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7 私の知らない兄様

「兄様が、私を大切に……ええと、それはどういう意味で……」


 私は驚きつつもオリヴァー様に問う。

 最近の兄様の言動は確かに私を大切にしてくれているようにも思えるが、昔からずっと、というのは違うはずだ。

 それこそ、兄様が魔術師団にいた頃なんて私のことを知る人はほとんどいなかったはずだ。


「ヴィクターは昔からマーガレットさんのことで頭がいっぱいな子でしたよ。魔力喪失症の治療薬だって、ヴィクターの長年の悲願だったと行っても過言ではありません。実験室で昼夜を問わずこもりきりになったと思えば、うんと遠くの山まで素材を採集しに行ったり、それはもう必死に向き合っていました」

「え? そ、そんなに!?」


 初めて聞く話だ。

 そもそも兄が治療薬を開発したきっかけもよく分かっておらず、雑誌の記事には病床の妹のためだとか実験の副産物だとか、様々な憶測が並べられているだけだった。

 実際、私のところに薬が届けられた時もよければ試してみて欲しいという言伝があるだけだった。

 なんでもこなせる万能の大賢者というイメージもあつてか、そんなに苦労していたなんて誰も思わなかっただろう。


「その間も大賢者としての仕事をこなして、本当に見ているこちらが心配になるぐらいでしたよ。そもそも、あの子が炎竜討伐に名乗り出たのも魔力喪失症が理由ですからね。竜の鱗って良い素材になるんですよ。鱗が欲しいから倒しに行くなんて言われて、ずいぶん驚かされましたからね」

「え、えぇ……?」


 オリヴァー様は当時を思い出してくすくす笑っているが、ますます混乱してきた。

 兄様が討伐に向かったのは、国や伯爵家の領民を守るためだったはず。

 通常よりはるかに強い魔力を持った兄様ならば危機を乗り越えられるのではないかと、多くの人からも期待を寄せられていた。

 それがまさか、鱗が欲しかったから討伐に行ったと?

 いつも兄様は何を考えているのか分からない人だったが、さすがに予想外が過ぎるだろう。


「エ、エレナは? お父様たちはこのことを知っているの?」

「いえ、私も初めてお聞きしました。伯爵様や奥様は分かりませんが……」


 兄様はあまり自分の本心を語らない人だったと覚えている。たまにお母様が『ヴィクターったら何を考えているのかしら……』と心配そうに呟いているのも何度も見たことがあった。

 

 傲慢な態度を取ったと思えば兄として優しく接してくれたり、かと思ったらお前は俺の側にいるべきだ〜なんて訳の訳のわからないことを言ったりして。

 

 最近の兄様は私にとっても何を考えているのかさっぱりだ。

 

 ただひとつ分かることは、兄様は何がなんでも私に結婚して欲しくないと思っていることだけだった。

 

「ヴィクターが大賢者になったのは、あなたのためでしょう」

「そ、そんなまさか!」


 予想外の急展開に、私はもはや何も信じられそうになかった。

 

 私のためだなんてありえない。

 

 だって私は兄様と違って何もない人間だ。

 ずっとベッドから離れられなくて、これまでは兄様にとって顔を合わせるのも嫌な妹だったぐらいだったのに。


「魔力喪失症は我々にとっても恐るべき病です。ほとんど症例が無いと言っても、一度かかれば人生の全てを失うというのに、原因も治療法も確立されていない。魔術師にとっては恐ろしい呪いのような病です。それも、ヴィクターのおかげでもはや恐れることはなくなりました。この言い方は少し変かもしれませんが、あなたの存在は間違いなく魔術の発展に貢献しています」


 混乱する私を宥めるように、オリヴァー様は穏やかに語ってくれた。

 

 たしかに、魔力喪失症はもし魔術師団の団員がかかってしまえば大問題になるだろう。

 

 呪いのようだとオリヴァー様は言ったが、長い歴史の中でも数える程しか症例がなく、近年に至るまで病とさえ認識されていなかったものだ。

 

 私の病気をより詳しく調査することで魔術師たちの助けになるのならばなによりだが、何も出来ない私が魔術師たちに貢献しているなんて、思ってもいなかったことだった。

 

 オリヴァー様の表情からは、私を慰めるために言ったのではないと誠実さが感じられる。

 こんな私にも価値があるなんて、どんなに嬉しいことだろうか。


「実を言うと、本当はこちらからお会いするつもりだったんですよ。ですが、ヴィクターから止められてしまいまして」

「そうだったんですか?」

「あなたが自分から魔術に触れたいと思うまで、不用意に近づかせたくなかったのでしょうね。あなたを傷つかせないために。でもあの子は意地っ張りで見栄っ張りですから、あなたには何ひとつ打ち明けていなかったみたいです」


