第四話 生き延びよう
残る盗賊は4人。誰もがレイナラから距離を置いた場所に立っており、草むらから出てきた2人に至っては飛び道具らしき物を持っている。ハンドボウかクロスボウか知らぬが、そういう類のものだ。木箱から出てきた2人は、レイナラが倒した盗賊と同じく、棍棒をその手に握っている。
誰がどう見てもレイナラの方が不利であるのだが、肝心の彼女はそう思っていないらしく、笑みを浮かべている。ルッドにはその姿が酷く美しく見えた。
「そのまま後ろで隠れていてね? すぐに片づけるから」
頼もしい発言であるが、本当に信じても良いのだろうか。薄情かもしれないが、ルッドはこのまま振り返って逃げるべきかどうかを考える。
(逃げ足には自信が無い。というかこれまでの旅で疲れてる。万が一の時はそれでも逃げるべきなんだろうけど、今はどうなんだ?)
このままレイナラの動きを見守っているべきか。彼女が上手くやってくれるかもしれない。しかしルッド自身が何かを出来るわけでは無いだろう。彼女の援護をしようにも、ルッドにはその技能が無いのだから。
「顔は狙わないで置いてやるよ!」
草むらの盗賊がそう叫ぶと、距離を置いた状態でクロスボウから矢を放った。有利な状態を活かすのなら、それが一番だろう。間合いは飛び道具を持つ方が圧倒的に長いのだ。
矢のスピードは目にも止まらぬ速さである。盗賊が引き金を引いたその瞬間に、レイナラの体のどこかに矢が刺さっている、そのはずなのだが。
(無事みたいだ。外れたのか?)
レイナラは笑みを崩さないままでその場に立っている。そして次の瞬間、彼女はその場から2,3歩助走をつけた後に跳躍した。まるで鳥が飛んだかの様に思えたのは、彼女が一足で障害物になった荷馬車を飛び越えたからだ。
荷馬車の向こうにいた盗賊二人に接敵したレイナラは、再び長剣を振るう。クロスボウほどでは無いが、彼女の間合いは非常に長いらしい。一斬りで一人目の盗賊の手を切り落とし、返す刃でもう一人の胸を切り裂いた。まるでバターでも裂く様だ。
「おおぅぐ………」
「てめえ!」
戦力を奪ったのは手を切り落とした方だけで、胸を斬られた方は傷が浅かったらしく、レイナラへと突進してきた。
(無謀だ! 技量はどう考えても彼女の方が上なのに!)
恐らく盗賊は我を忘れている。胸を斬られた痛みも、興奮で感じなくなっているのかもしれない。
案の定、棍棒を敵の懐に飛び込む形で躱したレイナラは、そのまま長剣の柄で胸の傷を叩く。
「ぎゃあああ!!!!」
襲い掛った盗賊の方が悲鳴を上げた。レイナラが持つ長剣の柄には、十字状の飾りが端に付いているのだが、それで敵の傷をさらに抉ったのだ。これにはさすがの盗賊も痛みを思い出したらしい。
そのまま盗賊を斬り捨てるかと思いきや、レイナラは盗賊を草むらへと押していく。痛みにもがきながら、尚も立とうとする盗賊は、レイナラの盾として利用されたのだ。
(やり方がえげつない! これが護衛の仕事か!)
