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【短編】東日本大震災から15年。〜亡き父からの贈り物〜

掲載日:2026/03/11

 初めに、東日本大震災により犠牲になられた全ての方々に哀悼の意を表します。

 本作は、作者である真星紗夜の経験をもとに執筆されたファクション(事実とフィクションを織り交ぜた物語)です。

 また、東日本大震災による地震や津波、原発事故を想起させるシーンがございます。

 お読みになる際は、予めご留意いただきますようお願い申し上げます。

《平成23年3月11日(金)》


 私の名前は、佐藤風香(さとうふうか)

 みんなにはあだ名で“トウフ”って呼ばれてる。

 福島県浪江町(なみえまち)にある海の見える街――請戸(うけど)地区に住んでいる中学2年生。

 成績はそこそこ良く、定期テストは毎回学年2位。

 写真部の部長を務める、普通の女の子だ。


 その日の午前中は卒業式があり、先輩方を涙で見送ったばかりだった。

 今は午後からの部活に備えて、3人の部員と共に部室(といっても、校庭の隅にある倉庫なのだが……)で、お弁当を食べている。


 ――――

 

 以下は、3人の部員の紹介です。

 (実名は避けております)


海野真子(うみのまこ)(中学2年)

 彼女は幼稚園から一緒の大親友。

 お淑やかで頭が良くて、おまけに黒髪清楚の美人。

 定期テストの学年1位はいつも彼女のもの。


武藤蓮(むとうれん)(中学2年)

 彼も幼稚園から一緒の友達。

 私は彼に絶賛片思い中だ。

 筋肉質で身長高くて女子からモテモテ。

 なのに、なぜ写真部なのかは疑問である。

 

小鳥遊優莉(たかなしゆうり)(中学1年)

 彼女は去年写真部で知り合った後輩。

 身長が小さくて、妹みたいな存在。

 とても優しく、思いやりのある可愛い女の子だ。


 ――――

 

 お弁当を食べていると、蓮が私の新しいカメラに気づいた。


「トウフ! それって、ニコンD7000か⁉︎

 マジかっけぇ! ちょっと俺に見せてくれよ!」


「ちょっと、蓮! まだ私も触ってないんだから!」


 そんなやり取りを聞いていた真子も静かな声で話に混ざってきた。


「トウフ……、そのカメラどこで買ったの……?」

 

「今朝さ、お父さんから珍しく誕プレにって貰ったんだよね〜!

 お父さんからの誕プレなんて産まれて初めてかも!

 んでさ、中学最後の年くらい、いいカメラでいい賞取れってさ!」


「トウフ先輩、今日お誕生日だったんですか⁉︎

 おめでとうございますっ! えほっ、えほっ」


 優莉は口の中に食べ物を入れながら話したお陰で、盛大にむせてしまった。


「ちょっと優莉〜!

 誕生日祝ってくれるのは嬉しいけど、飲み込んでから話しなよ〜」


 私は誕生日を祝われるのは照れくさいほうで、すぐに話題を変えた。


「じゃ、お弁当食べ終わったら次のコンクールに向けてミーティングするから、ちゃっちゃと食べちゃお!」


「俺はもう食ったぜ!

 それじゃ、見せてもらおうか、新しいカメラの性能とやらを……!」


「蓮、それって何かのネタ?

 てか、私が触るまで絶対に貸さないからっ!」


「トウフ……、貴女の新しいカメラは私が頂いたわ……」


「ねぇ真子〜、いつの間に奪ったのよ〜」


 私たちの部活はこんな調子でフザケてばかりで、ミーティングなど、(ろく)にした事がなかった……。


 

 ――そして、時刻は午後2時46分。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


「……ん?

 なぁお前ら、なんか外から変な音がしないか?」


 はしゃいでいた蓮は動きをピタリと止めて、そう言った。


 確かに言われてみれば、なんか低い音が――


 その瞬間、ドーンと地面が爆発したように跳ね上がった。

 すぐに頭では地震だと理解できたが、こんな衝撃は経験した事がなかった。


 ガタガタガタガタ!!!

 ガシャーン!! パリンッ!!

