面談
ダンジョンの外に出た瞬間、世界がうるさかった。
サイレン。無線。人の声。ライト。フラッシュ。
入口ゲートの周りに、簡易の規制線が張られている。
管理局の制服、救急、そして……見たことのない黒いジャケットの連中。
「配信、切れ」
管理局の本隊の男が、淡々と言った。
俺はスマホを見た。
コメント欄はまだ流れている。視聴者数は、なぜか増えている。
【外出た!?】
【生存確認】
【顔映すな】
【場所バレる】
【音だけでいい】
【応援】
左腕の痛みが、少し引いた。
“応援”が効いてる。
「……切る。でも、ここから“音声のみ”でいく。位置が割れるとまずい」
俺はカメラを地面に向けて、画面を暗くした。
手元だけ映るようにして、声だけ通す。
管理局の男が少しだけ眉を動かす。
「それでも危険だ」
「切ったら、俺が死ぬ。そういう仕組みだ」
「……説明できるのか」
「今は無理。まず安全な場所」
女が割って入る。
「移動しましょう。ここは“見られすぎてる”」
若い男が周りを見回しながら、震え声で言った。
「マジで……来てる。黒装備じゃないけど、あの手の雰囲気のやつが混じってる」
俺は息を呑んだ。
ここ、もう戦場みたいだ。
管理局の男が指示を飛ばす。
「搬送車。こっちだ。……配信者は真ん中に入れ」
俺は“保護対象”として囲まれ、白い車に乗せられた。
扉が閉まると、外の音が少し遠くなる。
その瞬間、スマホが震えた。
《公式アカウント:面談を要請します》
《停止しない場合、制限をかけます》
《本通知は最終通告です》
コメント欄がざわつく。
【また来た】
【偽物臭い】
【本物?】
【運営なら電話しろ】
【落ち着け】
【応援】
《支持率:71%》が表示されている。
でも、下に小さく新しい文字が出た。
《支持率:計測対象が変動しています》
《異常な反応が検知されました》
「……変動?」
俺が呟いた瞬間、支持率がガクッと落ちた。
《71%》→《59%》
左腕に針が刺さるような痛み。
息が止まりかける。
「っ……!」
女が即座に言う。
「今、落ちた?」
「落ちた。急に」
「……車内は電波、安定してる。妨害じゃない」
「じゃあ、外から“反応”をいじられてる」
管理局の男が、低く言った。
「工作だな」
スマホの画面に、コメントが流れ込む。
【通報しました】
【規約違反】
【怖いから見るのやめる】
【犯罪者じゃん】
【BANされろ】
【死ね】
悪意が混ざるだけじゃない。
“怖い”が増えている。視聴者が引いていく。
俺は歯を食いしばって、声を絞り出した。
「聞こえる人だけでいい。俺は今、生きてる。嘘はつかない。
“怖い”って思った人、落ちてもいい。だけど——」
俺は一度息を吸った。
「——残ってくれる人は、短くでいいから『応援』って打ってくれ。俺、今それが必要」
沈黙が一秒。
次の瞬間、コメント欄が埋まった。
【応援】
【応援】
【生きろ】
【応援】
【負けるな】
【応援】
左腕の痛みが引く。
《支持率:59%》が《63%》に戻った。
「……戻る」
管理局の男が、面倒くさそうに舌打ちした。
「視聴者に命を握られる能力か。最悪の設計だ」
「俺も同感」
車はしばらく走り、管理局の臨時拠点に入った。
プレハブみたいな建物。入口には金属探知。中は無機質で、冷たい。
俺は小さな会議室に通された。
壁には監視カメラ。机には水。椅子は硬い。
「面談相手が来る」
管理局の男が言った。
「配信プラットフォームの担当だ。……それと、別口の連中が食いついてる。気をつけろ」
俺は机に肘をついて、スマホを見た。
コメント欄はまだ落ち着かない。
【管理局とグル?】
【売られる】
【契約させられる】
【でも守ってくれ】
【応援】
そして、通知。
《公式アカウント:今すぐ停止してください》
《停止しない場合…》
同じ文面。機械的。
本物っぽいのに、胡散臭い。
扉がノックされる。
入ってきたのはスーツの男だった。三十代。髪は整っていて、目の下にクマ。
「……初めまして。配信プラットフォーム『LIV』運用チームの宮本です」
俺は思わず言った。
「じゃあ、今飛んできてる“公式アカウント”って、あなた?」
宮本が眉をひそめた。
「……見せてください」