既にルッドはレイナラのことを頼もしく思えていた。残りの盗賊は二人。飛び道具を持っているものの、レイナラならなんとかしてしまいそうである。
「そう言えば、最初に放たれた矢はどこに………って、マジかよ」
思わず口に出てしまう。レイナラが荷馬車を飛び越える前に立っていた場所。そこには矢が一本落ちていた。先端の折れた矢が。
(剣を盾代わりに矢を弾いた!? 頭おかしいんじゃないか、あの人)
動体視力によるものか、戦闘経験によるものか。どちらにせよ常人のそれでは無い。いったいどれ程の技量があれば、そんな真似ができると言うのか。
ルッドが落ちていた矢に興味を向けている間に、レイナラは無傷のまま草むらの盗賊へと近づいていた。盾代わりの男は、漸く解放されたらしく、レイナラの後ろに倒れていた。顔を見れば口から泡を噴いており、痛みでショック死している可能性もある。
「逃げたらどうかしらって、さっき提案したけれど、もう遅いわよ? そこで倒れてなさい」
レイナラのその言葉は命令だった。命令に反論する権利は与えられているだろうが、反抗はできないタイプのそれだ。
彼女の剣が、彼女を恐れる盗賊二人を斬るのに、それほどの時間は掛らなかった。何もそこまでする必要はとルッドは考えるものの、こういう場では彼女が経験豊富であり、彼女の行動こそが正解なのだろう。
「終わったわ。さっさとこの場を離れて……早くこっちに走って!」
「え? 何を―――ぐうっ!」
レイナラが突如、顔色を変えて叫ぶが、ルッドにはその意味が分からず立ちすくむ。そんな自分の首元に、突然腕が伸びてきた。
勿論、ルッド自身の物では無い。後ろから腕を首に当てられ、そのまま締め付けられたのである。
(盗賊は……もう一人居た!)
ルッドの後方。他の盗賊たちとは離れた場所に盗賊がもう一人隠れていた。
「お、おい! お前! お前だ! こいつを殺されたくなかったら、武器を捨てろ!」
ルッドの首を絞めている盗賊は、レイナラを恐れていた。圧倒的に有利な立場だったと言うのに、何時の間にか自分一人だけになってしまう。そんな状況で、非戦闘員のルッドを人質にしたのだ。
(隠れていれば良かったじゃないか! 冷静に考えろよ! 僕を人質にとったところで、助かるはずがないだろ!)
ルッドは自分に組みつく盗賊を見て、内心でそんなことを考えていた。
レイナラは武器を捨てぬだろう。彼女は自分の身を守る権利がある。ルッドの命がもし失われれば、すぐさまに彼女は反撃に出るはずだ。
(普通は……そうなのに………)
ルッドの予想とは裏腹に、レイナラはその場で立ち止まり、長剣を地面に置いた。
「武器を捨てたわ。それで? すぐに彼を解放してくれるってわけでも無いのでしょう? 次はどうするの?」
「次? つ、次は……そうだな………」
まさかあっさりと武器を捨てるとは思っていなかったらしい盗賊。ルッドの首を絞めたまま、少しの間、言葉を止める。
(彼女は何を考えているんだ!? 自分の身を危険に晒すつもりか!?)
ルッドとて危険な状況だ。二人して命を捨てるのは愚かなことだろうに。それとも何か策でもあるのか。
(どっちだ? 単に彼女が僕の命を尊重しているのか、それとも別の手を考えているのか)
ルッドはレイナラの考えが読めるほど、彼女のことを知らない。だから、そのどちらをレイナラが狙っているのかがわからない。
(なら……こうするしかない!)
ルッドは覚悟を決めた。今、この場において、誰かの行動を信じるとしたら自分しかない。
ルッドの首を絞める盗賊は、尚も混乱しているのだろう。人質であるはずのルッドの両手は、自由のままなのだ。首だけを絞めたところで、体の自由が完全に奪われるはずもない。
ルッドは興奮する盗賊に気付かれぬ様に手を腰に回し、そこに下げてあった短剣を握る。それを鞘から抜き放つと、自分の後方に向けて突いた。
「があっ! お、お前!」
「この!」
叫ぶと同時に、全体重を背中側へ向ける。盗賊ごと倒れるほどに力を込めたルッドは、盗賊を巻き込む形で地面へぶつかった。
勿論、短剣は握ったままだ。そして、短剣の先は盗賊の脇腹に刺さっていた。
「っ!!」
倒れると同時に、すぐさまその場から転がり離れる。盗賊が地面とのクッションになったおかげで、体に痛みは無い。なんとか人質という状況から逃げ出そうとしたルッドだったが、その場から離れてみると、事がすべて終わっていたことを知る。
「があ! グっ! くふっ………」
先ほどまでルッドの首を絞めていた盗賊は、脇腹に深々と突き刺さった短剣を抜こうとして、もがき苦しんでいた。
(僕が……やったのか?)