 

 部室のあらゆる物が倒れ、壊れ……、建物自体もミシミシギィギィ、ミシミシギィギィと唸っている。

 机の上の水槽も割れ、飼っていた金魚がピチピチと目の前に滑ってきた。


 優莉はギャン泣き、私もあまりの恐怖に涙が溢れ、声も出ず、身動きが取れなかった。

 

 だが、激しい揺れは止まらない。

 まだ……、まだ……、まだ揺れ続ける。


 ……神様お願い! もう収まって……!

 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死にたくない……!


 本当は部長として「机の下に入って!」とか気の利いた事を言いたかったが、それどころではなかった。

 命の危険を感じたのはこれが生まれて初めてだった。


 まだ激しく揺れ続ける中、一番最初に動いたのは真子だった。

 真子はこのままだと建物の下敷きになると考えたのか、校庭に出るために部室の扉に手をかけていた。

 

「ちょっと待って……! 扉が……開かないわ……」


 激しい物音が鳴り続ける中、真子の弱々しい声はそう言っているように聞こえた。


「真子! ちょっとそこどけ!」


 蓮がそう叫んだかと思うと、扉にタックルをしてぶち破った。

 衝撃でガラスが割れ、その破片で蓮は頭から出血していた。


 蓮に続くように、真子と優莉も走って部室から飛び出した。


 ……わ、私も……外に出なきゃ……。


 そう思ったが、身体が言う事を聞かない。

 私は腰が抜けるような感覚と共に失禁してしまい、恐怖で何も行動ができなかった。


「おい、トウフ! 何やってんだ早く外に出ろ!

 崩れちまうぞ!! おい!!」


「……蓮。 だめ……、足が……動かないの……」


 蓮は何も言わずに部室の中に戻ってきた。

 私を肩に担ぎ、咄嗟(とっさ)に私の新しいカメラを掴んで外に飛び出した。


 グワッシャーン!!


 大きな音を立てて、部室は倒壊した。

 本当にギリギリのタイミングだった。


 だが、今の私は恐怖心に加えて、羞恥心もあった。


 蓮におしっこ漏れたのがバレたらどうしよう……。

 大好きな蓮に……嫌われちゃっただろうか……。


 そんな事を考えていると、学校の放送が聞こえた。

 

『学校に残っている生徒は今すぐに大平山(おおひらやま)まで避難しなさい!

 津波! 津波が来るぞ! 繰り返す――』


 避難訓練通りにはいかないものだと思った。

 避難訓練は生徒全員が学校にいる前提だが、今日は休みの部活もあるのだ。


「真子、トウフ、優莉、全員いるな?

 顧問の先生に報告してくるから、ちょっとここで待ってろ!」


 そう言って、蓮は職員室の方へ駆けていった。

 蓮の方が部長みたいだった。


 3人で蓮を待っていると、優莉が何か思い出したかのように話しだした。


「先輩! 私、お婆ちゃんの迎えに行かなきゃ!

 お婆ちゃん腰が悪くて、昼間は家で一人なんです!」


 それを聞いた真子は制止に入る。


「迎えにって……、優莉の家は請戸漁港のすぐ近くでしょ……?

 大平山とは反対方向だし……、お婆ちゃんを見捨てなさいって訳じゃないけど、間に合わなかったら……」


 真子とは反対に、私は優莉の意見を尊重したいと思った。

 さっきから足を引っ張ってばかりで、ここは部長らしく優莉の背中を押してあげようと思ったのだ。

 

「優莉、お婆ちゃんを助けたいんだね……?

 部長命令よ、必ず生きて帰ってくること……!」


「ありがとうございます……! トウフ先輩!」


 優莉はそう言って、小さな身体に大きな勇気を背負って海の方角へと跳ねていった。


 しばらくして、蓮が戻ってくる。


「あれ? 優莉はどうしたんだ?」


「優莉なら、家に戻ってお婆ちゃんのこと連れてくるって言ってた!

 なんか、腰が悪くて家に1人でいるらしい……。

 私ももう足動くようになったし、3人で避難しよ!」


 バチーンッ!


 私は蓮にビンタされた。


「馬鹿野郎ッ!

