切替
公式検証枠の画面に、淡々と表示が並ぶ。
《外部操作:拒否(3件)》
《偽公式:検知(2件)》
《通報爆撃:無効》
《証拠保存:継続》
——効いてない。
黒田のいつもの手は、ここでは通らない。
それが分かった瞬間、逆に嫌な予感がした。
“効かない”と分かった敵は、必ず別の武器を持ってくる。
管理局の男が、机の上に押収品の袋を並べながら言った。
「黒田の現場班は掴んだ。音声も、端末もある。
このまま捜査に回せば勝てる」
女が首を振る。
「黒田は逃げる。
いや——逃げる前に“潰しに来る”。自分が捕まる前にね」
宮本さんがタブレットを見ながら、顔を青くした。
「……来ました」
俺が喉を鳴らす。
「何が」
「SNSのトレンド。あなたの配信に関する“まとめ”が一斉に上がってる。
内容が……最悪です。犯罪者扱い。やらせ。危険行為の扇動。管理局と癒着……」
管理局の男が苛立ったように舌打ちする。
「世論攻撃か」
女が低く言う。
「支持率じゃない。外の世界の“信用”を落とす攻撃」
俺は息を吸った。
あの痛みとは違う。刺さらない。
でも、じわじわと首を絞めるやつだ。
画面の投票が揺れる。
【沈黙】が伸びる。
視聴者は、空気の変化を感じている。
俺はマイクに向かって短く言った。
「聞いてる人。今、外で工作が来てる。
でもここは公開検証。
嘘はつかない。証拠だけ出す。——焦らない」
投票が確定する。
《採用コマンド:沈黙》
《表示:最小化》
《外部情報:遮断》
画面から余計な通知が消える。
俺の頭の中のノイズも、少し薄くなる。
宮本さんが続ける。
「……もう一つ。これは本当に危険です。
“緊急通報”が入ってます。この拠点に対して」
「緊急通報?」
管理局の男が立ち上がる。
「内容は」
宮本さんの声が震える。
「爆発物がある、って。
……完全に嘘です。でも、対応しないといけない。拠点の機能が止まる」
女が吐き捨てる。
「目的は“捜査を止める”こと」
管理局の男が低く言った。
「黒田……」
俺は奥歯を噛んだ。
支持率工作が効かないなら、現実を止める。
配信を止める。捜査を止める。——それでも俺を装置にしたい。
画面の投票が【切替】に寄り始める。
視聴者は分かってる。ここに留まるのが危険だ。
女が俺を見る。
「切替、使える?」
「使う」
俺はマイクに向かって言った。
「今から“場”を切り替える。
この枠は囮になる。
次の枠の合言葉は——現場で出す。今は言わない」
投票が確定する。
《採用コマンド:切替》
《配信経路:分岐》
《公開枠:維持》
《検証枠:移行》
一瞬、世界がズレた感覚。
同じ配信なのに、こちら側だけが“別室”へ移る。
画面はシンプルになる。
《LIV運用:保護枠B》
《閲覧:合言葉必須》
《遅延:05:00(固定)》
《投票:継続》
コメント欄はない。
投票だけ。視聴者は少数。
でも——“濃い”。
女が短く言う。
「これで“外”の騒ぎに巻き込まれにくい」
管理局の男が言った。
「囮の枠は?」
宮本さんが答える。
「残ります。偽公式も通報爆撃も、そっちに集中する。ログが取れます」
——敵は、囮を叩く。
叩けば叩くほど証拠が増える。
合理的だ。
だけど、黒田は合理だけで動くタイプじゃない。
あいつは、“面白がる”。
そのとき、拠点の外でサイレンが鳴った。
人の声。警備の指示。足音が増える。
管理局の男が無線に言う。
「……分かった。現場対応は任せる。
俺たちは“黒田のライン”を詰める」
女が押収端末の履歴を見ながら言った。
「黒田の指示、固定の中継点を経由してる。
さっきの通知にも同じ癖がある。——場所は近い」
管理局の男が眉を上げる。
「どこだ」
女が短く言った。
「D-ストリームの“安全管理センター”。表の顔。
倉庫街から車で二十分。ここからも近い」
宮本さんが息を呑む。
「……そこ、スポンサーも出入りします」
「だからいい」
女の目が冷える。
「逃げにくい。見られる。証拠が残る」
俺は喉が乾いた。
公開裁判。逃げ場のない場所。
まさにそれだ。
画面の投票が【盾】に寄る。
視聴者は“行く”前提になっている。
管理局の男が俺を見る。
「配信者。行けるか」
俺は頷いた。
「行く。
——黒田を、“公開の場”で詰ませる」
車に乗り込む。
拠点は騒がしいが、こちらは静かだ。
保護枠Bの視聴者は少なく、投票は鋭い。
俺はマイクに向かって言った。
「聞いてる人。今から、敵の“表の拠点”に行く。
危険だから、押すのは【盾】か【隔離】だけでいい」
投票が揺れ、【隔離】が確定する。
《採用コマンド:隔離》
《具現化枠 消費:1》
《具現化 残り:0/3》
車内の音が少し遠くなる。
外の光も、薄い膜を通したみたいに鈍る。
女が窓の外を見て言った。
「尾行、いる」
管理局の男が即答する。
「撒くな。撒いたら事故になる。——逆に連れて行く」
「……連れて行く?」
「黒田に“現場が動いた”と見せる。