当たり前のことを疑問に思ってしまう。今まで、刃物を人に向けたことは訓練以外では無かったし、それを突き刺したことも無い。ルッドが行ったそれは、明らかに人の命を奪う行為であった。実際、盗賊の様子を見れば、遠からず致命傷になる傷を負っている。
(僕が……人を!?)
やってしまった事の衝撃に頭が混乱していく。正当なる防衛行動であったはずだ。気に病むような事をしたとは思えない。誰かに罪を問われるはずも無いだろう。しかし、それでも、心拍数が高まっていく自分がいる。
(やって……しまった? 何……え?)
ルッドが混乱を続ける中、レイナラが倒れた盗賊に近づく。再び拾った長剣を片手に、盗賊の横に立つと、そのままその剣を盗賊の心臓へ突き立てた。
「これで……終わりよ。“私が”全員を仕留めた。それで良いの」
優しい声だった。まるでルッドを諭すようなそれのおかげで、ルッドの精神が落ち着いて行く。
「あ………す、すみません」
何故かルッドは謝ってしまった。彼女が武器を捨てたのも、人質となったルッドの命を心配しての行為だったのだろう。今にしてそれが分かった。
「謝るのはこっち。予想を誤ったせいで、あなたに危険が及んでしまった。護衛役としては失格ね。しかも、窮地を護衛対象に助けられたわけで」
レイナラは申し訳なさそうな顔をしている。しかし、ルッドは彼女が払う代金相応の働きをしてくれたと思った。むしろそれ以上ではないだろうか。
「剣の腕……やっぱり相当なものだったんですね。魔法を見ている様でした」
「魔法ね。本当にそうだったら便利なのだけれど、一応は技術的なそれよ。それより、早くこの場を離れましょう?」
レイナラは辺りを見渡した後にそう提案する。確かに、倒れた荷馬車に死体が幾らか。虫の息程度の盗賊すら居ない。ルッドが混乱している間に、レイナラがすべてを片付けたのだろう。
こんな場所に二人して立っている場面を見られれば、誰であろうともルッド達を怪しんでしまう。
「死体は放っておいて大丈夫なんですか?」
「良くは無いだろうけれど、襲撃して来た盗賊を退治した後なんて、他にどうすれば良いか私は知らないわ」
まったくもって彼女の言う通りだ。こんな危険な場所はさっさと立ち去るのが吉だろう。まだ先は長いのだから。
襲撃現場から離れて暫く、何故だか体が震えて来た。別に寒いわけではない。いや、確かにこの大陸は寒いのであるが、震えの原因は別にあった。
「恐怖の感情が追ってやって来ているのよ」
レイナラが体を震わせるルッドにそう説明する。感情というのは、もっと直接的な物だと思っていたルッドだが、実際はそうでも無いらしい。
「なんて言うか、新鮮な気分ですよ。事が終わって時間が経ってから、漸く自分の感情が動き出すなんて」
自分はとても危険な事態に巻き込まれていた。今さらにそれを実感する。一歩間違えれば、襲撃現場で倒れていたのはルッドの方だったのだ。レイナラの剣の腕と、盗賊達がそれに混乱してくれたおかげで、辛うじて命が繋がった。ルッドにとって、あの場面はそういうものであった。
「人間って、生きるために力を使うなら、どこまででも強くなれるのよ。ああいう場面で恐怖に怯えていたら、生き残るなんて無理でしょう? だから心が恐怖を忘れさせちゃう。けれど、それは本当に忘れたわけじゃあなくて、ただ思い出すことを一時止めているだけなのよね」
言われてみれば、そうであったとルッドは思う。まさか自分を人質に取っている盗賊を、自分の力で倒そうなどと、平時であれば考えもしなかったはずだ。
「でも、それって強くなってるわけじゃあないですよね。単に感情の動きが鈍くなっただけだ」
「かもしれないわね。けれど、今のあなたはむしろ正常よ。ああいう場面を怖くないと思う人間がいれば、それこそ変だし、その恐怖がもっと後に来るより大分マシだしね」
「もっと後に来る?」
恐怖を感じないことが変という理屈はわかるが。今のルッドよりも後に恐怖を感じるというのはそんなに大変なことなのだろうか。人それぞれであると思われるが。
