来訪者
「今の、配信してたのか?」
暗闇の向こうから出てきたのは、人間だった。
しかも一人じゃない。三人。装備も揃ってる。
先頭の男は、ヘルメットのライトを俺に向けたまま、肩の力を抜かずに言った。
「ここ、一層だぞ。初心者が来る場所じゃ――」
言いかけて、男の視線が止まった。
俺の足元に散らばる骨と、崩れた甲冑。
そして、床に転がる大剣。
「……鎧騎士、倒したのか?」
俺は短剣を握ったまま、立ち上がった。
息がまだ荒い。背中の服が裂けたところがヒリつく。
「倒した。……そっちは誰だ」
男が名乗るより早く、俺のスマホが震えた。
《公式アカウント:あなたの配信を確認しました》
《確認のため、次回配信前に連絡してください》
コメント欄が、騒ぐ。
【現地きたw】
【管理局?】
【ギルド?】
【通報されたな】
【口うまくやれ】
【証拠は配信ログ】
【逃げろ】
男の後ろにいた女が、俺のスマホを見て眉をひそめた。
細身で、装備は軽い。目つきが鋭い。
「……配信者か。最近増えてる。けど、ここで“鎧騎士”を倒す配信者は聞いたことがない」
最後の一人――若い男が、やけに興奮した声で言う。
「え、まさか! さっき切り抜き回ってたやつ!? 盾投げの――」
「黙れ」
先頭の男が一喝した。若い男は口をつぐむ。
こっちに向けられたライトが眩しい。
先頭の男は、低い声で言った。
「俺はダンジョン管理局の臨時協力員だ。今日は“事故確認”で入ってる」
「事故確認?」
「一層の深部で、想定外の高ランク個体が出た。鎧騎士だ。……お前が倒したなら、その件は一旦、助かったと言える」
助かった。
その言い方が、妙に引っかかった。
「想定外、って……一層に出るのが異常ってことか」
「本来はな。出ない。出てはいけない」
女が俺のスマホをもう一度見た。
「配信してたってことは、“ログ”が残ってる。倒した瞬間も、出現位置も」
「残ってる。全部」
「なら、提出できる?」
「……提出?」
嫌な汗が背中を伝った。
提出。運営。BAN。
頭の中で最悪のワードが並ぶ。
先頭の男が、言葉を選ぶみたいに一拍置く。
「正確には、“任意で協力してほしい”。ただし――」
男の目が鋭くなる。
「いまのお前の配信、危なすぎる。一般人が真似する。視聴者が煽る。ダンジョン内で死ぬやつが出る」
コメント欄が反発する。
【説教うざ】
【自己責任だろ】
【配信がなきゃ誰も見ない】
【でも真似する奴は出る】
【落ち着け】
俺は、スマホの画面を一瞬だけ見た。
視聴者数は減っていない。むしろ増えている。
「……俺も、真似されたくはない」
正直な言葉だった。
あの鎧騎士は、たまたま勝てただけだ。運が良かった。コメントが良かった。
真似したら死ぬ。
女が一歩近づいた。
「あなたの配信、“何か”がおかしい。盾とか楔とか……アイテムを現場で拾ってるようには見えない」
空気がピンと張った。
俺は反射で、スマホを握り込んだ。
バレる。
言えば終わる。言わなければ、疑われる。
先頭の男が言う。
「……運営から連絡が来てるなら、配信プラットフォーム側も把握してる。お前が何者でも、今は“事故の目撃者”だ。協力してくれ」
若い男が我慢できずに口を挟む。
「いや、でもさ! あれ、ガチでヤバいって! 盾が出た瞬間、コメ欄――」
「黙れっつってんだろ」
女が若い男を睨み、俺に目を戻した。
「今日の映像、提出できるなら、ここで身柄をどうこうはしない。帰っていい」
「帰っていい、って……」
「逆に言うと、提出拒否するなら、事情聴取は避けられない。鎧騎士の件は重大だよ」
先頭の男が続ける。
