2章の8
ランプシェードから拡散する明かりだけが、この狭い部屋を照らしている。
薄暗い部屋である。しかし部屋の中央のテーブルにつく人物たちの容貌を窺うには充分だ。
うち少女の頭には黒いウサギの耳が生えている――もとい、ウサギ耳のついたフードをかぶっている。顔を隠すためのフードでは無いらしい。目元に浮かんだ気だるそうな感じは誰もの目に明らかである。
少女は、自分の前に置かれたティーカップの縁を人差し指でなぞっていた。その度カップに半分ほど入ったミルクティーの水面に細かな波紋が立つ。
絨毯の敷かれた床に着かない両足は、交互にぶらぶらと揺れている。
一見に暇を持て余している女の子。しかし彼女はただぼんやりとこのテーブルに着いているわけではない。
「リープ。お前ヘマやらかしたみてぇだな!」
突然吹っ掛けられた揶揄に、ウサギ耳の少女・リープはあからさまに嫌な顔をした。
「ぅえー、もう広まってんの?」
「クァインの奴が言ってまわってんぜ。と言ってもあいつの場合、親切心からだろうから怒んなよ」
リープの仰いだ先の少年はケラケラ笑った。そして手にしていたアイスティーのグラスを豪快にテーブルに置くと、椅子にどかっと腰かけた。
リープとさほど変わらない年齢の少年だ。薄いシャツとジーンズと、このテーブルに不釣り合い極まりない服装をしている。ケープにシャツ、ショートパンツのリープの方が遥かに合った格好だ。
「キャニー」
「ん?」
「頼むからもっと静かに座ってくれ。……私の紅茶が半分無くなった」
と挟んだコート姿の男は、落胆した目で自分のカップを見ていた。少年・キャニーが座った衝撃で、中身の紅茶が大量にこぼれてしまったようだ。
「紅茶くらいでガタガタ言うなっての。お前はいちいち細かいんだよ」
「まぁ、それがマイスの性格じゃん」
リープも口を挟む。彼女のミルクティーは無事だったようだ。
コートの男・マイスは諦めたようにため息をつく。
「これから〝ファウナ〟の報告会だと言うのに、もっと大人しくできないのか」
「最近ただの茶会になってんだろー? 毎回真面目に用意してんのはお前だけだって」
またもケラケラ笑うキャニー。マイスは深々とため息をつく。
「今日も欠席が多いようだしな……」
マイスはテーブルを挟んで正面のリープを見た。
「久々に議題に上げるべき事態が発生したと思ったのだがな」
「ぅ、……やっぱりそれ?」
「当然だろう。結聖回収の現場を目撃され、その情報が魔術師へと渡った。お前は他人の魔術――忘却術に紛れて奴を始末しようとしたが、それも失敗し、あろうことか姿を見られかけた」
「だっ、大丈夫だって。ちゃんと捲いたから」
「さーすが、ウサギ耳付けてるだけあって逃げ足は速えな」
からかうキャニーを、リープは横目で睨みつける。
「しかも具合の悪いことに」
「そー。リープちゃん、とんでもないヤツを相手にしちゃったみたいだねぇ」
三人の頭上へ、また別の声が降ってきた。
「よぉ、オーヴァン」
「三人ともひっさしぶりぃ。相変わらずいじりいじられ楽しそうだねぇ」
「どういう意味だ……」
新たに現れた、シンプルなシャツとパンツそしてアフロヘアの男・オーヴァンは、片手をひらりと振ってテーブルに着いた。
「大変だねぇ。例の医者が忘却屋に走るとは思わなかったでしょ」
「クァインめ……情報屋とは言え一体どこまで広めてんのよ」
「情報伝達は駿馬のごとく。これが彼の座右の銘だ」
「親切心だ、親切心!」
「あぁもう、わかってるわよ!」
リープは苦々しい顔で呻くと、ミルクティーに口を付けた。
彼女がこくりと飲み下すのを見届けると、オーヴァンは続けた。
「スノウクリスタル=メイラード。今や二大巨頭となった忘却屋の一人。自然操術系ってだけでやっかいなのに、更に忘却術までマスターしちゃってるヤツなんだよねぇ」
「知ってる。あの医者に忘却術を掛けてる所も見てたし」
「今日はブルームと一緒に強制忘却やってたんでしょ?」
そのオーヴァンの言葉に、リープは首を横に振った。
「強制忘却ができるのは花の魔術師だけみたい」
「じゃあ、今日仕事してたのはブルームの方だけなんだ」
頷くリープ。
「そしてお前はブルームの忘却術によって抽出された結聖を操り、スノウクリスタルを仕留めようとしたが、あえなく失敗したんだな」
リープは図星! とばかりに唇を歪めた。
マイスは説教ばりに続けた。
「万魂操術で結聖を意のままに操ったとはいえ、所詮は凡人の結聖。結聖を破壊する経験を積んだ忘却屋に対しては、さして効果も無い作戦だったな」
「ぅわ、きびしー」
からかうようにキャニーがなじる。
「しかもなんだ? 顔見られたんじゃねぇの?」
「リープちゃんの逃げ足なら大丈夫でしょ」
「それには同感だ」
「……あんまり嬉しくないんだけど」
褒めているのか何なのかわからないオーヴァンとマイスに、リープは複雑な顔で返す。
そして表情を沈めると、視線を流しながら言った。