「起こってしまった事実に対して、それを受け入れられるかどうかの問題なのよね。それが遅いというのは、起こった事実が重大に受け止めすぎているということよ。それだけ精神的なダメージが大きいのよ」
ルッドは既に起こったことに対する受け止めができている。だからこそ、今さらながら恐怖しているのだとレイナラは話す。
「心ってのは儘ならないものですね」
「そうね。だからとりあえず現実のことを話しましょう?」
「現実?」
盗賊に襲われたが、なんとか助かった。それ以外の現実とは何だろうか。
「これを見てくれるかしら」
レイナラが盗賊の服から千切ったらしき布を手渡してくる。そこには服の素材に見合わぬ丁寧な刺繍がされており、デザインのセンスも良い。
「これ……ドラゴンですか?」
緑の鱗の爬虫類で、後頭部からは角が生えている。牙も鋭く、口からは火を吐いていた。躍動感のある刺繍だと思う。
「そう。ホーンドラゴンと言って、この大陸にも昔は存在していたドラゴン。今はいないけどね」
絶滅した生物の刺繍ということか。何故、そんなものを題材したのかはわからぬが。
「この刺繍が、何か重要な意味でも持つんですか?」
「ブラフガ党のシンボルマークなのよ、ホーンドラゴンって。つまり、私達を襲った盗賊は、ブラフガ党の一味というわけ」
レイナラの一言でルッドは唾を飲み込んだ。何と言った? ブラフガ党だって?
「ブラフガ党って、確か、この国を荒らしている不穏分子っていう噂の?」
「ええ。どおりでやり方が手慣れていると思ったわ。それにしてはここらで見ないやり口だったし、きっと、命令系統が別にあって、そこの指示で盗賊なんて真似をしていたのよ」
「いったい何のために………」
「末端は勿論目先の金のため。私達を襲って、私達の荷物を手に入れる」
そうして、ルッドがこの国に来た時に立ち寄った違法取引所の様な場所で、盗品や強奪品を金銭に変えるのだろう。違法取引所にはブラフガ党も一枚噛んでいるという話だったが、そういう意味でもあるはずだ。
「………本質的には、ラージリヴァ国そのものに害を与えるための行動………だったりしませんか?」
「ええ。良くわかったわね。多分そうよ。物流を阻害すれば、それそのままにラージリヴァ国への不満が広がる。治安だって悪くなるしね。まあ、同じくらいにブラフガ党の悪評も広がっちゃうだろうけど」
手のひらを上げて、首を振るという仕草をするレイナラ。どういう意図によるものなのかが分からないと言った様子だ。
「国に仇名している時点で、悪評は十分広がってますから、今さらなんだと思いますよ。むしろ、この道を狙ったって事実が、思った以上にブラフガ党が効率的に動いている。その事に驚きます」
「効率的に? 誰彼構わず襲うつもりの様にも思えるけれど」
ルッドは道を一旦振り返る。振り返った道の先には、ベイエンドの港町があり、そうしてこれから向かう先には中心都市のホロヘイがあるはずだ。
「この道は、遠からず発展する予定の道です」
「どうしてそんなことが分かるのかしら?」
「僕の存在がその証明ですよ」
ルッドは自分の胸に手をやった。
「道というのは、そこを通る人間が多くなる程に発展します。当たり前の話ですよね? そうして、この道は近い将来、その通行量が確実に多くなります」
「ああ。あなたみたいな外国からの商人や旅行者が増えるということね」
外大陸との交流が無く、内陸部の方が豊かだということで、ラージリヴァ国の流通路は内陸を中心に発展している。そんな状態で、急にベイエンド港から外国から来た人間が増え始めるのだ。否応無く、ベイエンド港周囲の流通路は発展することになるだろう。元がそれほど発展していなかったのだから当然だ。
「だからこの時期に、中心都市への街道に盗賊を置くというのは効率的なんです。小さい内から治安を悪くしておけば、中心都市への流通を妨げることができる。それは直接、ラージリヴァ国の発展を阻害することにも繋がるし………」
ルッドは途中まで話して、その言葉を止める。レイナラが目を丸くしてこちらを見ていたからだ。
(しまった。少し喋り過ぎた)