俺はスマホを渡した。
宮本は画面を見た瞬間、顔色が変わった。
「……これは、うちじゃない」
「は?」
「公式になりすました偽アカウントです。認証の形式が違う。……でも、相当手が込んでる」
管理局の男が、低く言う。
「利権側か」
宮本が頷く。
「たぶん。最近、ダンジョン配信の“囲い込み”が激しくて。大手の配信事務所、権利管理会社、スポンサー筋が絡んでます」
「じゃあ、俺の配信に『規約違反』って言ってたのも?」
「偽アカが言ってるだけなら脅しです。ただ——」
宮本は言葉を選んで続けた。
「あなたの配信、“現実にありえない現象”が映っているのは事実です。視聴者から通報が飛ぶ。運営としては確認せざるを得ない」
管理局の男が机を叩いた。
「本人が出した現象だ。編集じゃない。現場にいた」
宮本は肩をすくめる。
「だからこそ問題です。
“編集じゃないのに、ありえない”。
それが拡散すると、真似する人が出る。事故が起きる。責任問題になる」
俺は唇を噛んだ。
「じゃあ、俺は配信をやめろって?」
「やめろとは言いません。……現実的な提案があります」
宮本はタブレットを机に置いた。
「あなたの配信に、正式な“セーフティ機能”を付けます。遅延。位置情報遮断。コメントフィルタ。荒らしの自動排除。
そして——あなたの“支持率”を落とす工作への対策」
俺はピクリとした。
「……支持率、知ってるのか」
宮本が言う。
「あなたの配信、通常の指標じゃ説明できない“揺れ”が出ています。
短時間で支持率が急落・急回復する。
そして、特定ワードが流れた直後、あなたの体調が乱れるようなリアクションがある。
……偶然ではない」
女が小声で言った。
「この人、かなり見てる」
「仕事ですから」
宮本はため息をついて、続けた。
「まず、あなたの支持率を落としているのは、通報やアンチの“内容”だけじゃない。
“信頼度の低いアカウント群”が短時間に大量流入して、反応を汚染しています」
俺のスマホの画面に、また悪意が流れた。
【犯罪者】
【やらせ】
【通報した】
【BANしろ】
《支持率:63%》が、《60%》に下がる。
左腕が、また刺される。
宮本が言った。
「今みたいに、急に増えるやつです。
本物の視聴者は増え方が違う。言葉も違う」
管理局の男が不快そうに言う。
「対策は?」
「“認証された応援”を作ります。
簡単に言えば、あなたが視聴者に合言葉を出す。
その合言葉を、一定以上の信頼度を持つアカウントが打つと、支持率の計測がそちらに寄る。
工作のノイズが効きにくくなる」
俺は目を細めた。
「……合言葉は敵もコピペできる」
「できます。だから合言葉は“短時間で変える”必要があります。
そして、信頼度が低い群は弾かれる。
完全じゃない。けど、今よりずっとマシです」
なるほど。
つまり俺は、戦いながら“視聴者の質”を選別することになる。
宮本がもう一つ、言いにくそうに言った。
「それと、もう一点。あなたの配信は、今すでに“狙われています”。
偽公式アカウント、通報誘導、コメント荒らし。
これ、組織的です。……相手は金がある」
管理局の男が言う。
「名前は?」
宮本が一瞬黙り、答えた。
「配信権管理会社『D-ストリーム』。
表向きは“安全な配信のための管理”。
裏では、伸びそうな配信者を囲い込みます。拒否したら潰す」
俺の背中に冷たいものが走った。
さっきの黒装備が、脳裏に浮かぶ。
女が低く言った。
「……あいつらだ」
宮本が俺を見て言う。
「あなたが今後も配信するなら、うちとしては守りたい。
でも、守るには条件がある。
“安全装置”を入れてください。
勝手な深層突入は禁止。位置情報は伏せる。
そして、管理局との連携を取る」
管理局の男が鼻で笑った。
「要するに、管理されろってことだな」
宮本は疲れた顔で答えた。
「管理されないと、殺されます。比喩じゃない」
部屋が静かになった。
その静寂を破ったのは、俺のスマホだった。
コメント欄が、急に変な流れになる。
【応援】
【応援】
【応援】
【応援】
さっきと同じ“応援”なのに、空気が違う。
テンポが機械的。文字が揃いすぎてる。
《支持率:60%》が急に上がった。
《60%》→《79%》
