桜の小袖
サラサラサラと春風が吹く。
「あー、仕事したくねえ」
うららか過ぎる陽気に完全にお仕事スイッチがオフになった俺は、いつものサボリポイントと化している河川敷の桜の木の下でゴロリと横になった。
本日のプレゼンは見事にダダすべり、企画ミスもいいところだ。
寝転がって見上げた木漏れ日がゆれる桜の花の見事さに、ため息をついて俺は目を閉じた。頬をなでる風の心地よさに少し眠るかとうたた寝を始める。
「もし」
五分だろうか、十分だろうか、遠慮がちな声に片目を開くと黒髪の少女が俺の横に座って顔を覗き込んでいた。
「んー?」
余りの眠気に投げやりに生返事をする俺に彼女は微笑む。
「少しだけ、お隣、よろしいですか?」
卒業式か、入学式か、袴に小袖の少女をきれいだなあと思いながらも俺は眠気に負けてまた目を閉じた。
「お好きにどうぞー」
サラサラサラと春風が吹く。
ふわり、と誰かに髪をなでられて俺は目を覚ました。さっきの少女か?と見回してみるが少女など影も形もありはしない。頭上には先ほどの少女の小袖と同じ色の桜が見事に咲いているだけだ。
「会社に戻るか」
スーツについた草を払って俺は立ち上がる。カバンをもってもう一度、春風に揺れる桜を見上げた。
「また来てくださいね」
耳の奥に遠慮がちな少女の声が響いた気がした。
「気が向いたらな」
ポンと木の幹をたたいて、俺は河川敷を歩き出した。
サラサラサラと春風が吹く。
都会の喧騒、響くクラクション、アスファルトとコンクリートのジャングルにあふれかえる人ゴミ。酷い街だがこういうのも悪くない。一人ごちて俺は戦線に復帰する。
「とはいえ、仕事したくねえ」
後ろで少女がクスリと笑った気がした。