「――お前が“狙われる”可能性もある」
「……は?」
その一言で、背中が冷えた。
男は床に落ちた甲冑の破片を、靴先で軽く動かした。
「こういう想定外の出現は、たいてい“人為的”だ。誰かが深層の何かを、上に引っ張ってきてる」
「そんなこと……できるのか?」
「できる。やる理由もある。混乱で儲かるやつがいる」
利権。
そういう匂いがした。
コメント欄に、嫌な流れが混じる。
【提出するな】
【管理局信用できん】
【売られるぞ】
【でも証拠出さないと詰む】
【公式=運営=利権かも】
そのとき、また一行だけ、空気が変わるコメントが流れた。
【住所バレ】
俺の心臓が一瞬止まった。
冗談だろ、と思った直後、続けて。
【本名】
【勤務先】
【晒す】
左腕が、ピリッと痛む。
今までの“死ね”より、ずっと嫌な痛みだった。
「……っ」
女が俺の表情の変化に気づいた。
「どうした?」
「コメントが……」
俺は言いかけて、飲み込んだ。
言っていいのか。配信の中身まで警察みたいに踏み込まれるのか。
先頭の男が、低く言う。
「……アンチか。晒しは犯罪だ。運営に通報しろ」
「運営が、さっきから連絡してきてる。たぶん……」
「たぶん?」
「俺の配信を、確認したって」
女が吐き捨てるように言った。
「じゃあ余計に急いだほうがいい。ここで揉めてる場合じゃない」
俺は歯を食いしばって、決めた。
まず、生き残る。
それだけだ。
「映像は出す。……ただし条件がある」
先頭の男が眉を上げる。「条件?」
「俺の身元と、連絡先。守ってくれ。晒しが出てる」
女が即答した。
「それは管理局じゃなくても守る。危険なら一時的に保護もできる」
「保護……」
若い男が小声で言う。
「え、スターじゃん……」
女が睨む。若い男は黙る。
先頭の男が言った。
「よし。提出の手順は上でやる。今は撤収だ。……ここは危険だ」
「撤収って、俺は――」
「お前も来い。単独で帰るのは危なすぎる」
コメント欄が荒れる。
【同行しろ】
【連れてかれる】
【証拠残せ】
【録画しとけ】
【バックアップ】
俺は配信画面を操作して、録画をクラウドに二重保存した。
指が震える。けど、やる。
《保存完了》
その瞬間。
スマホの隅に、もう一つ表示が出た。
《支持率:82%》
《悪意反動 軽減:中》
《具現化枠 回復:1》
《具現化 残り:1/3》
……回復してる。
今なら、まだ一回だけ切れる。
先頭の男が通路の奥をライトで照らした。
その光が、揺れた。
「……来るぞ」
暗闇の向こうに、青い火が複数。
さっきの鎧騎士より数が多い。
そして――人の声もする。笑ってるみたいな声。
女が低く言った。
「追っ手かもしれない」
若い男が息を呑む。
「マジで……」
俺はスマホを握りしめて、つぶやいた。
「……採用、必要だな」
コメント欄が、狂ったみたいに流れる。
【煙】
【目くらまし】
【壁】
【走れ】
【逃げ道】
【封鎖】
【落とし穴】
【助けて】
その中で、短くて、今必要な言葉が目に刺さった。
【煙】
俺は決めた。
「採用――【煙】!」
《具現化 残り:0/3》
空気が白く膨らみ、通路が一瞬で霧に沈んだ。
ライトが拡散して、向こうが見えなくなる。
先頭の男が叫ぶ。
「……何をした!?」
女が息を呑む。「これ、煙幕……!?」
俺は走り出した。
「説明は後だ! 今は逃げる!」
霧の向こうで、人の声が笑った。
「――見つけた」
そして、配信画面に、見慣れない通知が重なった。
《公式アカウント:至急、配信を停止してください》
《あなたは規約違反の疑いがあります》
俺は笑った。最悪だ。
「……次、来るぞ」




