3章の6
石畳の上に置かれた、オレンジ色のブーケ。
「花束……?」
クリスは駆け寄ってブーケを見降ろした。マーガレットと少しのグリーンで仕上げられた、片手に収まるくらいの小ぶりのブーケだ。
「少しへたってるな」
実戦(花屋)で鍛えただけあって、束ねられている花の具合は手に取るようにわかった。ここに置かれて二~三日といった所だろう。
「供え物か?」
「だろうね。花の選択が随分偏ってる。もう少し白みを入れた方がいいな」
真打の指摘が下る。
しかし花を一つに絞った理由は、クリスにも想像できた。
故人の好きだった花なのだろう。
「ともかく、ここみたいだな」
かがめていた背を伸ばし、辺りを見回した。
路地側から見ると、両側を遮る建物と日当たりの悪さから、この場所が周囲から取り残されているような錯覚に陥る。
「充分な死角になってるね」
足元でステフが言った。かがみ込んだまま何をしているのだろう。
クリスが目をやろうとしたら、
「おい! お前ら何してんだよ!」
いきなり路地の入口から怒鳴り声が響いた。
「誰だよお前ら!」
警戒心むき出しの表情、そして怒りの見える体のわななきと共にこちらに歩むのは、あの少女と同じくらいの年齢の少年だった。
手には小ぶりのブーケが握られていた。
「それに触んな!」
少年は人差し指を突き出した。
先が向けられているのは、クリスではなく、ブーケの前にかがみ込んだままのステフだ。
すっ、と背後でステフが立ち上がる。
「大丈夫、触ってはいないよ」
優しく言うが、少年はぎっとステフを睨みつけた。
「どけっ!」
クリスとステフを押しのけてブーケへと駆け寄った。
「あ……れ? 全然枯れてない……」
首を捻る少年を見降ろし、ステフが満足げに嘆息した。
花の結聖を操作したな。クリスは少年の持ち上げたブーケを見て察した。
しおれかけていたマーガレットは、見事にみずみずしさを取り戻している。新しく用意されたものであろう、少年の携えていたブーケと区別がつかないほどだ。
ぱっ、と少年はこちらを仰いだ。動揺を帯びた視線がクリスとステフを行き来する。
通りすがりの花屋です。……いや確かにそうだが、いくらなんでも不審すぎるだろう。
何と答えたものか、とクリスが逡巡していると、
「マーガレットが好きな子だったんだね」
隣でステフが言った。その瞬間に、少年の視線がステフに固定された。
「知ってん……のか……? ……パリアのこと」
「パリアって名前だったのか」
ブーケを手向けられた人物が女性だと分かる。やはり事件の現場はここで間違いないようだ。
少年は立ち上がり、改めてクリスとステフを見まわした。
「お前ら……何なんだ? ……何でシャベルなんか持ってんだよ」
向けられる不審さの度合いが、クリスとステフでまるで違う。
クリスは一つため息をつくと、簡潔に答えを返した。
「魔術師だよ。俺は雪の、こっちは花の」
その瞬間、少年の目がこれでもかと見開かれる。
「自然操術系の魔術師なのか!?」
「そこに驚くってことは、お前も魔術をかじってるな」
普通の人間なら、まず魔術師という所に驚く。案の定少年は首肯する。
「スノウクリスタルとブルーム……忘却屋として活動してるスゴ腕の魔術師が……」
消え入った言葉の先が気になる。
「何だ?」
「……もっと強そうな奴らだと思ってた」
どういう意味だよ!
クリスはぐっとこらえた。
一方ステフは気にした様子もなく、少年へ問うた。
「君は魔術師?」
「……違う。俺は魔術を勉強したけど使えなかった」
少年は呆けた顔のまま答えた。
難易度の低い気念術でも、結聖の操作はある程度の気質を要する。手法は学んだが使えなかったという例は多い。
「でも、パリアは魔術師だったんだ」
少年は視線を落とした。その先には、両の手で包みこんだ二束のブーケ。
「一緒に勉強したんだ、気念術。パリアは俺と違って才能があって、魔術の先生からも一人前って言われてた」
マリーゴールドの花に、少年は呟く。
「パリアは何でもできた。出かける時とか、俺が走って行く上をすいすい飛んで行ってた。でも、いつからかあんまり飛ばなくなって、訊いたら、俺が背中に隠してたブーケを見ちゃったからだって」
ぽつ、とオレンジ色の花びらに水滴が落ちた。
「……」
「俺が……育てたマリーゴールドで……高い花とか買えないからずっとこれだったんだけど……でもパリアは一番好きだって言ってくれて……」
少年は肩を震わせ、切れ切れに言葉を紡いだ。
「……っ……それなのにっ……なんでこんなにいきなり……っ」
ぐっと握りしめられたブーケが、小さく音を立てた。
ステフがやさしく声を掛ける。
「せっかくのブーケが崩れちゃうよ」
「……っ」
すがるような目で少年は仰いだ。
「大切な女の子のためのブーケなら、可愛らしいまま渡さなきゃ、ね」
ステフが言い終えると同時、少年の両目から関を切ったように涙があふれ出た。
殺された少女への、偽り無き想いと涙――
泣きじゃくりながら頷き、しゃがんで二つのブーケを備える少年の様を見、クリスは一言では言い表せない感情に駆られた。
大切な人を失った悲しみが、ありのままにあふれ出る。
涙と共に、何にもためらわずに、誰にも隠さずに。
「……」
目を伏せたクリスを、ステフは横目で見た。
くっと細めたその目にも、似たような感情が浮かんでいた。