 私が全てバラしてしまいましたが、と付け足してオリヴァー様は笑った。


「今後あなたの調査をすることも、魔術師たちにとっては重要な意味があります。迷惑だなんだと気にせず、存分に魔術師団に居座ってくれていいんですよ。昔のヴィクターのように、ね」


 私はなんと返事をして良いか分からず、思わずエレナの顔を見る。

 エレナは涙目になりながらも嬉しそうに笑ってくれた。

 その隣でアレクシス様も頷いてくれている。


「じゃあ……これから、是非よろしくお願いします!」

「ええ。こちらこそ」


 と、そんな私たちを見てアレクシス様が小さな声でエレナに話しかけている。


「マーガレット嬢の婚活も、これで落ち着くんじゃないかな。良かったね、侍女さん」

「ええ。しばらくは忙しくなるでしょうが、お嬢様のより良い将来のために全力でサポートしますわ」


 意気込むエレナを微笑ましそうにアレクシス様が見ている。


「婚活?」


 オリヴァー様にも聞こえていたようだ。

 まさか、兄を倒せるような強い殿方を探しているなんて言えず、何とか誤魔化そうとする。

 

「あ、あはは……ええと、これでも一応伯爵令嬢なので、まあ色々と。あっ、そういえばオリヴァー様って」

「オリヴァー様は既婚者だよ」

「なんでもありませんの、おほほ」


 にやにや笑っているアレクシス様に、視線で抗議の意を送る。

 

 いや別に本気で結婚したいとか思ったわけじゃなくて、ついいつもの癖で聞いただけだし!

 違うから!


 懸命に否定するも、オリヴァー様は全く気にしていないようだった。

 それどころか、窓の外に視線を向けている。


「おやおや、噂をすればなんとやら。ヴィクターがいますね」


 その言葉に私は即座に飛びついた。


「兄様!」


 窓に駆け寄り下を見る。外は魔術師団の敷地でこちらも魔術の訓練場になっているようだ。

 そこで、魔術師団の方々となにやら話をしている兄様が見えた。

 真面目な顔をして深く話し込んでいる様子だ。


「おっと、お兄様のご登場なら俺は退散しようかな」

「お待ちなさい」


 後ずさりするアレクシス様をエレナがガシッと捕まえている。


「そういえば、新入りの若い子たちが指導してもらう予定だって言ってましたね」

「そうなんですか?」

「はい。魔術師団として依頼した訳ではないのですが、ヴィクターが個人的に後輩たちの面倒を見てくれているようなんです。相変わらず僕には何も言ってくれないんですけど、なかなか熱心なようで評判が良いんですよね」


 またまた兄様の知らない話が出てきた。

 家族だというのに兄様が普段王宮で何をしているか、人伝に聞くか雑誌の記事を読むぐらいでしか知ることができないのだ。

 けれど、後輩の面倒見が良いというのはなんだか兄様らしい気もした。

 なんだかんだ言って私を心配してくれたり細かい気配りだってしてくれる兄様なら、若い魔術師の方々にも同様に紳士的に接しているのだろう。


「良ければ見に行きますか? 気になるんでしょう?」

「では、ぜひお言葉に甘えさせていただきます」


 顔に出てしまったのか、オリヴァー様には気づかれていたらしい。

 オリヴァー様の案内で訓練場へと向かう。

 アレクシス様は逃げたがっていたが、結局ついてきてくれた。


「ふむ……攻撃系魔術の訓練中のようですね」


 兄様ならばさぞ後輩の魔術師からも頼りになるのだろう。

 最近は兄様の高笑いばかり聞いていたから、優しい兄様を見るのは久々かもしれない。

 と、私のわくわくを盛大に裏切るかのような声が聞こえてきた。


「貴様ら、死にたくなければ俺より先に俺を殺してみろ!」

「はい!」


 え……?

 なんですかこれ、ここにいるの全員魔術師だよね……?


 想像をはるかに超える物騒な内容に、思わずオリヴァー様の方を見るも彼は全く動じていなかった。

 それどころか、ニコニコと彼らの様子を見守っている。


「すごいとこ来ちゃったかも……」


 ボソッと呟くと、アレクシス様だけが頷いてくれた。

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