左腕の痛みが消える。
息が楽になる。
……楽になりすぎる。
宮本が顔色を変えた。
「……来た。逆方向の工作です」
「上げるのも工作?」
「支持率を上げて、あなたを油断させる。
あるいは——」
宮本が言い切る前に、画面の隅が見たことない色に光った。
《支持率:79%》
《具現化枠 回復:3》
《具現化上限 一時解放》
《具現化 残り:3/3》が、《5/3》になった。
「……は?」
俺の背中がゾワっとした。
これは、良いことじゃない。絶対に。
コメント欄がさらに増える。
【応援】
【応援】
【応援】
【採用しろ】
【採用】
【採用】
【採用】
宮本が叫ぶ。
「ダメだ! その“応援”は偽物だ! 反動の帳尻が——」
言い終わる前に、左腕が焼けるように痛んだ。
針じゃない。火だ。皮膚の内側から燃える感じ。
「っあ——!」
《支持率:79%》が、今度は落ちた。
《79%》→《32%》
落ち方が異常だった。
同時に、俺の視界が白くなる。
女が椅子を蹴って立ち上がる。
「これ……支持率の“過負荷”!」
管理局の男が怒鳴る。
「配信を止めろ!」
俺は息を吐きながら、スマホを握りしめた。
止めたら終わる。
続けたら死ぬ。
コメント欄に、短い文字が滑り込んだ。
【隔離】
隔離。
ノイズを、隔離する。
今、必要なのはそれだ。
俺は喉が裂けそうな声で言った。
「採用——【隔離】!」
《具現化 残り:?/??》
表示がバグったみたいに揺れた。
でも、空気が変わる。部屋の音が遠くなる。
コメント欄の流れが、一瞬だけ“二層”に分かれて見えた。
上に、機械的な【応援】の洪水。
下に、人間の言葉。
【応援】
【大丈夫か】
【無理すんな】
【戻れ】
【生きろ】
俺の左腕の痛みが、少しだけ引いた。
《支持率:32%》が《41%》に戻る。
宮本が息を呑んだ。
「……見分けた」
女が低く言う。
「隔離、できるなら勝てる」
管理局の男が俺を睨む。
「今の能力、説明しろ。今すぐだ」
俺は笑いそうになった。
こんな状況で説明できるかよ。
でも——ここで逃げたら、次はない。
俺はスマホに向けて、短く言った。
「聞いてる人。合言葉を出す。
『青』って打ってくれ。
“人間の青”。それだけでいい」
コメント欄に、人間の文字が増える。
【青】
【青】
【青】
【青】
【応援】
【青】
《支持率:41%》が《56%》まで戻った。
左腕の痛みが、針程度に落ち着く。
宮本が震える声で言った。
「……これ、配信そのものが戦場になってる」
管理局の男が、冷たく言った。
「つまり、外でも殺せる。今みたいに」
女が頷く。
「敵は“支持率”を武器にしてる。あなたを揺さぶって壊す」
部屋の外で、誰かが走る足音がした。
無線の声。
「外部からアクセス急増! 偽公式の一斉投稿! 端末に不審通知が——!」
宮本が顔を上げる。
「来た。……D-ストリームが本気で潰しに来てる」
俺はスマホを握ったまま、息を吐いた。
「……じゃあ、やることは一つだ」
管理局の男が言う。
「何だ」
俺は、カメラに向かって言った。
「俺が、“次のルール”を作る。
応援は武器だ。
でも、偽物の応援は毒だ。
——毒は隔離して、武器だけ残す」
コメント欄が流れる。
【やれ】
【応援】
【青】
【負けるな】
そして、偽公式から新しい通知が飛んできた。
《公式アカウント:あなたは重大な違反を行いました》
《これよりアカウント停止手続きを開始します》
宮本が歯を食いしばる。
「……本物の運営権限じゃない。でも、視聴者には“本物”に見える」
女が言った。
「つまり、心理戦」
管理局の男が立ち上がる。
「なら——偽物を“本物の場”で潰す」
俺は痛む左腕を押さえながら笑った。
「……面談って、こういうことかよ」
外の無線が叫ぶ。
「不審者侵入! 入口——!」
会議室のドアが、ドン、と叩かれた。
宮本が顔を青くして言う。
「来た……ここまで来た……!」
俺はスマホを構えた。
配信を切らない。切れない。
コメント欄に、短い文字が一つ流れた。
【鍵】
鍵。
隔離を固定する鍵か。
それとも——扉の鍵か。
俺は息を吸った。
「……採用する」
ドアの向こうで、誰かが笑った。
「配信者くん。面談、しようか」




