第一話 ブルーウッド国
ホルス大陸北端にはブルーウッドと呼ばれる国が存在する。四季は存在するが、些か冬よりの気候であり、冬の寒さに耐えるために生えた木々は森林を形成し、頑強なその木々を利用した木材は、ブルーウッド国の主要産物となっていた。
というよりも、青々とした木々の葉が先にあり、ブルーウッド国という名前を付けられたのだろう。
木々の内には甘酸っぱく豊かな味のする果実が実る物もあり、それらもこの国にとっては重要な産物であった。
これらの産物は国内で消費する物もあれば、国外へと輸出される物もある。最近はどちらかと言えば、後者の方の利益が重要視される傾向にあり、事の発端はそこにあると言っても良いだろう。
場所はブルーウッド国内に存在するレンガ造りの館。赤レンガの色は植物の緑が目立つブルーウッド国では非常に目立つ。
その館は丁度、ブルーウッド国の中心地に立っている。赤レンガ造りというのは、ブルーウッド国では一種のステータスであった。普通なら安上がりに造れる木造りの家で無く、わざわざレンガを生産、もしくは輸入して造られる家は、その所有者がそれなりの資産や権威を持っていることを意味しているのだ。
その館の一室。多くの本棚と、隙間なく詰められた本が目を疲れさせる部屋にて、二人の男が話し合っていた。
一人は部屋に慰め程度の意味で置かれた休憩用の椅子に座っている。黒い口髭を生やした色黒の男であり、年齢を見れば若さが老いに変わる頃合いだろう。
もう一人は椅子に座る男の対面に立っている。立っている方の男はまだ齢が若く、背も低いため、座る男との目線が不思議と合っていた。
若い方の男、少年と言えば良い年頃の彼は口を開く。
「ノースシー大陸……ですか?」
彼の名前はルッド・カラサ。顔立ちや淡い茶色の髪の色が、まだ子供らしさを感じさせる容貌であるが、今年で15歳になる。
ブルーウッド国では一応の成人は18歳とされるが、それより前の年齢で見習いとして仕事に就く者も少なく無い。ルッドもそういう類の人間で、ブルーウッド国で小さな領地を持つ貴族の出であった。
と言っても、財力に優る家では無く、ルッド自身も三男坊という立場だ。長男が健在で、次男もまたそうであるならば、ルッドに家を継がせる理由というものが無く、かと言って貴族の一員で何もしないというのも対面が悪い。
結果、彼は国のとある機関へ奉公に出ることになる。その機関こそがこの館であり、今、目の前で話している人物は、その機関でルッドの世話役件先輩となっている人物だった。
「そうだ。名前は勿論知っているな? 知らないと言うのなら、俺は君をここから追い出さなければならなくなる」
冗談半分の言葉であろうが、目の前の男、グラフィド・ラーサのもう半分は本気だ。現在、ルッドが見習いとして勤めている組織で、ノースシー大陸の名前を知らぬ者はいない。というより、知らなければ組織の人間として失格である。
「勿論知ってますよ。ホルス大陸の北端に位置するこのブルーウッド国よりさらに北。北海流の先にあるという大陸の名前ですよね。海流の関係で船での行き来が難しく、ブルーウッド国との交流は殆ど無い状況ですから、話しに聞く程度でしか知りませんが」
大陸については知っているが、持っている情報はそれほど多くないということを、正直に伝える。下手に見栄を張り、後で知識を提供しろと命令されれば、大いに困るのは自分なのだ。
「俺も似た様な知識しか無い。ただしお前の知らない情報として、こういう物を持っている」
グラフィドは休憩用の椅子の隣にある小さな机から、一束の紙をルッドに手渡してくる。受け取って、表の紙に書かれていることを読みあげてみた。
「第4次周辺海流調査について?」
「そう。最近、ブルーウッド国が商船業に力を入れ始めたのは知っているか?」