 ここから優莉の家に寄って大平山に行くだけならいいが、腰の悪いお婆ちゃんと一緒なんだろ⁉︎

 ……絶対無理だ。

 俺、優莉のこと連れ戻してくる……!」


 しかし、またも真子がそれを制止する。

 

「……だめ。

 津波なんていつ来るか分からない……。

 蓮だって、飲み込まれるかもしれない……」


「……クソッタレ!!」


 蓮は瓦礫と化した部室の一部を蹴り飛ばした。


 そこからの雰囲気はもう最悪。

 私たちは一言も会話せずに大平山まで急いだ。

 足の速い蓮には追いつけなかった。

 

 ◇


「……はぁ、……はぁ」


 やっとの思いで大平山まで登った。

 こんな距離、徒歩で移動することなんて滅多にないから、思いの外遠く感じた。

 この時点で、蓮と真子とは(はぐ)れてしまっていた。


 

 ――そして、時刻は午後3時33分。


 海の方を見ると、真っ黒い津波が押し寄せてきた。


 ……これ、現実なの……?


 私は咄嗟にカメラを取り出した。

 

 私たちの街が津波に飲み込まれる様子は、私が写真に収めないといけない……!


 そう思って、海の方にカメラを向けて覗くと……。


 ――!

 

 そこには優莉がいた。

 お婆ちゃんを背負ってこちらに歩いてくる。


「……優莉ッ!! 後ろ! 後ろ見てッ!!」


 優莉は後ろを振り返り、黒い津波が押し寄せていることに気づいた。


 お婆ちゃんを下ろして走ってくれば間に合う距離だった。

 だが、人一倍優しさに溢れる優莉には、そんな事できるはずがなかった。


 そして優莉は再びこちらを向き、レンズ越しに優莉と目が合った。それは絶望の眼差しだった。

 普段はキラキラ輝いていた優莉の目。

 しかしその瞬間だけは、底の見えない深海よりも深く暗い色をしていた。


 私はシャッターを切った。 ……切ってしまった。


 直後、優莉とお婆ちゃんは黒い津波に飲み込まれ、二度とその姿を現すことはなかった。


 今日の私の全ての行動は、間違いなく愚かだった。


 ◇

 

 あの後、私は大平山でお母さんと再会した。


 私とお母さんが今どこへ向かって歩いているのかと言うと、浪江町の大堀(おおぼり)地区にある母方のお爺ちゃんの家だ。

 大堀地区と言えば、大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)が有名だろう。

 場所は内陸側で津波による被害はないため、ひとまず避難させてもらうことにしたのだ。

 

 津波が引いた頃には辺りは薄暗くなっており、今はもう懐中電灯がなければ何も見えない程だった。

 

 大平山を出る前に「お父さんは?」とお母さんに尋ねると、自分の船に乗って沖に出たのだと言った。

 私のお父さんは漁師だった。

 漁師は津波で船が岸壁に衝突して壊れるのを防ぐために、津波に立ち向かっていくのだ。

 


 ……足が棒になるくらい歩いた。

 中学校から大平山までの距離とは比べ物にならない距離を歩いた。

 歩いて、歩いて、歩いて、やっとお爺ちゃんの家に到着した。


 しかし、水道やガスなどは当然壊れていたため、風呂には入らずに布団に潜り込んだ。

 もちろん、食事も喉を通らなかった。


 その晩、何度も大きな余震に揺られながら、優莉の写真を撮ったことを酷く後悔した。

 いや違う、そもそも優莉を送り出したことを後悔した。

 後悔してもしきれるはずがなかった……。


 


《平成23年3月12日(土)》


 ……ん、んん。


 翌朝、私は浪江町の防災無線の音で目を覚ました。


『――全町民は、津島(つしま)地区への避難を開始してください。

 繰り返します。

 ただいま、福島第一原子力発電所が――』


 どうやら原発が危険な状態らしく、全町民はとにかく遠くへ逃げろとの連絡だった。


 身体をむくりと起き上がらせると、ちょうど母さんが来た。

 

「風香、起きた?

 今からお爺ちゃんの車で津島に行くから、早く乗っちゃいな!」


「ねぇ、お母さん!

