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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
無哭の訓練
28/55

【見つめる無哭】



乾いた砂地を蹴る音が、幾重にも重なって響いていた。


訓練場の中央、数組の訓練生が模擬戦形式で打ち合っている。

動きは素早く、気迫もある。だが――。


「……おせぇ」


ガルドが立つのは訓練場の石塀脇。

腕を組み、背を壁に預けるようにしていたが、その赤い目はじっと訓練生たちの動きを追っていた。


「踏み込みが甘い。……剣先ばっか見てんじゃねぇ」


低く押し殺した声が漏れる。

訓練生が転がり、起き上がる。

後衛が遅れて駆け寄る。咄嗟の防御が間に合わない。


「下がるな。前に出て詰めろ」


訓練生に指示を飛ばしているわけではない。独り言――だが、隣にいるルシアンにはしっかりと届いていた。

腕が組まれたまま、肩だけが小さく動く。イライラを押し殺すように、歯を食いしばる音がした。


「――前線、交代ッ!」


指導教官の声が飛び、転がった訓練生のひとりが肩を抑えながら引き下がる。

入れ替わりに控えていた別の組が走り込む。

息を整える間もなく、声を上げて駆け出した彼らの足取りは、さっきよりは幾分マシで。


だが、ガルドの目は鋭いままだ。


「……位置取りが浅ぇ。背中が空いてる。あれじゃ囲まれんのも時間の問題だろ」


小さく舌打ちが漏れる。

石塀に預けた背がわずかに浮き、足が一歩、無意識に地を踏む。

教えるつもりもないのに、身体が動きそうになっている。


「ビビんなら、剣置いて帰れ……やるんなら、踏み込みで黙らせろ」


届かないはずの声が、空気を震わせる。

けれどその隣、ルシアンの記録用紙に、さらさらと筆記の音が走った。


書いていたのは、魔力流の乱れではない。隣から否が応でも聞こえてくる、助言。口元が緩む。教えてあげればいいのにと。

斜線の隙間に描かれた図には、“動きの遅れと踏み込み不足の因果”が、丁寧に記されていく。

そして、端の余白。

そこには、確かに聞こえた言葉の断片が、誰にも見えぬように――静かに、筆で書き留められていた。




感知魔法を張る。魔力の流れを読む。訓練生の動きをみて、記録に起こす。

筆記具が走る音と、ルシアンの軽やかな動き。場内を半ば睨むような、ガルドの視線。


「なんであそこで切り込まねぇ……もったいねぇ……」


見えてる。隙も、動きも、流れも。

だけど――歯がゆい。手が出せない。


「ふふ、もう。ガルド、混ざってきたら?」

「ああ?」


不意にそう言われ、ガルドがルシアンを見下ろした。

何故俺が訓練を。そういう顔だ。


「受ける側じゃなくて、つける側だよ」


返事を待たず、ふわり、とルシアンが立ち上がる。

淡色の外套が揺れ、訓練を行っている教官のもとへ。笛の音とともに、訓練が一時的に止まる。


「記録補助員か、どうした」


不意に歩み寄ってきたルシアンに、教官が鋭く声をかけた。

その圧にも一切揺るがず、淡紫の魔術師はただ、柔和な笑みで小首をかしげた。


「教官殿。彼がうずうずしています」

「……彼?」


訓練生たちの視線が、一斉にルシアンの指先を追った。

指された先にいるのは、唖然とした顔で石塀にもたれていた大男――無哭。

何を――というような赤い瞳が光を受け、けれど確かに一瞬、訓練場の空気が強張った。


「えっ、……無哭が……」

「え、え、まって、え……嘘だろ……」

「やば……やばいって……やべぇだろっ」


ざわつく訓練生をよそに、教官が眉を上げる。


「――ほほう、無哭が……」


それきり、教官が押し黙った。すでに手は顎に添えられ、脳内では戦闘訓練の組み分けが行われてる。

そして、ルシアンの肩越しに見えたガルドの姿を、じっと見つめた。


「……頼んでもいいのか?」


ガルドは、応えない。ただ視線だけで教官と交差する。


「これから訓練は後半戦に入る。……さすがに無哭殿が相手では、怪我は免れまい。……手加減してやってくれるか」


その言葉を合図に、見習いたちの顔色が次々と変わっていく。主に青く、白く。


「お、おい待てよ、あれとやるのか……!?」

「いや無理無理、殺されるだろ……!」

「ていうか、”無哭”って……人嫌いなんじゃ……!?」


武器を持つ手が強張り、足元がわずかに震える者もいる。

惜しい、命が。けれど、間違いなく、二度とない機会だった。


――そんな中。


ガルドは無言のまま、ゆっくりと石塀から背を離した。


カチャリ、と音がしたのは、背の大剣を、石塀に立てかけた音。


砂を踏む重い足音が、訓練場の中心へと響いていく。

一歩、一歩と進むごとに、訓練生の視線が、足が、後退(あとずさ)る。




――ザッ――、と押し迫る巨躯の気配と入れ替えに、する、と場外へ引いていく、柔らかな気配。


ルシアンの記録用紙が、さらりと音を立てて捲られた。

ふふ、と喉の奥で笑う気配。まるで舞台の見物でも始まるかのような優雅さ。

この空間が、一体誰を楽しませるための場なのか。――それを知る者は、ほとんどいないのかもしれなかった。




……ガツ、ガツ、と重たい足音が訓練場中央の土を踏みしめる。

赤い瞳が一掃するように訓練生を見回すと、息を呑んで空気が固まった。


「ああ、そうだ、よろしいでしょうか」


怖気づく訓練生たちに、ルシアンが軽やかに声をかけた。

すでに遠巻きにいる。火種を放るだけ放って、すっかり満足したような顔。


「私、回復魔法の心得がありまして」


ざわり、と空気が波立った。片手をあげ、涼しげな声が、訓練場に響く。

優しげで、柔和で、麗しい微笑み。――それだけで、訓練生たちが少し、ほっと緊張を解いた。


回復魔法が使える者がいるならば、無哭に挑んでみようか――そんな空気が漂う。


が。



「……ですので、万一死にかけても大丈夫ですよ。訓練頑張って?」


――容赦のない微笑みと、細められた銀の瞳。

――容赦のない睨みと、修羅のような赤い瞳。



……あ、俺ら死ぬんだ……。



訓練生たちの心が、残念ながら、ひとつになった。






――【見つめる無哭】

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