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Key・Box  作者: しなも
第一章 ユグラシアス王国編
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第一章3 小さなお手伝い

朝の光が窓際の床に淡く滲み、木目の線をやわらかく照らしていた。

ユノは布団の中で背を伸ばし、眠気を押し出すように目を擦る。

鳥のさえずりが、朝の気配として部屋に満ちていた。

その音とともに、朝がゆっくりと進んでいった。


「……ルイ、起きろ」


小さく呼ぶと、布団の奥からかすれた声。


「……んん……」


ユノは手を伸ばし、布団の端を少し持ち上げた。

光に掬われたルイの髪がさらりと落ち、頬に影ができる。

目を細めたまま、ルイは小さな手で布団をぎゅっと掴む。


「ほら、朝飯の準備するから。起きろ」


唇がわずかに動き、 少し遅れて、ゆっくりと身体を起こす。


ユノの背をぼんやり追うように、ルイは部屋を出た。

廊下を渡る間、ユノの後ろから、小さな足音が少し遅れて続いた。


食卓には、湯気の残る皿が並び、木目の台が淡く温度を持っていた。

二人は向かい合って座り、しばらく音だけを交わす。


「……まだ眠い……」


ルイが呟くように言い、半分閉じた目を上げた。


「ルイ。しっかり食べないと元気でないぞ」


ユノは短く返し、ルイの皿に残ったものをそっと寄せる。

ルイは不満げな顔のまま、ゆっくり口を動かした。


食べ終わる頃、戸を軽く叩く音が響く。

ユノが立ち上がり扉を開けると、光の逆側に立っていたカイルがにやりと笑う。


「お、二人だけで朝か?」


「終わったところだよ」


ユノが言うと、カイルは軽く顎を上げる。

その視線がルイへ向く。


「おはよう、ルイ」


ルイは顔を上げず、小さく息を整えるように囁いた。


「……おはよう…ございます……」


その声は素直なのに、視線だけ床へ落ちたまま。

置かれた言葉だけが、そっと空気に残った。そこに、小さな笑みが滲む。


「……で、なんで二人だけなんだ?」


カイルが軽い調子でテーブルに片手をついた。

ユノは少し視線を落とし、息を整えて答える。


「母さんは祭りの準備で街に出てて……父さんは都市に行ってる。だから、今日は帰ってこない」


「そっか。じゃあ今日は兄妹だけか」

軽い声なのに、どこか優しい響きだった。


ルイは兄の横でそっと姿勢を正し、カイルを上目づかいに見る。


「……お兄ちゃんの……友達……なんだよね……?」


カイルが片眉を上げて笑う。


「ん? 俺のこと忘れちまったのか?。ユノと昔から面倒ごと押しつけ合ってる仲だろ」


ユノが横から苦笑する。


「押しつけ合ってるのはお前だけだろ」

「はいはい。そういうことにしとくわ」


カイルが肩をすくめて返す。


その軽いやり取りに、ルイは小さく目を丸くし、右手で口元を隠した。

「……ふぅん……」

言葉だけはそっけないまま、頬にわずかな赤みが残っていた。


カイルがルイを覗きこむ。

「なんだよルイ。そんなに気になるのか?」


「っ……き、気になってない……!」

ぱち、と瞬きを一つして、すぐにそっぽを向く。


ユノはその様子に小さく息を吐いた。

「カイルはちょっと意地悪だからな。気にしなくていいよ」


「意地悪じゃねぇよ。挨拶しただけだって」

とぼけるように笑いながら、カイルは続ける。


「……で、ルイ。今日もユノの見張りか?」

その言い方がほんの少しからかい混じりで、


ルイは胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。


「……邪魔……しないなら……いい……」


小声でそう返しながら、頬の熱だけは隠せない。

ぎこちないのに、不思議と柔らかい空気が三人を包んでいた。


カイルは椅子にもたれながら、食器を軽く指で弾く。


「しかし……ほんと二人だけって珍しいよな」


「珍しいけど、まぁ……普通だよ」

ユノは照れ隠しにルイの髪を軽く整える。


ルイはその手の動きに身じろぎし、視線をそらしたまま口だけ動かす。


「……べつに……」


その微かな声のあと、朝の光と笑いがそっと落ちていった。


朝食を片づけ終えたテーブルには、湯気の名残りが淡く漂い、静かな朝の温度がそのまま沈んでいた。

椅子に深く座ったカイルが背を伸ばし、骨が鳴るほど大きく伸びる。


「さて、と。今日は祭りの準備で町中ばたばただな」


軽口の調子は変わらないが、目元は寝起きの赤みが残っている。

ユノは皿を重ねる手を止めず、小さく息で笑った。


「俺らは、今日も……“仕事”だな」


「だろうな」


カイルは肩で笑い、それからふと思い出したように視線を横へ流す。


「そういや、ユリネとは最近どうなんだ?」

名前だけを返事を待たずに置くように出した。


その一言で、ユノの手が一瞬静止した。


「……会ってない。向こうも準備で忙しいだろうし」


