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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
余計なものが、またひとつ
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【くんくん】


その一日は、久しぶりの休日となった。


契約の答え合わせを終え、離れるという選択肢を捨て、また隣に立つ。

雇用主と護衛。けれど、旅の同行者であり、理解者だった。


セレフィーネの街は今日も港町特有の活気にあふれていて、通りを往来する人々の表情は明るい。それに紛れるように歩むルシアンの表情は変わらず穏やかで、そのやや後ろを歩くガルドの表情は相変わらず不愛想だった。


……”守護獣”という存在が、この街の近海で生を終えたらしい。


その噂は、あっという間にセレフィーネに広がっていたが……そこにふたりの旅人が係わっているということは、街ゆく人々は知る由もない。

決して功績がないがしろにされたわけではなく、街を統括する上層部が、”守護獣を静かに送る”と決めたこと……、そしてなにより、ルシアンとガルドが不要な注目を嫌ったということが大きかった。


「明日には、セレフィーネを発とうか」


市場の喧騒に馴染んだように、ルシアンがガルドを振り返る。柔和な仮面はそこにはなく、優しい微笑みだけがあった。


「……ああ」


低く答え、ガルドの手が腰の剣帯にかかった。……威嚇や警戒ではなく、ある種の癖。そうか、ならば整えねば、と区切りをつけるような、その仕草。

旅に出る支度。次の街までの距離、日数。野営は何度あるか。寄り道はするのか。その中で、また美しい景色とやらを求めるのか。


護衛の脳が、目の前の魔術師のために働いていく。銀の瞳が、笑みとともに見上げてくる。


「ここから一番近い街は、なんていうところなんだい?」


一瞬だけ、赤い視線が宙を巡った。市井の喧騒の向こう……石畳の道を抜けたその先に、街の外縁部へと続く大通りがある。そのさきの街道を北西に三日。途中、峠を越えた先にあるのが――。


「アウルグレイだ」


護衛は言葉少なに応じ、視線を下げる。まっすぐに見上げてくる柔らかな眼差しに、少しだけ声を落とした。


「……朝にこの街を発って、三日ってとこだ。峠を通っていく……小さい……通過する街ってやつだな」

「なるほど」


満足げに、ルシアンが目を細める。護衛。案内人。多くは語らず、求められた知識にはきちりと答える。……やはり間違いなかった。彼を選んで正解だった。そんな今さらの結論に、自分自身大変満足していた。




セレフィーネ最後の観光を楽しむようにして、その日は過ごした。海鮮の店で食事をして、露店をひやかし、港湾の船乗りたちと談笑する。潮の流れはすっかり元通りになっており、商船がひっきりなしに港を出入りしている。


……そんな活気にあふれる日常の中に、星を見ていた少年と、海底に沈んだ守護者を思い出す。


きっと巡る。終わりではない。

だって確かに、ふたりの足並みはまた隣にあった。


陽の傾き始めた港の通りを、ふたりの影が並んで伸びる。買い物もいくつかした。旅に必要なものも、そうでないものも。

船乗りたちの笑い声、荷を運ぶ車輪の音、海鳥の鳴き声が響く中、ルシアンは潮風に揺れる前髪を押さえる。


「……悪くねぇ街だった」


ぽつりと呟いたガルドの声に、淡い後ろ姿が振り返った。ガルド自身、過去この街に立ち寄ったことはあった。

それはなにもこの街だけに限ったことではないが……冒険者ギルドと、酒場にしか立ち寄らず、ただ食って飲んで眠るだけの滞在。そうしてすぐに発つ。――だからこそ、ふとそう思った。この街は悪くない街だった。

目の前の男は何も言わず、けれどそれを肯定するような微笑とともに、軽く首を傾げる仕草を返す。


ガルドはその笑みに……つい、鼻を鳴らした。

護衛っつーのは、そういう、親しげな笑みを向けられるもんだっけか、――そう思いかけて、すべて飲み込む。

日が暮れる光景の中、確かに彼の隣に立っている自分がいる。それを否定する理由など、もうどこにもない。


「……明日からまた野営だ。最後のいい寝床……満喫しとけ」

「ふふ、うん」

「……ったく、へらへらしやがる」


淡々と、けれどどこか穏やかに言い添えて、ガルドは宿へと足を進めた。潮の音の向こう、ゆるやかな夕暮れが、セレフィーネの街を包んでいった。






翌日、出立の朝。

朝食を終え、各自部屋で旅立ちの準備を整えていた。


ルシアンが荷物をまとめたあたりで、部屋の扉がゴンゴンとノックされる。硬い拳の音。……ガルドらしい重さだな、と微笑みつつ、返事をする。


「開いているよ。どうぞ」


返事から一拍も空けずに、ガチャリ、とガルドが部屋へ入ってくる。何度もルシアンの部屋で食事をとっていたこともあり、もうだいぶ遠慮がない。


「出れるか」

「うん、もう行けるよ。出発の前に、ギルドによって依頼を見て行こうか」

「ああ。……んん?」


返事をこなしつつも、ふいにガルドが(いぶか)しげな顔をして、ぐ、と距離を詰めてきた。腰を折って屈みこみ、ルシアンの胸元に顔を近づける。


「なんだ、お前なんかいい匂いすんな」

「え?」


すん、と鼻を鳴らしながら、その体勢のまま、胸元でふたつほど香りを確かめる。……さながら、大きな犬のような素振りに、思わずルシアンから笑みがこぼれた。


「ふふ、なんだいガルド。……昨日の露店で買った香油かな?」

「ああ?……っ、……そうか」


……自分がしでかしたことを急に自覚したのか、ガルドが背を反る勢いで大きく離れていく。なんとも居心地の悪そうな顔をして、鼻先に指を添え……すん、と鳴らしている。


(なん……なんで無抵抗なんだこいつ……)


動揺した赤い瞳が、けれど静かに宙を泳いだ。ルシアンはといえば、匂うかな、といった具合に軽く襟元を摘まんで、その香りの強さを確かめている。

……木と花の、落ち着いた香りだった。


「……行くぞ」

「あ、うん」


気まずさに乱れた空気を打ち消すように、ガルドがぶっきらぼうに言い放ってみせた。足早に扉へ向かい、先に部屋を出ていくその背中は、妙に直立している。

ルシアンが荷を持って後を追うと、廊下で待っていたガルドは肩を少しすくめ、鼻を鳴らす仕草をまたひとつ。


「……その、なんだ、変なアレじゃねぇからな」


視線を合わせないまま、掠れた声がぽつりと呟く。何が?と首を(かし)ぐ雇用主を見て、ガルドが頬を引きつらせて廊下を歩きだした。






――【くんくん】

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