第一章1 ひとつの夢が終わる頃に
ゆっくりと目を開けた。
木漏れ日が細く揺れ、頬に落ちる。
背中には、ひんやりとした大きな木の根の感触がある。
一呼吸ついて空を見上げる。
ここは村はずれの草原。
村でただ一つ“世界樹”と呼ばれる大木の根元だった。
少し先では小川が静かに走り、
朝の光が水面で淡く跳ねている。
「……おい、そろそろ起きろよ。ユノ」
その声の雑さで察する。――カイルだ。
昔からの幼なじみで、言い方は荒いが、何だかんだ最後まで付き合ってくれるやつだ。
ユノは寝ぼけたまま、小さく息を漏らす。
「夢……見てた気がする。変なやつだった」
カイルは片眉を上げて、気怠そうに笑った。
「夢とか見てる場合かよ。今日まだ残ってんだろ?」
「……ああ、そうだったな」
ユノは、めんどくさそうに答えた。
二人がやっているのは、村の雑用――便利屋みたいな仕事だ。
屋根の修理、井戸の掃除、道具の直し、畑仕事の手伝い……
村では、この雑用は“二人セット”で頼まれるのが当たり前になっている。
断らずに最後までやる――その前提込みで、まとめて任されることが増えた。
報酬がある日は珍しく、あるとしてもお礼の野菜か余った果物くらい。
それでも結局、引き受けてしまう。いつの間にか、それが日課になった。
ユノは伸びをしながら朝の匂いを吸い込む。
小川はきらりと光り、草原を渡る風がゆるく揺れていた。
「で? 今日の残りの仕事は?」
カイルは、ユノに不満をぶつけた。
ユノは頭をかきながら視線をそらす。
「ああ……昨日の屋根の修理、まだ終わってないんだっけ」
カイルがあきれた声で
「そう。ユノ、お前が寝坊したせいでな。井戸の掃除も残ってるし、ほら、あのおばさんの畑の水やりも。雑草伸びてるぞ」
ユノも苦笑し、軽く首を回す。
「はいはい……わかったよ」
カイルはユノの腕を引っ張り、ユノの体を起こす。
「なら行くぞ。明るいうちに片付けねぇと」
とカイルがいい先に歩き出す。
ユノは、カイルの2.3歩遅れてた状態で、カイルの背中を追う。
風に揺れる草の匂い、川の流れる音、屋根の向こうに広がる朝の村。
その穏やかな光景の中で、二人の足音が静かに重なっていった。
ユノとカイルは草原を並んで歩き、村へ向かっていた。
朝の光が長い影を落とし、風に揺れる草の音が静かに耳へ届く。
「昨日の井戸掃除、覚えてるか?」
カイルが軽く肩を叩きながら言う。
「……ああ」
ユノは気だるげに返すが、歩みはそのまま。
「屋根の修理も今日中にな。依頼人、昨日ぶつぶつ文句言ってたぞ」
「仕方ないな……」
カイルは足元の小枝を蹴り上げ、器用に片手で掴む。
その雑そうで無駄のない動きに、ユノの表情がわずかに緩んだ。
道の先には、小さな畑や鶏の姿、井戸に集まる子どもたちが見える。
「ユノ、あいつらさ、昨日パン焦がして泣いてたぞ。かわいそうだよな」
「……俺たちも昔よく焦がしたけどな、懐かしい」
ユノは肩をすくめて答える。
二人は日常の何気ない話題を交わしながら歩いた。
草の匂い、川の流れ、村に近づくほど増える人の気配――
静かな朝の中に、二人の笑い声が小さく混じっていた。
今日の作業に向けて歩みが自然に揃う。
村の中心に近づくと、二人は足を止め、今日の作業に取りかかった。
屋根修理の道具、水桶、どれも使い慣れたものだ。
「じゃ、屋根は俺が行く。ユノ、下で支えてろ」
ユノは黙って梯子を押さえ、踏み込んでいくカイルの姿を見上げた。
言葉は少ないのに、動きは迷わず噛み合う。
屋根の上から手が伸びると、ユノは必要な工具を迷いなく渡す。
視線と小さな合図だけで息が合うのは、二人が長く一緒に働いてきた証だった。
「よし、次の瓦いくぞ」
「うん」
互いの呼吸はずれていない。信頼は声よりも確かに流れていた。
作業を終え、二人で梯子を降りる。
地面に足がついた瞬間、ユノは小さく息を吐いた。
「……で、今日はもう休むって言っても許される?」
甘えた発言をしたユノに対し、カイルは即座にツッコむ。
「は? 仕事残ってるだろ。逃げんなよ」
体を軽く叩かれ、ユノは苦笑を返す。
本気じゃない弱音と本気じゃない突っ込み。
それだけで、いつもの調子に戻るのが二人だった。
作業開始してから時間が経過していて、昼の空気はすでに活気を帯びていた。
家畜の鳴き声、子どもたちの笑い声、遠くで水を汲む音──
村の日常が重なり合って響く。
「ほら、次は牛小屋だぞ。さっさと行くぞ、ユノ」
カイルが振り返り、ユノは黙って頷く。
牛小屋の掃除、道具の整理。
先に口を開いたのはカイルだ。
「次、畑だ。昨日のままなら草に負けんぞ」
ユノは手についた泥を払いながら短く返す。
「……分かってる」
畑に移ると、二人は作業に入った。
「ユノ、いつも通りの流れな」
「あぁ、分かってるよ」
淡いやりとりでも、二人の距離は自然に揃っていった。
作業を終えるころには陽射しも強くなり、二人は道端で一息つく。
風が吹き、乾いた土の匂いが昼風に混ざった。
「ふぅ……ひと通り終わりだな」
カイルが伸びをし、立ち上がる。
「お前、今日両親に呼ばれてたろ。早く帰っておけよ」
ユノはあぁそういえばそうだったみたな顔で
「……まあ、行くよ」
ユノが立ち上がると、カイルは肩を軽く叩く。
「じゃ、俺は帰るからな。明日も頼むわ」
「うん。また明日、おつかれ」
カイルは片手を上げ、賑やかな方へ歩いていく。
ユノも家に向けてゆっくり歩み出した。
少し歩いた先で、村道の先にユノの家が見えた。
庭先の花が揺れ、木の影が道に長く伸びている。
足が止まったわけでもないのに、歩みが少しだけゆっくりになる。
胸の奥に微かな違和感が沈んだまま、
歩みは止まらず、そのまま家の前へ辿り着いた。
扉の前に立つと、昼のざわめきは背後に遠くなる。
ユノは、小さく息を吐く。
「……帰るか」
それだけで十分だった。
家の扉を開け、昼の空気がひとすじ室内へ流れ込む。
そこから先は、いつもの時間が自然に始まっていく。