言葉は淡く、それ以上続ける気配を視線の動きで先に閉じた。


「まあ、元気だろ」

興味の色はなく、ただ事実だけを置くような言い方だった。


そのやり取りを横で聞きながら、ルイの指先が机の縁で止まった。

皿の跡に指を添えたまま、視線だけそちらに落とす。


「……そのユリネって……昔からずっと……一緒にいる人……だったよね……?」


問いの形を取らないまま、言葉だけが転がった。

声は出ているのに、視線が机の縁から上がらなかった。


カイルは一度だけ短く頷き、余計な言葉を足さなかった。


「まあな。昔も今も、それなりにな」


その瞬間、ルイのまつげがわずかに伏せられた。

指先が口元へ触れ、小さく息が漏れる。


「……ふぅん……」


小さく、気のない音がこぼれた。

指先が落ち着かず、机の縁をなぞって止まる。

視線は机の縁に落ちたまま、それ以上は何も言わなかった。


カイルは一瞬だけ間を置き、空気を切り替えるように視線を外した。


「まぁ……付き合いが長いだけだ、ルイ」

それ以上は踏み込まず、関係だけを置いて止まった。


ユノは道具を一つずつバッグに入れながら、短く返す。


「……まあ。落ち着いたら……ユリネとまた会う機会もあるしな」


カイルが小さく頷く。


「そうだな」


バッグの口が閉じられ、それ以上は続かなかった。


カイルは軽く息を吐き、椅子にもたれ直した。


「で、ユノ。今日も仕事あるだろ?その間ルイ放っとくわけにもいかねぇし」


言い方は雑だが、視線はちゃんとユノとルイの間を見ている。


「まぁ、なんだ。お前が見れないときは、俺が見てやるよ」


押し付けるでもなく、手を差し出すような言い方だった。


ルイは道具袋を抱え直し、横目でカイルの位置を盗み見る。

むっとした眉。でも距離は近い。


「……相変わらず世話焼きなんだね……」


「うるせぇな。ほっとけ」


照れ隠しの角度は揺れない。

その横で、ルイが息だけ噛むように零す。


「……カイルさん、うるさい……」


刺す言葉なのに、声だけ柔らかい。

ほんのわずかな照れが沈殿し、言葉の輪郭だけ鋭く残った。


カイルが思わず吹き出し、ユノも小さく笑う。

その笑いが空気に溶けるころ、からの光が床をゆっくり染めていた。


三人はそれぞれの荷物を手に取り、立ち上がる動作だけが自然に揃う。


そして今日の準備へと、並んだまま動き始めた。




「んじゃ、仕事に行くかユノ。今日もいつものやつな」


カイルが道具袋を肩に掛けながら言う。

言い方は雑なのに、内容はきっちり把握している。


「掃除、運搬、修理。……まあ、いつも通りだな」


ユノは短くまとめ、息を整えた。


ルイが机の端をつまむように押し、小さく問いを落とす。


「……わたしも……やるの?」


「あぁ、無理はしなくていい。できる分だけな」

ユノは前髪を軽く整え、余白を残した言い方で返す。


そこでカイルが笑いをひとつ噛ませる。


「んだよ、小さい助手。やんのか?んじゃ、指示は.....まあ……なんだ……やれる範囲でやってくれ」


言い切らずにそう言って、カイルは少しだけ後ろへ下がった。

ルイは眉だけ寄せ、頬をわずかに赤くする。


「……その助手って言い方うざい……。ん、でも……手伝う……」


不機嫌な言い方の奥に、引かずにやろうとする気配があった。


それから少しして、三人は外へ出た。


朝の空気が切り替わり、足元の土の感触が変わる。


近くにいた依頼人である村人がこちらに気づき、軽く手を上げる。

ユノ達がそれに応えるように、小さく頭を下げた。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「あぁ、いつも助かってるよ。今日も頼むよ」

それ以上は交わさず、ユノはほうきを手に取り、軽く地面を掃く。


土の地面は昨夜の湿り気をまだ残していて、掃くたびに、乾いた音と一緒に細かな砂が流れる。

通りに面した一角で、木箱や桶が端に寄せられ、作業の邪魔にならないよう、あらかじめ片づけられていた。


ユノは一定の幅で、黙々とほうきを動かす。

無駄のない動きで、砂利や枯れ葉を端へ追いやっていく。


その少し後ろで、ルイが同じようにほうきを握っていた。

背丈に合わない柄を両手で支え、力の入れ方が分からないまま、それでも真似るように地面を撫でる。

砂は思ったように動かず、ほうきの先だけが先に引っかかる。

それでも、ルイは手を止めなかった。


「ゆっくりでいいぞ、ルイ」


ユノが振り返らずに声をかける。


「……うん……分かった……」


返事は小さい。けれど、動きは止まらない。

一歩遅れて、掃いた跡がかろうじて線になる。


カイルは少し離れた場所で、木箱を持ち上げていた。

底についた土を軽く叩き落とし、通路の端へ積み直す。


「そこ、あとで人通るからな。端に寄せとけ」

「分かってる」


ユノは短く返し、ほうきの向きを変える。

ルイはその動きを見て、遅れて、同じ方向へ柄を引いた。

思ったより砂が動いて、小さく目を丸くする。


(……あ……)