 お父さんは、どこに避難してるの?」


「それがね、携帯が全然繋がらなくて……。

 まあ、お父さんのことだからきっと先に津島に行ってるわよ!

 日頃からあんなに“津波てんでんこ”って言ってたでしょ?」


「まあ、そうだよね!

 このカメラのお礼、まだ言ってなかったなって思ってさ!」


 私は、夕方にでも帰って来るくらいの気持ちでカメラだけ持って車に乗り込んだ。

 しかし、次に帰ってくるのは数年後になることを、この時はまだ知らなかった。

 


 津島までの道路は、大渋滞だった。

 車を降りて歩いた方が速いくらいだ。


 普段は20分ほどの道のりだが、4時間ほど乗って(ようや)く1つ目の避難所に到着した。


 避難所は人でごった返し、誇張(こちょう)でもなく地獄のような光景だった。

 


 ――そして、時刻は3時36分。


 海の方角を見ると、大きな雲みたいなものが見えた。

 福島第一原子力発電所1号機建屋において、水素爆発が発生したのだ。


 しかし、それが私たちに知らされるのは、暗くなってからだった。




《平成23年3月12日(土)》


 避難所の朝食の配給は命の奪い合いだった。


 1人1回までのおにぎりの配給。

 それも、ピンポン玉くらいのサイズの。

 

 大の大人が「お前はさっきも来ただろ」だの「小さい子供がいるんです」だの、本当か嘘かも分からない事で揉めていた。


 ……はぁ、お腹すいた。


 私の前の意地の悪そうなオバさんが2つのおにぎりをポケットに入れて去っていったが、もう気にしなくなっていた。

 

 ……やっと私の番だ。

 

 しかし、ちょうど私の順番の手前で、おにぎりは無くなってしまったようだった。


「……もう、無いんですか?」


 おにぎりを配っていた役場職員の方に聞くと、「ごめんねお嬢ちゃん」とそれだけだった。



 腹を空かせた私はお爺ちゃんとお母さんのもとへ戻った。


「……おにぎり、もらえなかった」


「この人数にあれだけしかないんだもの、当然よ。

 でね、今から繁郎(しげろう)おじさんの家に避難させてもらうことにしたから、車で行くわよ」


 繁郎おじさんとは、お母さんの兄のことだ。

 今は福島市に住んでいて、たまに遊びに行くこともあった。

 

「ねぇ、お父さんは?

 お父さんも一緒に行くんだよね?」


「風香。 お父さんのことはお母さんも心配だけど、いつまでもこんな所にいられないでしょう?」


「そうだけど……」


 私たちは3人で繁郎おじさんの家に向かった。


 そして、この後いくら待っても、お父さんからの連絡はなかった。

 ……いくら待っても。


 


《平成23年4月11日(月)》


 この日私は初めて福島市の中学校に登校した。

 色々と手続きがあったせいで、新年度から少し遅れての転校となった。


 私の他にも2人浪江町からの転校生がいたためか、特に浮くことはなく穏便に学校生活を送ることができた。


 しかし気掛かりなのは、蓮と真子だった。

 

 あの2人はどこへ行ってしまったのだろう……。

 

 私たちは携帯を持っていないため、友達とは連絡の取りようがなかったのだ。


「ねぇ、トウフ先輩。

 私のことは忘れちゃったの……?」


 ――!!


 この頃は蓮と真子の事を考えると、いつも優莉が私に話しかけてきた。


 ……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 私は自責の念に(さいな)まれ続けた。

 



 

《平成24年4月9日(月)》


 今日は入学式。

 私は晴れて高校生になったのだ。

 そして、この高校には写真部がある。

 実はそれが私の狙いだったりするのだ。


 転校した中学校には写真部がなく、他の部に入っても数ヶ月で引退という事もあり、特例で部活動には所属しなかった。

 まあそのせいか、結局1年間で友達と呼べるような人は1人もできなかったのだが……。




《平成24年4月17日(火)》


 この日、私は写真部へ入部届を提出し、初めて部室に顔を出した。


「今日からお世話になります、佐藤風香と申します!

 中学でも写真部に所属していました!

 よろしくお願いします!」


 パチパチパチパチ!


