初配信
配信開始ボタンを押した瞬間、指が少し震えた。
怖いのはダンジョンじゃない。
――“誰にも見られない”ことだ。
スマホの画面には、視聴者数「0」。コメント欄は真っ白。
当たり前だ。無名の底辺探索者が、平日の夜に配信を始めたところで、誰が来る。
「えー……テスト、聞こえますか。今日は、第四ダンジョンの一層を――」
言いかけて、息を止めた。
入口のゲートをくぐった瞬間、空気が変わる。ひんやりと湿って、鉄の匂いが混ざる。壁の苔が淡く光り、通路の先は暗い。
目が慣れるまでの数秒が、いつもいちばん嫌いだった。
それでも、配信を切らない。
俺は意識して明るい声を作った。
「……一層は慣れれば安全です。今日は“検証”しながら進みます」
検証。
笑える言い方だ。俺に検証する余裕なんて、本当はない。
だが、これが最後の賭けだった。
ダンジョン配信が稼げる時代。
再生数が金になり、スポンサーが付き、上位探索者は芸能人みたいに扱われる。
その一方で、俺みたいな下位探索者は、同じ危険を背負っても何も残らない。
強くない。実績もない。コネもない。
あるのは――俺だけに起きる、変な現象だけ。
通路の曲がり角を越えたところで、小さなゴブリンが二体、こちらに気付いて走ってきた。
「来た……っ」
俺は短剣を構える。
足が止まる。心拍が跳ねる。
この距離、この数。勝てる。勝てるはずだ。
――ピコン。
その瞬間、スマホが小さく震えた。
画面の右上、視聴者数が「1」になる。
そして、コメント欄に一行だけ文字が流れた。
【ライト】
「……え?」
次の瞬間。
俺の左手首あたりで、白い光が“ぱっ”と弾けた。
拳大の光球。浮いている。照明みたいに、通路を明るく照らしている。
ゴブリンの影が、床にくっきり落ちた。
相手の動きが、驚くほどよく見える。
「……出た」
喉が乾く。
息が笑いになる。
俺は一歩踏み込んで、短剣を振った。
明るい。距離感が狂わない。刃が迷わない。
一体目の喉に刺さり、二体目の腕を裂いた。
「は、はは……!」
勝った。
いや、勝てたのは光のおかげだ。
俺はスマホに目を向けた。
視聴者「1」。
コメントは、たった一言。
【ライト】
背筋がぞわっとした。
偶然じゃない。
これが――俺の“変な現象”の正体。
視聴者のコメントが、現実になる。
「……見てる人。今の、あなたが書きました?」
返事はない。
けれど、コメント欄が再び光った。
【目印】
足元の床に、白い矢印が現れて、通路の奥を指した。
俺は唾を飲み込んだ。
怖い。
でも――これなら。
「……やれる。俺、これで上に行ける」
矢印の先、暗がりの奥で、何かが鳴いた。
さっきより重い足音。
そして、スマホの視聴者数が「2」になった。