ルッドは頷く。ブルーウッド国では昨今、植林技術の発展により、国内で消費するだけでは過剰な程の木材と果実を生産できる様になった。それらは勿論、輸出品として他国に売られることになっているのだが、ブルーウッド国の地理上の特殊性から、とある問題が発生していた。
「ホルス大陸は北側に細くなっていて、ブルーウッド国はそこにある国です。おかげで隣接する国が少なく、陸路では2国しかありません。何がしかを他国に輸出しようとすれば、2国を通すしか方法が無く、その弱みを突かれて、輸出品を安く買い叩かれている」
「教科書通りの話はいいんだ。要するに、陸路での輸出はあまり儲けにならないから、商船業を発展させて、海周りで他国と商売をしようって話になっている」
グラフィドはルッドが持つ紙束を指差す。海流の調査というのも、商船業を発展させるために、安定した海路を開拓しようという腹積もりなのだろう。
「勿論、問題は山積みだ。海路で通るったって、ホルス大陸沿いの海路を通るなら、南の2国の領海になっちまう。それじゃあ陸路と同じく関税を掛けられて終わりだし、領海外の海路を選べる程、うちの国の船には技術が無い。じゃあどうするかってんで調査された物が、その資料に載っているんだよ」
ルッドは渡された紙束を捲る。中身は海流の調査だけあって、ルッドには詳しくはわからない。ただし、文言にノースシー大陸の単語が頻出している。
「つまり、第4次周辺海流調査というのは、ノースシー大陸への海路の調査だと」
「そうだ。そうして、その調査はかなりの成功を収めた。ノースシー大陸への安定した海路を発見したのさ。既に先遣隊が向こうの大陸の国と接触している」
ノースシー大陸とブルーウッド国はずっと没交渉だったわけで無く、難しい海流ながらも、時たまの交流は存在していた。
だが、これからはそういう状況から変わって行くということになる。
「安定した海流が見つかった以上、そこに商売の可能性が生まれる。それ以外もだ。そうなれば、我々としても動かざるを得ない」
「国の外交官としては、どこぞの商人よりも早く、正式な交流を行う必要があるわけですね」
ブルーウッド国外交官見習いのルッドは、正規外交官のグラフィドの顔を見る。ルッド達のいる館は、ブルーウッド国の官舎であり、外交官用の館として用意された物だ。ルッド達がいる部屋は資料室として用意されたもので、ルッドがグラフィドと会議に似た話をする時は、何時もここで行っている。
「そうだ。聞く話では、ノースシー大陸は現在、一つの国が全土を統治しているらしく、ブルーウッド国はその国との交渉を始める予定だ。となると俺達の仕事ということになる」
諸外国との交渉事に呼び出されずして何が外交官か。ただ、違う大陸の一国家との交渉となれば、他とは仕事の規模が違うため、忙しくなりそうだ。
「僕を呼び出して話をするということは、僕もその仕事に参加を?」
「ああ。勿論、ノースシー大陸に関わることさ。ブルーウッド国としては、ノースシー大陸にある国とは、出来得る限りの友好関係を結びたいと考えている。国境線を接せず、新たな商売相手と成り得る相手というのは、国同士の関係では貴重なんだよ。だからこそ、相手を刺激せずに事を運びたいらしい」
「そうなると、外交は少人数で行うということになりそうですね」
他国へ足を踏み入れるということは、その足を踏み入れた分だけ、違う文化を押し付けるということだ。国家間での交渉というのはそういう物であるのだが、過ぎれば侵略となってしまう。
例えばこちらの意思が戦争で無いとして、それでも大人数で他国へ向かえば、向こうの国は敵意を嫌でも感じてしまうし、どの様な意思であれ、異国に大人数で押し寄せれば、気付かぬ内に相手の大事な部分を傷つけてしまうのである。
「慎重に事を運ぶため、人数は少人数。そうして交渉期間はできるだけ長くというのが今後の予定になっているし、向こうの国にも了承を貰っている。また発見した航路も、暫くのあいだ国が秘匿する」
「正確にはどれだけの期間を交渉に費やすことになったんですか?」