まさかルッドの正体がバレることは無いだろうが、それにしたって商人らしくない話し方だったと思う。
「え? 商人って、そんなことまで考えなければいけないの? 全然理解できなかったのだけれど」
「そうですか? じゃああんまり身に入らない話だったんですよ」
例えば、中央都市への街道の治安を荒らすが、一方で別の街道は治安を維持しようとするかもしれないなどと話しても、レイナラは良く分かってくれないかもしれない。ならば、話さない方が良いだろう。
(国の関与が薄い街道の治安は維持することで、人の行き来をそこに集中させる。そうして、街道に関係する利益や権益をブラフガ党が掻っ攫うなんてのも、今の内から行動していれば、不可能じゃあないんだよね。もしそれを意識的に行なっているのなら、ブラフガ党っていうのは恐ろしい一団なのかもしれない)
ついさっきまで感じていたものとはまた違った恐怖を、ルッドは感じた。もしかしたら自分は、国というものが大きく変遷するその最初の時期に、この大陸へやってきてしまったのかもしれぬ。
「雇用主のあなたが何を考えているのかしらないけれど、私が一番問題だと思うのは、私達があの盗賊を倒したという話が広まることなのよね。ブラフガ党に目を付けられるというのは、少しどころじゃあなく面倒よ」
「それは確かに」
ブラフガ党の組織力がどれほどのものなのかは、ルッドはまだまだ把握できていないものの、現時点でも敵に回すべきでは無い規模の存在だというのは分かる。
「盗賊を撃退した姿は、あなたと私以外に目撃者はいないと思う。だから、二人して話して回らなければ、ブラフガ党にバレるということは無いわ。多分ね。だから、お互い今回の件は口外しないこと。良いわね?」
レイナラに言われなくてもそうするつもりだったが、ルッドは頷く。一方で、本当に話さぬだけでバレないものだろうかと不安に思う部分もあった。
(あの盗賊達の死体は、必ず誰かが発見するだろうし、それは遠い先の話じゃあないはずだ。そうであれば、盗賊が倒された時期は分かるだろう。その時期、この街道を通っていた人間を調べるのは、そう難しいことじゃあないんじゃないか?)
ブラフガ党が相当の組織力を持つというのなら、盗賊達を撃退した人間を調べ、ルッド達の存在に辿り着けるのではないか。そんなことをルッドは心配していた。
「万が一、ブラフガ党に今回の一件がバレた場合、どうなると思いますか?」
「そうねえ……一番有りそうなのは、何も無いってところかしら」
「何も無い?」
意外な答えが返ってきた。あれほど盗賊を撃退したことは口にするなと言っておきながら、何故、何も無いと思えるのだろうか。
「正確に言えば、一見、何も無かった様に感じるということよ。けれど、ブラフガ党には私達の存在がバレている。そうして、常に軽い監視に晒されることになるでしょうね」
「なるほど。とりあえずは様子見をされるってことか」
「そういうこと。向こうだって、末端の盗賊を撃退されたから、その報復をするなんてことはしないと思うの。ただ、次は無いって考えるかもしれない」
一度目なら大目に見るが、次もまた何がしかを妨害されたら、敵対者と見なすと言うことだろう。
「度量があるのやら無いのやら。まあ、すぐに刺客を送り込まれるなんて状態にならないだけマシなんでしょうね」
「あら、そうとも限らないわ」
「え?」
レイナラは意地が悪そうな顔をして、ルッドに人差し指を向けた。
「最悪の事態。それを考えるのであれば、盗賊を倒されたことがバレて、すぐにブラフガ党がその埋め合わせを求めてくる。そんな事態も考えるべきじゃあない?」
表情を見れば、彼女にとっては冗談半分の言葉だったのが分かるもの、ルッドには現実に起こり得ることでは無いかと思えてしまった。
(何にせよ、順調だとは言えないよね)
そもそも、盗賊に襲われた時点で最悪な状況だった。さらにまだこの先に厄介事が待っているかもしれない。悩みが多く、頭が痛い。溜息が自然と出る。本当に自分は、この国で3年間を過ごすことができるのだろうか。