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勇者は量産される  作者: 済美 凛


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模擬村演習・第一回実地試験

第四日目の早朝。候補生たちは目隠しをされた状態で馬車に揺られ、ある「村」へと連れてこられた。目隠しを外された彼らの前に広がっていたのは、のどかな田園風景と、石造りの家々が並ぶごく普通の寒村だった。

「これより実地訓練を開始する」

 同行した事務官のエドガーが、冷淡な声で告げる。

「この村には、魔王軍の残党が潜伏しているとの情報がある。君たちの任務は、日没までにその証拠を見つけ出し、状況を打破することだ。ただし、前回の講義を忘れるな。ここは戦場ではない。人々の営みがある『現場』だ」

 生徒たちは色めき立った。エリートたちは、ここが「精密な演習用模擬村」であることも、住民が全員訓練を受けた役者であることも、まだ知らない。

「よし、二手に分かれよう。俺は村の人たちの話を聞いてくる!」

 フィンが真っ先に村の中央へ駆け出す。そこには、重い荷物を抱えてよろめく老人がいた。

「おじいさん、大丈夫!? 俺が持ちますよ!」

「おお、勇者様か……。すまんが、家まで運んでくれんかの。お礼に、家にある『家宝』を譲ってもいい……」

 老人の言葉に、フィンの目が輝く。家の中へ招かれるまま、彼は迷わず「私有地」へと足を踏み入れた。

 一方で、セラは村長の家で「公式な捜査許可」を取り付けようと奔走していた。

「規約上、内部調査には居住者の同意が必要です。書面をいただけますか?」

 だが、村長役の男はのらりくらりと躱す。

「そんな堅苦しいこと言わんでも。それより、あそこの箪笥に古い地図があったはずじゃ……見てきたらどうだね?」

 セラは葛藤する。「正解(証拠)」を掴みたいという欲求が、彼女に「微細な規約違反」を誘惑させていた。彼女は結局、誘惑に抗えず、村長が席を外した隙に箪笥の引き出しに手をかけた。

 その頃。

 155番のリオは、村の入り口にある古びた切り株の横に、ただ突っ立っていた。

 

 彼は村の奥へ進もうともせず、誰かに話しかけようともしなかった。ただ、エドガーから命じられた「待機」という言葉を、最も文字通りに解釈して実行していた。

 一人の若い女性の役者が、リオの横を通りかかる。彼女の役割は、勇者候補を誘惑し、密室へと連れ込み、保安義務違反を誘発することだ。

「ねえ、そこの勇者様……。なんだかお疲れみたいね。うちで冷たい水でも飲んでいかない?」

 リオは視線を足元の砂利に向けたまま、ぼそりと答えた。

「……いえ。ここでいいです」

「遠慮しないで。奥の部屋には、魔物に関する『秘密の宝箱』もあるのよ。案内してあげましょうか?」

「……いいです。自分のじゃないので。開け方わからないし」

 あまりの会話の弾まなさに、役者の女性は毒気を抜かれたような顔をした。リオは彼女の顔を一度も見ず、ただ、道端の草が風に揺れるのを眺めていた。彼は誘惑を「拒絶」したのではない。ただ、彼の関心の外側に、その誘惑が通り過ぎていっただけだった。

 やがて、別の役者がリオの前に「高価そうな壺」を置いて立ち去った。中には魔王軍の暗号文が仕込んである。割れば証拠が見つかる――という、古典的なトラップだ。

 だが、リオはその壺に触れすらしなかった。

 彼はただ、切り株の横で「立っている」という指示を、日没まで遂行し続けた。

 夕刻。演習終了の鐘が鳴る。

 エドガーが拡声魔導具を手に、村の中央に現れた。

「終了だ。これより、君たちの『自制心』のスコアを発表する」

「……えっ、自制心?」

 フィンが、老人から貰った「家宝(という名のただのガラクタ)」を手に固まる。

「そうだ。10005フィン、居住者との不適切な契約、および贈収賄。10001セラ、目的外の私有物閲覧。10009カイン、不適切な異性接触」

 エドガーは端末の画面を冷たく見下ろす。

「君たちは、村を救う前に、自分たちの『勇者ならこうするべき』という欲望に敗北した。魔王軍の証拠などは最初から置いていない。置いてあったのは、君たちの理性を試すための餌だけだ」

 呆然とする上位陣。その背後で、エドガーはリストの末尾、最も動きのなかった個体のログを確認した。

 155番。

 移動距離:3メートル以内。

 発言数:10ワード以下。

 接触:なし。

 

 エドガーは、村の入り口で草を眺めているリオを一瞥した。

「……155番。君は、何も見つけられなかったな」

「……はい。何もなかったので」

「そうか。……だが、君は何も壊さなかった」

 リオの成績には、今回も「特筆事項なし」とだけ記された。

 セラは悔しさに唇を噛み、フィンは自分の善意が裏目に出たことにショックを受け、カインは役者を怒鳴りつけていた。

 

 その喧騒の輪から外れた場所で、リオは「やっと帰れる」とだけ思いながら、静かに馬車へと向かった。

 彼がどれほど徹底して「風景」であったか。

 エドガーだけが、その不気味なほどの清潔さを、記録の隅に留めていた。

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