだとすれば、裏で何かあるのではと、ルッドは穿った見方をしてみる。
(嘘か本当か、どちらなのかを見極める必要があるね。そのためには………)
事情を深く知ることだ。もし嘘を吐いているのだとしたら、話す情報には不備があるはずで、逆に真実であるならば、話しに現実味が存在するだろうから。
「君のお父さんだっけ? 力を借りれる見込みは無いの?」
「確かに父さんがいれば、なんとかなったかもしれないけど、行商人として町を出た後、帰ってこないんだ………」
「ちょっと待って……行商人? 町に家を持っているのに?」
商人という単語にルッドは引っ掛かった。嘘か本当かというのでは無く、自分が商人見習いという立場であるからだ。
「一発当てるにはさ、一つの町に留まるのは駄目だってのが父さんの口癖なんだ。実際、他の町で商売を見つけて、そこで稼いだお金で家を買ったんだ。最後に家を出た時も、凄い儲け話があるって言ってたっけ」
商売人というより山師に近い。いや、けれども山師も商売人か。すらすらと言葉が出ている姿を見るに、やはり嘘には思えない。そうして、彼女の父親が商人であったという情報が入った以上、事情は変わってくる。
「問題を解決した際の代価だけど、ある程度、僕の望みも斟酌してくれたりする?」
「払えるものなら払うけど………」
金銭的な代価なら用意できる見立てなのかもしれない。
(家を奪われたのなら、そういう物もとっくに奪われているだろうに。それとも、まだ何か隠している?)
何にせよ、彼女の話を聞くうちに、とりあえずは首を突っ込んでみようという気分にはなった。
次の問題は、どうやって解決するかだろう。
「力ずくで解決しようと思ってるのなら、甘い考えだよ。それはわかってる?」
「あの家から、あの連中を追い出すだけじゃあ駄目なのか? 兄さんにはそれだって難しそうに思えるけど………」
不安そうにキャルがこちらを見る。先に巻き込んだのはそちらだろうに。ここは頼ってもらう他無い。
「実際、喧嘩沙汰になったら難しいけど、それだけなら解決方法はいくらでもあるさ。けれど、問題はそれだけじゃあない。良く考えてみて? 仮に追い出したところで、どうなるって言うの?」
「そっか。あいつら、また来るかもしれないんだ………」
家に彼女一人だけという状況が変わらぬ以上、家を再度奪おうとするのは目に見えている。先ほど、キャルは家を奪った連中に関して、バランスを考えていると言ったが、それは要するに、キャルの家がバランスを取れる状況にあると言うことだ。
そのバランスを崩さぬ限り、家を奪われるという危機は常にあり続ける。
「けど、だったらどうすれば良いんだ? 兄さんはそんなこと頼めそうには………」
「まあ、とりあえず任せてみてよ。喧嘩の腕はともかくとして、口や頭を動かすことには自信があるんだ」
何かを解決しようとするのなら、まずは自分にとって有利な土台を作り出すのが重要だ。ルッドは問題を解決する際、如何に頭を使う状況にするかについてを真っ先に考える。それこそが、ルッドが主戦場とする場所なのだから。