 

 挨拶が終わり、「早速撮ってみてよ」とフザケてセクシーポーズを取る先輩にカメラを向けた時、事件は起きた。


 レンズ越しに先輩と目が合うと、その目は底の見えない深海よりも深く暗い色をしていた。

 そう、あの日の優莉と同じ目だ。


「……ッ!」


 私はカメラを落とした。


 ……いやっ、いやっ。

 優莉、本当にごめんなさい。

 ……優莉、優莉ッ。


 私は膝から崩れ落ちて(うつむ)いた。

 しかし、私の顔を心配そうに覗き込んだ先輩の目は優しい目をしている。

 さっきまでレンズ越しに見せていた、あの目ではない。


 ……そう、私はあの日撮った優莉の目がトラウマとなり、レンズ越しに視線が合うとシャッターを押せなくなっていた。


 私は入部したその日に、写真部を辞めた。

 お父さんにもらったカメラで撮ったのは、結局その優莉の写真1枚だけだった。




《平成24年8月31日(金)》


 今日は高校生活で初めての文化祭だ。


 文化祭自体は可もなく不可もなくで、平穏に終わりを迎えた。


 教室の片付けも終わって帰ろうとすると、クラス1のイケメンの松岡(まつおか)君に呼び止められた。


「あ、あのっ、風香さん!

 ちょっと、話があるんだけど……いいかな?」


 鈍感な私でもこれから起こることはなんとなく想像がついた。

 そう、文化祭マジックというやつだ。


 私も、松岡君はカッコいいなぁとは思ってた。

 だけど、引っかかるのは蓮の存在だ。


 私が今、松岡君と付き合ったら、蓮はどう思うかな……?

 いや、蓮はきっと真子の事が好きだったから、蓮がどう思うかは違うか……。

 私自身が蓮の事を忘れられてないだけだ……。


「ふ、風香さん。

 俺……風香さんの事……初めて見た時から――」


「ごめんなさいっ!」


 私はそれだけ松岡君に伝えて、その場から走って逃げた。

 松岡君から逃げたんじゃない、蓮の胸に飛び込みたくて、蓮に会いたくて……!


 ……蓮、どこにいるの?




《平成26年3月18日(火)》


 私は来月から受験生だ。

 と言っても私の高校は進学校だから、2年の後期から課外授業が始まったりはしていたのだが。


 この日は休みで、浪江の大堀にあるお爺ちゃん家の片付けの手伝いをしに行くのだ。


 震災から3年。

 たった3年の間に、私は進学する大学を選んでいる。

 長いようで短い、短いようで長い、不思議な時の流れ方だった。



 お爺ちゃんの家には車で向かった。

 私は特にする事がなかったので、後部座席で横になって眠りについた。

 


 目を覚ますと、大きなバリケードと白い防護服を着た人が3人いた。

 どうやら川俣(かわまた)町から浪江町に入る所らしい。

 つまり、ここから先が帰還困難区域だ。


 帰還困難……、こんな直接的で絶望的な名称にしなくたっていいじゃないかと思った。


 そして、帰還困難区域内では、私たちも白い防護服を着用しなければいけないらしい。

 なんというか……仰々しい格好だが、これがルールなのだ。



 お爺ちゃんの家に到着すると、あの日から時が止まった空間に足を踏み入れたような感覚になった。


「風香、もし持って帰りたい物があったら、この袋の中に入れなさい。

 お母さんはお爺ちゃんと庭のお掃除を軽くしてから中に入るから」


 渡されたのは、無色透明のゴミ袋みたいな物だった。

 これは、浪江町から配布された袋らしい。

 放射線で汚染された私物を持ち出す際には全て検査するので、その量に制限を設けているとの事だった。

 

 家の中に入ると、あの日、私がむくりと起きた布団がそのままの形で残されていた。


「……ただいま」


 私は独り言を(つぶや)いた。


 家の中を見渡すと、ある物が目に留まった。

 それは、私が子供の頃に泊まりに来た時に使っていたオモチャ箱だった。

 中にはお父さんに買ってもらったオモチャのカメラがあった。

 私はなんだかそれが懐かしく、持って帰りたいと思って袋の中に入れた。


 お母さんたちにバレないように独り涙を(こぼ)した。


 