「4年だ。そうして最初の1年こそは慎重にそして公表せず内密に外交を始めるが、それを過ぎて後は、商人にも順次ノースシー大陸への航路を公開する予定だ。つまり国家としての正式な交渉はそれからだな」
非正規な話し合いが一年と、正式な物が三年間続く。後者の三年間だけでもかなりの長さと言えた。
「それだけこの国はノースシー大陸との関係を重要視しているということですね。でも、一年を過ぎて商人に航路を公開しては、慎重な交渉も何も無いでしょう」
商人というのはそこに利益があれば、どの様な手を使っても飛びつくという存在だ。だからこそ、国家としてもそういう存在を後押しするのであるが、慎重という言葉は似合わない人種だろう。
「そうでも無いさ。ノースシー大陸との交流は、商人間であってもあまり無い物だった。彼らとて、本当にノースシー大陸が商機となる土地かは計りかねるだろう。そこで前もって大陸の知識を得ていた国家が、商人達へノースシー大陸の情報を伝える。そうすることで、商人達の動向を国がある程度操作できるはずだ」
それこそがブルーウッド国の狙いなのかもしれない。ノースシー大陸に関わる物については、国内の商人達を制御下に置くことで、最大の利益はブルーウッド国が得る。ありきたりな作戦と言えなくも無いが。
「そして、その最初の一年間での交渉こそが僕たち外交官の仕事ということですね」
ルッドは話を聞くうち、ノースシー大陸での仕事に意欲が湧いてきた。大きな仕事だ。国家の行く末を、多少なりとも左右することになるだろう。そこに関われるということは、ルッドの今後の地位にも大きく関わって来る。もし成功させれば、貴族の三男坊などという立場よりも上に向かえることは確実だ。
「おっと、勘違いして貰っちゃあ困る。最初の一年間も後の三年間も任されているのは俺であって、お前じゃあない。見習い外交官に、そんな仕事を任せられるわけ無いだろう」
「そ、そんな。じゃあ、いったい何のためにそんな話をしたんですか」
ぬか喜びも良いところだ。立身出世のチャンスと思いきや、単なる先輩外交官の自慢話だったのか。
「ここからがお前にとっての本題なんだ。良いか? さっきも言った通り、ブルーウッド国にとって重要になってくるのは、ノースシー大陸の情報だ。文化、風習、政治体制、民間伝承に至る様々な知識が、そのままブルーウッド国の利益になると言って良い。だが、それらの多くは、外交という卓に置いては見えてこない物だ。そうだろう?」
それはそうだ。国家間での外交になれば、お互いが見栄えを気にして、本質的な部分を隠そうとしがちだ。一般民衆レベルでの情報など、殆ど入ってこないと言っても良い。
「最初の一年間はそれでも良い。あくまで慎重に、お互いのことを知って行こうというのが目的になっているからな。だが、それ以降は貪欲に相手のことを知って行く必要がある。航路を知ったことで、積極的に交流を持とうとするであろう商人達に先んじる形でな」
「はあ………それはどの様な方法で?」
「非公式に間者を送り込む。勿論、ノースシー大陸にも内密にだ。間者にはノースシー大陸で長期間潜伏、調査を続け、定期的にブルーウッド国に調査結果を報告して貰うことになるだろう」
「嫌な予感がする話ですね」
「良い勘をしているな。俺が正式に外交官となりノースシー大陸に向かう以上、送り込む間者は俺と既に面識のある人間が望ましい。定期的に収集した情報を報告して貰う必要があるからな。となると………」
グラフィドが指をこちらに向けてくる。嫌な予感が当たってしまった。グラフィドがノースシー大陸との外交官になるのなら、その後輩である自分は、彼の手伝いをさせられるだろうと思っていたが、最悪の形で実現してしまう。
「ちょっと待ってくださいよ。外交官としての仕事なら、これまで教わってきましたからできますけど、他国に潜入して情報を集めるなんて仕事、僕にはまったく経験がありません!」
