表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
濁潮の咆哮
49/55

【敗走、とは】


――《潮待ちの護衛》

【依頼内容】

潮流の関係で出航を見合わせている商船の停泊中護衛を行う。船体は修理中。夜間の船体の安全確保を目的とする。


【目標】

・指定された商船の監視と異常発生時の対応

・部品の盗難防止


【報酬】

銀貨三十枚


【注意事項】

・護衛時間は日没後~日の出前までとする

・船員は夜間、全員陸上にて待機のため、船は完全に無人となる



――夕方。

護衛依頼を受けるため、ルシアンとガルドは再び冒険者ギルドへと戻っていた。

大扉を開けると、いつもよりわずかに騒がしい。ある依頼を受けた冒険者パーティーが、大怪我を負って帰ってきていたらしかった。


「か、海中にバカでかいのが……」

「……なすすべもねぇ」

「潮流の、境に沈んで……」


そんな報告を絶え絶えとしながら、ギルド職員や治療師に抱えられて、ギルドの奥にある治療室へ連れられて行く。

ギルドの床には、海水や血の跡が点々と残っていた。


「穏やかじゃないね」

「……実力を見誤るとああなる」


ルシアンの呟きに、ガルドが冷たく言い放った。

それは当該冒険者を非難する発言ではなかったのだが、恐らくその意図はルシアンにしかわからなかった。

優しさの表し方が、不器用なのだ。


損な男だね、と肩をすくめながら、ルシアンが掲示板から護衛依頼を抜き取り、受付の男性のもとへ歩み寄る。


「あ、お疲れさまですっ!すみません、バタバタしておりまして」

「いえ」


ルシアンから依頼書を受け取った受付が、ちらちらとホールの騒ぎを気にしながら受領処理を行う。


”敗走”というのは、時にその責任の所在やその後の対応で、ギルドの信用が大きく左右される事象だった。

ランクの設定は間違っていなかったか。敵の脅威度は把握できていたのか。依頼を交付した冒険者パーティーのランク詐称などはなかったのか。

冒険者の敗走が確認された時点で、どのような初動をとったのか。それにより、二次災害や次の被害を出さないことにつながるのだが。



……ルシアンには、関係がなかった。




「……《潮待ちの護衛》、承りました。お気をつけて」


受付から依頼書の控えを渡されて、ルシアンがそれを革鞄にしまい込む。

その間にも、治療室の扉がばたん、と開く音がする。治療師がまた一人、駆けていった。


それを横目に、踵を返す。ガルドも同じように、それに(なら)う。

床に点々と残る血の跡にふたりの目線が落ちるが、ただそれだけだった。




「――ッお、お待ちください、ガルドさん!!」


大扉を前にしたふたりの背に、ギルドの書記官から鋭く声がかかった。しん……とホールに静寂が落ちる。……ぎしり、と眉根を寄せたガルドが肩越しに視線だけを投げ……ルシアンは、振り返らなかった。


「あのっ、先ほど敗走がありまして、海底に巨大な影を見たとのことでっ……!ガルドさんがこの街にいらっしゃるのは幸運――」

「やらねぇ」


ぴしゃり。


何の感情もない、低い声だった。それだけで、ギルドの空気が冷たく落ちる。


「……敗走はそっちの責任だ。てめぇらでケツ拭け。俺がいなけりゃ、しまいなのか」


ガルドが言い終えるよりも先に、ルシアンが一歩、大扉に向かって歩を進めた。

それに従うようにして、ガルドも前に向き直る。大きな背は、それきり振り返らなかった。


「……そんな……」

「……無哭(むこく)以上の戦力なんて、今この街には……」


しばし呆然とする職員らだったが……、すぐに奮起して、各自の持ち場へ帰る。

依頼内容の再調査、敗走パーティーからの聞き取り、近海を運行する商船への注意喚起。

すげもなく断られたからと言って、絶望している暇などどこにもない。

冒険者の戦場が外にあるのなら、彼らはなんとしてもそれを支えるのが戦いだった。




二つの影が、街の通りを、船着き場へ向かって進んでいく。ガルドは何も言わなかったし、ルシアンも何も言及しなかった。

ただ……一度だけ、ルシアンが振り返りもせずに、そこに置くだけのように言った。


「私はそれを尊重するよ」


……それは、ガルドの在り方を誰よりも肯定する言葉に聞こえた。

ガルドはその言葉に、……咄嗟に何も返せなかったが……、歩みが半歩だけ緩んだ。

横に並ぶルシアンを見て、わずかに目を伏せ、そして前を向く。


「…………そっかよ」


冷たいと怒られる方が、なんとなく想像ができた。だからこそ。

舌打ち混じりに呟くのも、腰の剣帯を片手で軽く叩くのも、どこか照れ隠しのようだった。


港へと続く石畳の道。日没の光が建物の影を長く引き、波の音が徐々に強くなる。

まだ空は蒼く。けれど、確かに夜が、近づいていた。






――【敗走、とは】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