脅迫された中で好きな夫を選べと言われたので褐色肌美形青年を選んだだけですが、何か?
王都の裏庭に咲く花は、夜になると銀色に光る。
その日、私はただ、卒業試験の課題である「夜花」の観察をしていただけだった。
――なのに。
たまたま王城の裏の温室の奥で、王家の“秘密の儀式”を見てしまったのだ。
第一王子が「存在しないはずの第二王妃の遺児」と呼ばれる少年の血を杯に垂らし、
「王家の血統を守るために“異形の血”を混ぜ続けねばならぬ」と呟くのを。
……うん。普通に怖いよね?
翌朝、私は侍女に呼び出され、王宮に連れていかれた。
そして国王陛下直々にこう告げられる。
「ルシア・フェンリル嬢。そなたは王家の最高機密を見た。
本来なら処刑だが……“ある条件”を呑むなら見逃してやろう。」
「……条件、とは?」
「子を産め。王家の血を絶やさぬための“実験”に協力してもらう。その代わり、望む夫をひとり選ばせてやろう。」
……え? それってつまり「処刑か結婚か」ってこと?
ひどくない? いや、選択肢が死か結婚なの、どうなの。
でも私は冷静だった。
脅迫されながらも、とっさに言ってやった。
「じゃあ――エリートイケメンください。」
王家は私の「イケメンくれ」という要求を、なぜか受け取った。
候補として用意されたのは、三人の男たち。
候補①第一王子:金髪碧眼の完璧王子様。だが社交界で評判の“女遊び貴公子”。
候補②第二王子:聡明だが婚約者がいる。
候補③近衛騎士団の筆頭:端正な顔立ち、実力もあるが、愛人持ち。
つまり、全員アウト。
いや、なんで全員「彼女持ち」なのを隠してくるの? バカなの??
しかも第一王子が「俺が最初の夫候補」とか言われたのに、私を完全スルー。お茶の誘いもなければ、贈り物もない。
卒業式ではドレスも贈られず、従者にエスコートを代行させ、挙げ句の果てにその従者まで式の直前に逃亡した。
結果、私は卒業式に出られず、「第一王子の婚約者を脅して欠席した」との冤罪を着せられた。
……え? どうしてそうなるの???
「説明してください、陛下!」
王座の間で怒鳴りつけた私に、
王家の面々は冷たい目を向けてきた。
「フェンリル嬢、あなたが王家を脅迫したのです。“口止め料として結婚を要求した”と。」
「は? 違いますけど!? ていうか、そもそも最初に脅してきたのそっちですよね!?」
議場がざわつく中、私はふと思った。
――あ、これもうどうやっても冤罪で潰されるやつだ。
その瞬間、背後に気配。
振り向くと、漆黒の鎧に身を包んだ青年がいた。
褐色の肌、金の瞳。
整った顔立ちに、静かに光る剣の鞘。
「陛下の命により、あなたを“黙らせ”に来た。」
「……え、口止めってそういう意味?」
「そうだ。……ただ、俺は無抵抗の女に刃を向ける趣味はない。」
冷たい声音。だけど、その瞳には一瞬だけ、揺らぎがあった。
ああ、なるほど。こういうタイプ、弱い。
私は即座に言った。
「じゃあ、あなたでいいです。」
「……は?」
「あなたを夫にします。脅されてるので。」
青年の眉がピクリと動いた。
王家の側近たちがざわつく。
「ルシア嬢、何を言って……!」
「だって、王家が“夫を選べ”って言ったんです。褐色肌の美形青年、はい条件満たしてます。もうこれでいいです。お疲れ様でした。」
沈黙。
数秒後、王が額を押さえて呻いた。
「……やれやれ、面倒な女だ。」
数日後、私は奇妙な話を聞かされた。
「彼は王族の血を引くが、身分は騎士のまま“隠し王子”だ。」
「もうひとり候補を出す。庭師の少年だ。彼は前世が「王子」だという。どちらかを選べ。」
どうやら王家は、私を従属させるために、偽の選択肢を用意していたらしい。
これ見よがしに褐色騎士の方は別の貴族令嬢とすぐ婚約させられ、残ったのは――庭師の少年、リアム。
見た目は素朴だけど、瞳の奥に何かある。
それに、どこか見覚えのある雰囲気。
……いや、あれ? 彼、前に私を庇ってくれたあの時の……?