そもそも、生まれ故郷の国を離れて、何年も別の大陸で過ごすなど考えたくも無い。外交官としての仕事なら、定期的にこちらの国に帰って来られるだろうが、間者としての潜入であれば、任期が過ぎるまではずっと潜入先に居なければならないのだ。
「1年でなんとかしろ。1年間は国同士の内密な交渉である以上、間者を送り込む隙が無い。ただ、1年を過ぎれば商人へ航路の情報を公開する以上、商船に紛れてお前を送り込める。それまでに、向こうの国の言葉、間者としての仕事内容、身を守る程度の武芸など、必要な技能を身に付けてくれ」
「そんな無茶な………」
「無茶だろうが、これは命令だ。わかるな? 国が正式に外交官の仕事であるとして、間者を送り込むことを命令して来たんだ。断るわけには行かないし、必ず誰かを間者として送り込む必要がある。そうして、適材適所で選ばれたのがお前なんだ」
「…………」
ここまで言われては反論の仕様が無い。あくまでルッドはこの国に雇われている身なのだ。貴族の子弟という地位である以上、生まれから既にそうとも言える。
国が死ねと言えば死ぬ。まあ、そこまで言われれば考えなくも無いが、どこぞで間者をしてこいと言われれば、黙って従う程度の分別はあるつもりだ。
「理解のある部下を持てて、俺は幸運だよ。1年間でブルーウッド国と別れを告げ、3年間の公務旅行を楽しんで来てくれ」
「楽しめる様な場所であれば良いんですけどね………」
北の海の向こうにある大陸。冬の寒さが堪えるこの国より、さらに北にある世界は、どの様な姿を見せるのだろう。
「正式な決定は明日、書類と同時に伝える。それからは忙しくなるぞ? だから今日は休んでおけ。仕事もこれで終わって良いぞ」
気づかい痛み入るとでも言えば良いのだろうか。しかしルッドにとっては、頭を抱えて悩む時間が増えただけであった。
グラフィドとの話が終わったルッドは、外交官用の庁舎を出て庁舎の周囲にある道を歩き出した。
庁舎のある町はムリツと呼ばれる。ブルーウッド国の首都と呼べる場所であるが、森林の国だけあって、木々の緑が豊富に見えた。植林が盛んに行なわれているためか、町と森との距離が近いのだ。
森が近いとなると野蛮な国と思われがちだが、整備された森はむしろ文明の臭いを感じさせる。町の道と森との調和が取れており、緑の景色は、決して見る者を不快にさせることは無いだろう。これが自然状態の森であればこうは行かない。
「そんな町並みとも、あと1年で暫くさよならか………」
ぼんやりと呟くルッド。心細さを感じないと言えば嘘になる。これでもこの町には愛着を感じているのだから。
一方で、この町自体も別に故郷では無い。ムリツの町から南西にマクレルズスワンプという地域があり、そこがルッドの生まれ故郷だ。ならばそちらに郷愁の念を感じるかと言えば、実はそうでも無い。
沼地の多いパッとしない土地で、そんな土地を後生大事に管理する小さな領主の家だった。両親に関して言えば、ルッドは何も思うところは無い。親としてはそれなりに接して貰ったと思うのだが、いかんせん三男坊ということで、結構な部分を放置されて育った。勿論、必要最低限の世話は焼かれたし、親子の情と言うのも無かったわけでは無い。しかし、自分の家に対してルッドはあまり執着が湧かない。
その大きな理由は、ルッドの兄二人が原因だった。
(どうせ、僕は三男坊だったからね………)
兄達にいじめられたというわけでも無い。むしろ、かなり優しく接して貰った覚えがある。だが、兄同士は非常に仲が悪かった。
家を継ぐ予定の長男と、長男さえいなければ自分だったのにと捻くれる次男。両者は度々ぶつかり、二人の怒声が家中に響くことが何度もあった。
それを見るたび思うのだ。どうしてルッドには二人して優しくするのだろうかと。
(結局、僕は同じ土台に立てなかったってことなんだろうけど)
