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プロローグ
水の中にいるような感覚に囚われていた。
身体は重く、手足は思うように動かない。
呼吸をしようとするたび、冷たい水が肺の奥へ入り込み、胸がゆっくりと締めつけられていく。
鼓動は遠くで響くようにぼやけ、 自分という存在が泡のようにほどけていく錯覚だけが、確かだった。
目を開いても、光も闇も区別がつかない。
ただ深い青が世界を満たし、 上下の感覚さえ曖昧になっていく。
どれほど沈んだのか。 時間の感覚もとっくに消えていた。
その時だった。 深い青の底で、 世界のどこからともなく “何か” が届く。
それは声かどうかも分からない。
音とも感覚ともつかない、 形を持たない“呼びかけ”の断片。
ただひとつ―― 確かに、自分の名を呼んでいた。
「……ユノ!」
水に歪んだ世界の中で、 その呼びだけが鮮明だった。
声の主は分からない。
方向も、距離も、存在の気配すらない。
ただ呼ばれた、という事実だけが胸の奥へ刺さる。
手を伸ばしても届かない。
その“呼び”へ向かっても、身体は沈んでいく。
意識が、ゆっくりと薄れていく。
その呼びかけの意味だけが、 最後まで残ろうとして
―― やがて泡のように、静かに消えた。