《平成27年4月1日(水)》

 

 この日は大学の入学式。

 私は宮城県仙台市にある理系の国立大学に進学した。


 高3になると、お母さんと喧嘩する事が多くなり、半ば家出するような勢いで仙台にアパートを借りた。

 当然、今日もお母さんは来ていない。


 周りを見渡すと、親子で入学式に来る人も多かった。

 女子はみんな綺麗な着物を着ており、スーツ姿なのは私だけのようだ。

 まあ、私の場合は別に誰に見せる訳でもないし、格好なんてどうでも良かったのだが。


 入学式が終わるとサークルの勧誘などがあったが、私は全て無視してアパートに帰った。


 写真サークルなる団体も見た気がするが、今はもうカメラなんて大嫌いだった。


 

 

《平成27年7月18日(土)》


 1人暮らしを始めて3ヶ月以上経った。

 もう私は1人の生活には慣れてきたが、同時に寂しさも感じていた。


 とりま、1週間分の食糧の買い出しにスーパーに行きますか……。


 そう思って玄関を開けようとすると、誰かがこちらに向かってくるような足音が聞こえた。


 ……同じアパートの人に会うのは気まずいんだよなぁ。


 私はセコいから、どんな人がこのアパートに住んでいるのか玄関の覗き穴から見る癖があった。


 んー、この足音はおそらく2人!

 そして、男女のカップルかも!

 私くらいになると足音で分かっちゃうんだよねぇ〜。


 いよいよ、その足音の主が玄関の前を通る。

 そして、そこに現れたのは――


 え? 蓮……?

 あの顔、間違いない。 蓮よ……。

 それに、隣の女、誰……?


 私は意を決して玄関を開けた。


「あ、あの……!

 人違いだったら申し訳ないんですけど……、蓮……だよね?」


「お前……、もしかしてトウフか?

 久しぶりだな! 会いたかったぜ!!」


 蓮の反応は意外だった。

 私の中では蓮には絶対に嫌われたと思っていたからだ。


 私が蓮の言葉に驚いていると、隣にいた綺麗な女性が口を開いた。


「トウフって……、もしかして、風香ちゃん?

 あらあら、ずいぶん大人になったわねぇ!

 私のこと、覚えてる? 蓮の姉の(らん)よ!」


 ……あ、確かに蓮にはお姉さんがいた。

 小さい頃、蓮の家で一緒にゲームとかしたっけ。

 

「俺さ、この辺りの大学に進学したんだけど、手違いでアパート借りるのをミスってな……。

 そのまま姉貴のアパートに転がり込んでるんだよ」


「ちょっと風香ちゃんも言ってやってよ〜。

 早く家探して出てけって〜」


「あはは……。

 ねぇ、蓮。 これから時間ある……?

 久しぶりに会ったし、色々話したいかも」


「ああ、いいぜ。

 俺さ、ちょうど行ってみたいカフェがあったんだよ!

 そこ、行こうぜ!」


 私は蓮の言うカフェについて行くことにした。

 仙台市街のオシャレなカフェだった。


 ◇


「アイスコーヒーと、カフェラテ1つずつで」


「かしこまりました」


 蓮はこういうお店に慣れているのだろうか、初めてという割にはスムーズに注文をこなしていた。


「あのさ……、蓮はあの後、どこに避難したの?」


「俺は、新潟市の田舎の方に行ったんだよ。

 まあ、親父の知り合いがそっちにいるっていうから、それでな」


「新潟まで行ってたんだ!

 あっちって雪、凄いの?」


「凄いのなんの……!

 いっぱい写真撮ったから、後で見せてやるよ。

 どうだ? トウフも写真、続けてるのか?」


「私は……、」


 そこで言葉が途切れた。

 だけど、蓮は写真続けてたんだ……。

 私も続けてるって言った方が嫌われないかな……?


「私も……! 写真、続けてるよ……!」


「そうかそうか!

 そりゃきっと、真子も見てたら喜んでくれるだろうぜ!」


 私はその言葉に、何か引っかかった。

 まるで真子はもうこの世にいないかのような言い方に聞こえたのだ。


「あぁ! 真子ね!

 また真子と3人で写真撮りに行きたいね……!

