黒幕
「——採用、煙!」
投票が確定した瞬間、白い煙がセンター前の空間を一気に覆った。
ガラス張りの建物のライトが霧に拡散して、距離感が消える。
黒い影が二つ、煙の向こうで動いた。
足音が速い。迷いがない。現場慣れしてる。
女が叫ぶ。
「近い! 盾!」
保護枠Bの投票が【盾】に跳ねる。確定。
《採用コマンド:盾》
《具現化枠 回復:1》
《具現化 残り:0/3》
透明な盾が腕に張り付き、胸まで覆うように広がった。
その瞬間――パスッ、と乾いた音。
何かが盾に当たり、コンッと弾けた。
「タグじゃない……」
女が息を呑む。
管理局の男が低く言う。
「ゴム弾。制圧用だ。だが距離が近いと骨が折れる」
影が煙の中から突っ込んできた。
黒装備の現場班。顔はマスクで隠れている。
「配信者、引け!」
管理局の男が俺の肩を掴んで引きずるように後退させる。
俺は盾を前に出したまま、体勢を崩さないように踏ん張った。
二発、三発。
盾が受ける。衝撃が腕に響く。
女が現場班の腕を取り、関節を極める。
「動くな!」
相手が呻きながらも、もう片方の手で何かを投げようとする。
小さな筒。
音もなく転がった。
管理局の男の顔色が変わる。
「閃光弾だ! 目を閉じろ!」
——パァン!
世界が白くなる。
鼓膜が揺れて、一瞬だけ音が消える。
俺は反射で盾を顔の前に上げ、しゃがみ込んだ。
視界が戻りかけた瞬間、煙の向こうに“別の影”が見えた。
現場班じゃない。
スーツでもない。
——警備員の制服。
センターの警備員が、こっちに走ってくる。
でも、その動きが不自然だった。
女が叫ぶ。
「違う! あれ警備員じゃない!」
男は手を伸ばし、黒田の方へ向かう。
狙いは黒田の救出?
いや――違う。
黒田の首元に何かを当てようとしている。
管理局の男が怒鳴る。
「止まれ!」
男は止まらない。
そして、黒田が初めて声を荒げた。
「やめろ! それは——!」
その瞬間、男が黒田の首元に押し当てたのは——
注射器みたいな小さな器具だった。
女が飛び込む。
腕を叩き落とす。
注射器が転がり、割れる。
透明な液体。
鼻を刺す薬品臭。
黒田が息を切らしながら叫んだ。
「……殺す気かよ! 俺を“処理”する気かよ!」
管理局の男が警備員を押さえつけ、顔を覗き込む。
「お前、誰だ」
男は歯を食いしばって無言。
でも、首筋に小さなピンバッジが見えた。
——D-ストリームのロゴじゃない。
別の、見覚えのないシンボル。
宮本さんが、青い顔で言った。
「……これ、配信業界じゃない。
“外部の”……」
女が言った。
「黒田は現場統括。切り捨てられる側。
だから“口封じ”が来た」
黒田は地面に座り込み、笑うように息を吐いた。
「……はは。そういうことか。
俺、便利な道具だったわけだ」
管理局の男が黒田の襟元を掴む。
「黒幕は誰だ。今言え。次は本当に消される」
黒田の笑いが消えた。
「……言う。言うから守れ。
俺を守れ。でなきゃ無理だ」
女が即答する。
「守る。今ここで言え」
黒田は唾を飲み込み、震える息で言った。
「D-ストリームは表の顔。
俺らの上に、“設計者”がいる」
「設計者?」
黒田は俺を見た。
その目から、今までの“面白がり”が消えている。
「お前の能力。コメント具現化。
あれは偶然じゃない。
……最初から“誘導”されてる」
背中が冷たくなる。
「誘導?」
「お前が最初に潜ったダンジョン。
あの入口、偶然じゃない。
“バズるように”仕組まれてた。
視聴者が集まる場所、時間、状況。
全部、設計されてた」
管理局の男が低い声で言う。
「誰が設計した」
黒田は歯を食いしばり、言った。
「……管理局の外郭。
“安全研究部門”って名乗ってる連中だ。
表向きは事故防止の研究。
でも実際は、異常現象を“商品化”するための研究」
宮本さんが息を呑む。
「管理局……?」
管理局の男が鋭く言う。
「証拠は」
黒田が震えながら答える。
「俺の端末に、連絡先がある。
『S.R.D.』って略称で登録されてる。
……そいつらが、偽公式のテンプレも、通報誘導の文面も、全部“台本”を作った」
女が吐き捨てる。
「じゃあ、内通者は“会社”じゃなく“組織”か」
黒田が頷く。
「俺らは実働。
あいつらは設計。
そして、あいつらの狙いは——」
黒田が俺を見て、言った。
「お前を“装置”にすること。
支持率を上げ下げして、出力を制御して、
危険な場面でだけ能力を引き出す。
……最終的に、ダンジョンを“管理”できる兵器にする」
俺の左腕が、じわっと熱くなる。
痛みじゃない。
怒りだ。
「……ふざけんな」
黒田が続ける。
「D-ストリームはただの“現場カバー”。
スポンサーも、世論も、運営も、全部そのための道具。
俺はそれを“面白い”って思ってた。
……でも今、俺も処理されかけた」
管理局の男が無線を取り、短く言った。
「本隊。今すぐ“SRD”を洗え。
安全研究部門、外郭。関係者リスト。アクセスログ。
——内部捜査を開始する」
女が俺を見て言った。
「これで、ようやく“本当の敵”が見えた」
宮本さんが震える声で言う。
「でも……管理局が相手なら、僕らは……」
管理局の男が冷たく言った。
「だからこそ、公開だ。
隠せば消される。見せれば動く」
俺はスマホを握り直した。
保護枠Bの投票は、静かに【証拠】へ寄っていた。
視聴者は分かってる。
今必要なのは、煙でも盾でもない。
“証拠”だ。
俺はマイクに向かって言った。
「聞いてる人。今、黒田が言った。
黒幕はD-ストリームじゃない。
もっと上だ。
——俺は装置にならない」
投票が確定する。
《採用コマンド:証拠》
《表示:黒田の自白(要約)》
《保存:音声/ログ》
宮本さんが画面に短く表示する。
長くは出さない。
だが、逃げられない部分だけは残す。
管理局の男が黒田に言った。
「黒田。お前は保護する。
代わりに、端末の中身を全部出せ」
黒田は力なく頷いた。
「……出す。
俺だって生きたいからな」
女が周囲を見回し、息を吐いた。
「現場班は確保。口封じ役も確保。
——でも終わってない。
本当の敵は、もっと静かにやる」
管理局の男が俺を見る。
「配信者。次の戦場はダンジョンじゃない。
“組織”だ。
そして、お前の命綱は——視聴者じゃなく“証拠”になる」
俺は頷いた。
「証拠で勝つ。
そして、二度と俺を玩具にさせない」
黒田が小さく笑った。
今度は、苦い笑い。
「……やっと“面白い”って思える戦いだ」