長男にとっては、次男は自分の立場を脅かす存在。次男にとっての長男は目上のたんこぶ。二人がいがみ合う中、ルッドだけが関係の無い存在だった。
人にとっては喜ぶべき状況と言えなくも無いだろうが、ルッドにとっては苛立ちを感じる状況と言える。
(所詮は三男坊。そんな風に家族からも見られてたんだ。けど、このままじゃあ終わらないさ)
自分はどうしようも無い一般人。そんな風に考えてしまうのは、一応の貴族としては腹立たしい話だ。
そう考えると、今回の仕事はチャンスであることに変わり無いかもしれない。間者としてノースシー大陸に潜入して、3年間で成果を残せれば、誰もルッドのことを見習い外交官などとは呼ぶまい。もしかしたら次の機会では、グラフィドの様に正式な外交官としての仕事が来る可能性だってある。
(やってやるさ。別の大陸の仕事ってのは、一旗揚げるには御あつらえ向きだ)
権力や権威への執着。一貴族として、ルッドはそれらを当然の様に持ち合わせていた。
貴族としての執着を持ち合わせているルッドであるが、人としての欲求も勿論持っている。具体的に言えば食欲もその一つ。
「すみませーん。日替わり定食一つ!」
外交官用庁舎の近く。ルッドの様な見習い官員を商売対象にした食堂が存在している。名前を『流魚亭』と言う。ムリツの町の近くには港も存在しており、そこからの新鮮な海産物を主な食材として料理を提供する店であった。
では肝心な味はと言えば、それなりだ。例えばルッドが頼んだ日替わり定食は、港で取れた魚を焼き魚として出す物なのだが、そこに掛けるソースが何時も同じ味なのだ。
ブルーウッド国の木々から取れる主な果実に、レッドボールという物がある。甘酸っぱく歯ごたえのある果実であり、それを絞り出した汁を加工し、味付けしたソースは、ブルーウッド国ではレッドソースと呼ばれ親しまれている。『流魚亭』はそのソースを料理に多用するため、どの料理もそのソースの味になってしまう。
(その日ごとに変わる料理って言っても、味が同じだから変わり映えしないんだよなあ)
新鮮な海産物も形無しだ。森で取れる産物に味を占領されている。『流魚亭』という名前でも、その実はブルーウッド国の料理店ということだ。
そんな及第点より少し上程度の店であるが、ルッドは良く顔を出していた。既に常連の域に達していると思われる。
何故かと言えば、これもまた人としての欲求があった。
「お待たせ。日替わり定食で良かったわよね?」
料理を運んでくる女性がいる。ルッドより3つ年上で、美しい亜麻色の髪をした女性だ。誰もが『流魚亭』の看板娘として見る彼女の名前は、ファラ・レイサルと言い、店主のロイド・レイサルの一人娘だそうだ。
ルッドの目当ては彼女である。外交官などというストレスの溜まる仕事の中、昼食の時間に存在する唯一の癒し。ルッドにとっての彼女はそんな存在だ。
何時かはそれ以外の時間でも癒しになって欲しいと考える次第であるが、残念ながらライバルが非常に多く、店外での付き合いというのはまだ無い。
(そうか、国を離れるというのは、彼女とも会えなくなるってことか)
3年も離れていれば、彼女は結婚適齢期を過ぎている頃合いだ。戻ってきて、どこかに嫁に行ったという事実を知れば、かなりのショックを受けることは間違いなかろう。
「あら? どうしたの、ルッド君」
彼女はルッドのことを名前で呼ぶ。ルッドが年下という立場を活かして、そう呼んで欲しいと頼んだのだ。その方が距離感が近くて良いではないか。
「あ、いや、いえ。ちょっと新しい仕事が入って、大変な時期なんですよね」
だから、できればその仕事が本格的に始まる前に、親密な付き合いをと続けたいのだが、そこまで話すには至らない。
「そうなの。頑張ってね」
残念ながら、ルッドとファラの関係はその程度の物でしか無い。できれば1年間の準備期間の内で、さらに親密になりたいと考えるルッドであるが、1年後も変わらぬ距離感のままであった。