黒田は面白がって出てくる。出てきたら終わりだ」
俺は息を吸った。
たしかに、黒田はそういう奴だ。
D-ストリームの“安全管理センター”は、綺麗すぎた。
ガラス張り。警備員。ロゴ。
“安全”を看板にした建物が、いま一番危険に見える。
車が少し離れた場所で止まる。
管理局の男が言う。
「ここからは一分勝負だ。
証拠はすでに揃ってる。あとは“黒田本人”を引っ張り出す」
女が押収端末で、短いメッセージを打った。
「現場失敗。証拠押収。次の指示を」
送信。
——既読。
返信は早かった。
「場所どこ。配信者は?」
女が答える。
「安全管理センター付近。配信者は生きてる」
既読。
数秒後、返事。
「笑 最高 今行く」
俺の背筋がゾワっとした。
本当に来る。
こいつ、楽しんでる。
管理局の男が低く言った。
「……来るぞ」
建物の出入口が開いて、男が出てきた。
スーツ。軽い足取り。スマホ片手。
笑ってる。
——黒田。
俺は思わず呟いた。
「……いた」
その瞬間、保護枠Bの投票が跳ねる。
【盾】が確定する。
《採用コマンド:盾》
《具現化枠 回復:1》
《具現化 残り:0/3》
透明な盾が、腕に張り付く。
心臓の鼓動が少し落ち着く。
黒田がこちらを見た。
目が合った気がした。
そして、スマホに向かって手を振った。
……配信を見てる。
いや、“俺を見てる”。
黒田の口が動いた。声は届かないのに、読めた。
「——見つけた」
女が言った。
「今」
管理局の男が無線で短く言う。
「本隊、確保」
黒田が一歩、こちらへ。
その瞬間、周囲の車から管理局の人間が出た。
囲む。逃げ道を塞ぐ。
黒田の笑顔が、ほんの少しだけ歪む。
でも、笑いは消えない。
黒田は軽く手を上げた。
「え? 何これ。
管理局が“安全管理センター”で暴れるの?
配信、面白いねぇ」
管理局の男が冷たく言った。
「黒田。D-ストリーム現場統括。
偽公式、通報爆撃、追跡タグ、狙撃、脅迫。
——逮捕だ」
黒田が肩をすくめる。
「証拠? どこに」
女が言う。
「全部ある。端末。音声。現場。あなたのメッセージ」
「ふーん」
黒田は、俺を見た。
笑って言う。
「でもさ。君、配信切ったら死ぬんでしょ?
ここで配信切らせたら、勝ちじゃん」
その瞬間、俺の新端末が震えた。
画面の隅に出る。
《外部干渉:検知》
《干渉:音声》
《出力:—》
……黒田は鍵を捨てた。
でも、別の“鍵”を持ってる。
女が叫ぶ。
「気をつけて! こいつ——」
黒田が笑った。
「——“支持率”じゃなくても、壊せるんだよ」
周囲のスピーカーから、急に音が鳴った。
センターの外壁に設置された大型モニターが点灯する。
そこに映ったのは——俺の顔。
さっきまでの配信の切り抜き。
悪意の字幕。煽るテロップ。
「危険行為」「犯罪」「やらせ」
一斉に流れる。
人が立ち止まる。
スマホを向ける。
ざわめきが広がる。
……世論。
リアルの“支持率”を落とすつもりだ。
俺の腕が一瞬だけ重くなる。
痛みじゃない。視線の重さ。
保護枠Bの投票が、狂ったみたいに【沈黙】へ寄る。
視聴者が、守ろうとしてる。
俺は息を吸って言った。
「採用——沈黙」
《採用コマンド:沈黙》
《出力:最小》
《表示:遮断》
俺の配信画面から、外の煽り映像は見えなくなる。
でも現実は、消えない。
黒田が笑って言う。
「ほら、世界が君を嫌い始めた。
君がどれだけ証拠を出しても、見たいものしか見ない人はいる」
管理局の男が前に出る。
「黙れ」
女が言う。
「ここでやる気? 公開で?」
黒田が頷く。
「公開が好きなんでしょ? なら公開で壊す」
俺は盾を握り、黒田を見た。
——このままじゃ、負ける。
証拠があっても、世論で潰される。
黒田はそれを狙ってる。
でも、俺にも武器がある。
“場”を切り替える武器。
俺はマイクに向かって、短く言った。
「聞いてる人。次の一手は【切替】。押して」
投票が一気に【切替】へ寄る。
確定。
《採用コマンド:切替》
《公開出力:反転》
《表示:証拠》
《配信先:同時中継》
次の瞬間、センターの大型モニターの映像が一瞬乱れた。
黒田が用意した煽り切り抜きが消え——
代わりに映ったのは、“黒田の自白音声”の波形と、端末の指示ログ。
短く、逃げられない部分だけ。
「テストだった」
「装置にする」
「遅延は俺が落とした」
現場の空気が、止まる。
黒田の笑顔が、初めて固まった。
「……は?」
管理局の男が冷たく言った。
「公開だ。
逃げられない」
黒田の目が、俺を刺した。
今までで一番、殺意が濃い。
そして、黒田が小さく笑った。
「……やるじゃん」
次の瞬間、黒田のスマホが床に落ちた。
黒田は両手を上げている。確保される。
だが——
女が叫んだ。
「まだ終わってない! こいつ“現場班”が——!」
背後の路地から、黒い影が動いた。
現実の襲撃は、まだ残っている。
保護枠Bの投票が、一斉に【煙】へ振り切れる。
俺は息を吸った。
「——採用、煙!」