 私さ、免許取ってる途中だから、今度は車で――」


「真子は……、もういねぇよ……」


 ……え?


「実は俺な、避難先の高校で真子と再会してたんだよ。

 1年ぶりに会った真子は、すっかり別人のように暗くなってた……。

 アイツ、前から大人しい奴だったけど、暗い訳じゃなかっただろ?

 ……なんかな、……転校先の中学校でイジメられてたっぽいんだ」


 ……あの、真子が……イジメられてた……?


「真子へのイジメは高校でも続いた。

 俺は何度も手を差し伸べた……。

 それでもアイツは、1人で逝くことを選んじまった……」


「真子……、頭良かったし、繊細だったから。

 きっと、私たちじゃ想像もつかないような敵と、1人で戦ってたんじゃないかな……。

 昔から無口な方だったし、人に頼るのが苦手だったでしょ……?」


「クソッ……! 俺のせいだ……。

 俺は、真子が好きだった……。

 神様からせっかく再会のチャンスをもらったってのに、結局伝えられず(じま)いだ……」


 蓮……、やっぱり真子の事が好きで写真を始めたんだ……。

 私って、2人の邪魔だったんじゃないだろうか。


 私たちはカフェを後にした。



 2人でアパートに帰る途中、私は蓮のことを慰めたくなった。

 もちろん、私は空気の読めない奴だって自覚はある。


「ねぇ、蓮。

 蓮は真子のどこが好きだったの……?」


「お前には、関係ねぇだろ……」

 

「ねぇ、蓮。

 私じゃ、真子の代わりにはなれない……?」


「……」


「ねぇ、蓮。 止まって。 こっち向いて?」


「なんだよ、さっきから――」


 私は蓮の唇を奪った。

 身長の高い蓮の唇は、私が背伸びしてやっと届くところにあった。

 蓮の頭を抱えて、離したくなかった。


 多分、1分くらいキスしてた。

 私は蓮の心の穴を埋めたかった。

 私の心の穴も蓮で埋めて欲しかった。


「蓮……、私ずっと貴方の事忘れられなかったよ。

 私、貴方の事ずっとずっと愛してる」


 蓮は何も返事をくれなかった。

 

 


《平成29年1月9日(月)》


 私は浪江町の成人式に来ていた。


 あれから蓮とは、いつの間にか付き合ってるっぽい関係になってた。


 成人式には懐かしい面々がたくさんいた。


 しかし、一番会いたかった真子の姿だけは、いくら探しても見当たらなかった。

 正直、まだ真子が亡くなったなんて信じてないし、ひょっこりいつもの調子で出てくるんじゃないかと思っていた。


 しかし、最後の最後まで真子と会う事はできなかった。




《令和8年3月11日(水)現在》


 実は大学を卒業した後、蓮からプロポーズされて結婚した。

 プロポーズの言葉は私だけのものにしたいから、ここには書かないことにする。

 もちろん私たちの結婚記念日も内緒。


 私は苗字が変わって、武藤風香(むとうふうか)になった。

 結婚してもトウフってあだ名からは逃れられないみたいだ。


 そして去年、1人の子供を産んで母親になった。

 子供の名前は叶人(かなと)。 男の子だ。


「なぁ、トウフ。 昔みたいにさ、写真撮ってくれよ!

 ほら、俺と叶人、超そっくりだろ?」


 ……人を撮るのは、まだ少し怖い。

 

 私は勇気を振り絞って、お父さんからもらったカメラの電源を久しぶりに入れた。

 恐る恐るカメラを向けて覗くと、私の愛する2人とレンズ越しに目が合った。

 しかし、その目は希望に満ち溢れているようにキラキラと輝いて見えた。


 私はシャッターを切った。 ……切ることができた。


「今年で15年か……」


 私は愛する人と新しい命を育み、あの日々を思い出していた。

 いかがでしたでしょうか?

 短編という事もあってメッチャ端折りましたが、私の人生こんな感じです。

 風香は多分これからWeb小説作家を目指すんじゃないですかね?(笑)

 次回は、震災20年に更新いたしますので、登録よろしくお願いします!(半分冗談です)


 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございましたm(_ _)m

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