「ルシア様、あなた、また誰かに騙されそうですね。」
「今さら気づいても遅いよ。」
私は肩をすくめて笑った。
もう、卒業パーティーをすっぽかされた身だ。
いまさら貴族の常識も、婚姻の形式も、どうでもいい。
「もらえるならどっちでもいいです。」
「……え?」
「どうせ“口止め”なんでしょう? だったら、私の好きに選びます。褐色肌のあなたか、庭師くんか。どっちかがちゃんと私を見てくれるなら、それでいい。ここで褐色騎士だと、結局第一王子の時のように愛人候補にされてしまうのでしょう?」
その夜、庭師リアムが静かに告げた。
リアムの瞳が金に光る。
「実は俺、転生者なんです」
「てんせいしゃ?」
「夜の”王子”だったんです」
リアムの前世は、ニポンという国、シンジュークという町でホストという仕事をしていて、店でのあだ名は「王子」。
その甘いルックスで人気ホストに上り詰めようとしていたが、酒を無理に飲みすぎて死んだらしい。
転生先のこの世界では真面目な仕事をしようと思っていたが、見た目が東洋の植物のような珍しさから、初めは夜は高貴な身分の婦人の愛人や夜伽を手伝わされたという。
「転生先でもホストみたいな仕事だったんです…もう嫌になって、庭師に転職したんですけどね」
彼は微笑みながら私の手を取った。
「俺を選んでくれたなら、俺があなたを守ります」
「……ほんとに、いいの?」
――王家の陰謀も、第一王子が逃げた冤罪も、全部消えはしない。
けれど、脅迫されながらも、「褐色肌の美形青年がいい」と言い張った自分に嘘はない。
「ねえリアム、これって脅迫婚って言われるのかな?」
「どうでしょうね。お互いが合意していれば」
「……それであなたは、王家からお金をもらえるんでしょう?」
「……バレましたか。庭師の仕事は薄給です。金払いのいいお客様は大事ですからね」
「そっか。お金がもらえなくなったら、別れるの?」
「まあそうなりますね」
「現実はなろうみたいじゃないもんね」
「なろう? 」
「あ、いやこっちの話よ。まあ、いいわ」
リアムはペロリと舌を出した。
結局ホスト時代の癖は抜けていないらしい。打算的な恋愛だけど、まあいいか。
リアムはその後庭師の仕事一本にし、今は二人で菜園を作るための土地を買うお金を細々と貯めている。
菜園には珍しい野菜や植物を植えて、とれた野菜で料理を作る予定だ。
これからどれくらい続くかわからないけど、「最初から愛人候補で」なんて言ってくる人は第一王子の二の舞だし、どうせ受けなければ王家からの脅迫が続く。ならば、偽物の愛でもいい。
「じゃあ、これからよろしくね」
こんな感じの打算で私たちは付き合うことになった。訳ありエリートとどっちがいいかと言われると、打算でもきちんと恋愛してくれる人がいい。
どちらも褐色美形青年には変わりないしね。
「ふんふふふん」
最近思い出した。
実は私も転生者ではあったのだ。
あまりにハードなOL時代に、深夜のオタ活だった前世。
マイナーな褐色肌ジャンルを流行らせようと、BL同人誌のイケメン褐色肌にトーンを貼ってる作業中に過労死したのだった。
「騎士キャラもいいけど、幼馴染キャラもいい。金髪碧眼もいいけど、褐色ショタもいいわあ…」
腐女子にとってキャラごとに唐突な推し属性変更はよくあること。 ※ただしイケメンに限る
今回は金髪碧眼に嫌な目にあったのもあるけど、褐色騎士でも褐色ショタでも美味しいんだよなあ。
うへへ。ショタとはいってもこの世界では成年扱いの、合法ショタだ。
BL時代にいろんなジャンルを見てきたせいか、美形ならばどんなジャンルも割と垣根を越えられる自分に感謝した。
***
春の風が、畑の端に植えた夜花を撫でていく。
――あの夜、王城の裏庭で見たのと同じ光。
けれど今は、恐ろしい儀式の証ではなく、私たちの平凡な暮らしを照らす灯りに見えた。
「ルシア、こっちの苗、根づいてきました」
リアムが声をかけてくる。
今は土まみれの庭師になっている。
私は手を止めて、笑った。
「さすが元ホスト。水やりも上手だし、植物の扱いまでスマートね」
「接客業ですから。相手が植物でも、気分よくしてもらわないと」
「ふふ、まさか転生してまでホストのサービス精神が生きてるとはね」
脅迫婚――そんな言葉で始まった関係は、いつの間にか、奇妙に穏やかな同居生活になっていた。
「リアム、夕飯どうする? 今日はスープにしようか」
「いいですね。パンは俺が焼きます」
「パンも焼ける庭師……便利すぎる」
「ホストは胃袋をつかむのが仕事でしたから」
彼が軽口を叩く。
私は鍬を置き、少しだけ夜空を仰いだ。
夜花が風に揺れて、銀の粒を散らす。
――私たちは、脅されて出会って、打算でくっついた。
でも今は、笑い合って生きている。
それって、恋じゃないかもしれないけれど、平和ではある。
「……やっぱりちょっと惚れた」
リアムが、少しだけ照れくさそうに笑う。
私の手を取って、土のついた指先を優しく握った。
「これからも、菜園を増やしていきましょう」
「うん。……どうせ脅迫婚の延長でも、ちゃんと日常を作れたら、それでいい」
夜花が光を増し、風が静かに吹き抜ける。
その光景は、かつて見た王城の儀式の“血の杯”より、ずっと美しかった。
――脅されて始まった人生でも、
最後に自分で選んだ相手と笑えるなら、それで十分だと思う。
銀の花が、夜空に淡くきらめいた。