声には出さず、もう一度、同じ場所をなぞる。


今度は、線がはっきり残った。

カイルがそれを横目で見て、何も言わず、口の端だけを持ち上げる。


「…………ちゃんとやれんじゃねぇか…」


聞こえるか聞こえないかの声。


ルイは気づいたのか気づいていないのか眉を寄せたまま、もう一度、ほうきを動かした。


しばらくして、一つ目の作業が終わった。


次の依頼は、荷物運び。いつも通り、運ぶ荷物は多い。

カイルが荷物を肩に抱え、ユノは台車を押す。

ルイは小さな包みを胸の前でしっかり抱えた。


体は頼りないのに、指先の支え方だけ妙に正確だった。


「その端、落とすなよ。重かったら言え」


「……別に……大丈夫……」


返事は不満げなのに、足取りだけは正確に後ろを追ってくる。


運び終えた荷は、壁際に揃えて置かれた。

台車が空になり、通路がひとつ戻る。


「助かったよ。これでしばらく動かせる」


依頼人が短く声をかける。

ユノは頷くだけで、道具をまとめ直した。


「また何かあったら言ってください」


それだけ言って、その場を離れる。


振り返らず、足はもう次の方向を向いている。


「ほら次、行くぞ。まだあるからな。仕事。」


カイルが荷を担ぎ直し、ルイは少し遅れて、その後ろに並んだ。


少し歩いた先で道具棚の補修が始まる。


ユノは釘を打つ姿勢に入り、カイルが板の位置を支える。

その横で、ルイは釘の根本を小さな指で押さえていた。

動かさないと決めたのか、目線まで固定されている。


「そこ。動かすなよ」


「……わかってる……」


短く返す声よりも、微動だにしない指先のほうが意志を語る。


カイルがふっと笑い、


「ちっこいくせに、やることは正確だな」

と照らすように言うと、ルイは顔だけ逸らし、耳の縁がひっそり赤く染まった。


しばらくして、ユノが水筒を差し出す。


「ルイ、水飲め」


「……ん……」


小さく頷き、袖をつまんだまま口をつける。


午後の光が伸び始める頃には、三人の作業の動線は自然に重なっていた。

落ち葉の擦れる音や台車の軋み、釘を打つ乾いた響き。

ただの作業なのに、それが静かな連帯感の形をつくっていった。


カイルが積み荷を顎で示す。


「ルイ。次はそれ持て。無理なら言え」


ルイは返事をせず、ただ眉をひとつ寄せる。

小さな身体のまま、きゅっと息を吸い込み、その荷に手を掛けて動き出す。


少し日差しの強くなった頃、三人は木陰のベンチに腰を下ろし、短い休憩を取っていた。


葉の隙間からこぼれる光が地面に揺れ、風がそよぐたびに涼しい影が流れていく。

ユノは水筒を傾け、冷たい水を喉に流し込み、ほっと息を吐く。


隣ではカイルが大げさに両腕を広げて背を反らし、声を上げた。


「はー……掃除に運搬、修理まで混ざるとさすがに疲れるな」


「文句言うわりには、楽しそうだったけどな」


ユノは水筒を下ろし、軽く肩をすくめる。


ルイは膝の上で小さなほうきをくるくる回す。

指先の回転は止まり、視線だけ兄の横顔を追っていた。


少し遅れて、ぽそりと落ちる。


「……バカ……」


言葉だけ聞けば小さな不満。

なのに声だけは柔らかく、空気を壊す気配はなかった。


カイルが吹き出し、ニヤリとルイを見た。


「お、口癖きたな。安心するわ、小さな姫君」


ルイはぱっと顔を赤くし、むっと口を結んで反対側へ向き直る。


「……カイルさん、うるさいっ……」


声は小さいのに、語尾だけわずかに跳ねた。

反対を向いた肩が、ほんの少しだけ強張る。

頬の赤みは消えず、指先だけ服の裾をきゅっとつまむ。


木陰には、鳥の声と三人の軽いやり取りが混ざり、穏やかな休憩時間が流れる。

ユノとカイルのじゃれ合いに、ルイの小さな口癖がときどき挟まる。

それだけで、場が柔らかくなる。


やがてユノが顔を上げ、村の広場のほうへ目を向けた。


「よし……祭りの準備、どれくらい進んでるか見てくる」


立ち上がったユノに、カイルが片手を上げて応じる。

ルイも、照れ隠しのような小さなしぐさでひらりと手を振った。


「……まっ……」


ルイは言いかけた声を途中で止め、指先が、ほんの少しだけ服の裾をつまむ。

止めたいわけでも、引き留めたいわけでもない。


ただ、離れていく背中との距離を、自分の中で確かめるような、そんな動きだった。


木陰には柔らかな笑い声と、日常の温もりだけが残り、ユノは広場に向かって歩き出した。



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