6 いざ、魔術師団へ!
私は早速、アレクシス様の協力のもと、王宮の魔術師団本部を訪れていた。
以前騎士団の訓練場で見学をさせてもらったが、今回は魔術師団での見学だ。
婚活のためではない。弟子入りを申し込むためである。
そもそも私は魔術を使ったことはない。
だが、全く体力のないこの状態から剣術をマスターするよりも魔術の方がまだ見込みがあるのではと判断したからだ。
カイル様の時のように兄様の不得意な分野での勝負も考えたが、そもそも私は何も出来ないので得意不得意そのものがなかった。
結局、エレナの助言もあって、元々歩むべき道だった魔術に挑戦することにしたのだ。
「いやあ、急に連絡が来たと思ったらまさか魔術師団に連れて行けだなんて、ホントに君は面白い子だよ」
兄様以外で魔術師団へのツテはどこにも無く、それならば同じ王宮勤めであるアレクシス様に協力を得られないかと思ったのだが、アレクシス様本人が直接案内を申し出てくれた。
「こちらこそ、急なことでしたのに協力してくださってありがとうございます。このお礼はいつか必ず」
「じゃあ今度俺とデートでも……ってやっぱなんでもない。お礼なんか気にしなくていいよ」
付き添いのエレナの視線に気づいたのか、アレクシス様は目を泳がせている。
「当然です。良からぬ噂が立ったらどう責任を取るおつもりですか」
「もう、エレナ。アレクシス様にそんなことを言ってはダメよ。確かにアレクシス様は浮いたお話の多い方だけど、だからってそんな言い方はないわ」
「ちょっと、擁護できてないからね!?」
庇うつもりが意図せず言わなくていいことまで言ってしまった。
「俺に浮いた話が多いってのは認めるよ。でもそれは俺の責任じゃあない。俺の美しさにうら若き乙女たちが惑わされてしまっただけなのさ」
「なんですって?」
エレナがジロリとアレクシス様を睨む。
若き美貌の剣士というだけあって、アレクシス様は女性から大変な人気者だ。
要はもの凄くモテるモテ男なのだ。
私に声をかけたのは他の令嬢たちと違って面白そうだったから、という理由らしいが、社交界で引っ張りだこなアレクシス様が私に好意を持っているのにエレナは裏があるのではないかと未だに怪しんでいる。
「と、とにかく早く行きましょう! 私、魔術師団の見学なんて初めてでとっても楽しみしていたんです」
「おや、それは嬉しいことを言ってくれますね。ならば、ご令嬢の期待には答えなければ」
聞こえてきた声は初めて耳にするものだ。
向こうから歩いてきた長い黒髪の男性は、魔術師団の制服に身を包んでいる。
「あなたは……!」
「初めまして、魔術師団長のオリヴァーです。大賢者様の妹君にお会い出来て光栄です」
彼が噂に聞く魔術師団長殿だったとは。
わざわざ出迎えに来てくれたようだ。
恭しく礼をする彼に、私も挨拶をする。
「マーガレット・ルティルスと申します。本日は貴重な機会を頂きありがとうございます」
「そう硬くならないでください。大賢者様の妹君が我々魔術師団に興味を持っていただけるなんて、こちらとしても光栄ですから。どうぞ気楽に見学して行ってください」
にこやかに微笑むその表情はとても優しそうだった。
突然の訪問だったのに快く受け入れてくれたのも、兄様のおかげだ。
兄様の迷惑にならない為にも、魔術師団の方々には良い印象を残せるようにしなければ。
「アレクシス君もお久しぶりですね。良ければ君も一緒にどうです。ご令嬢と侍女さんだけでは心細いでしょうから」
「オリヴァー様がそう言って下さるのなら、ぜひご一緒させていただきます」
エレナは不満だろうが、実は慣れない場所で不安だったのでアレクシス様も来てくれるのはありがたかった。
魔術師団の本部に到着し、一通り見て回る。
魔術師たちはそれぞれの部署で仕事に追われているようで、なかなか話しかけづらい雰囲気があったが、見学者は珍しいとのことでたくさん歓迎してもらえた。
私が大賢者ヴィクターの妹だと知り驚かれもしたが、ヴィクターが魔術師団に所属していた頃の話も聞かせてもらえた。
他にも、彼らが使用している魔導具であったり、薬学実験室を覗かせてもらったりとわくわくしっぱなしだった。
「マーガレット嬢、楽しそうだねぇ」
魔導書を見せてもらいながらはしゃいでいると、横からアレクシス様がそう言った。
「私、昔は魔術師になりたいって思ってたんですよ」
「お嬢様……」
そこで、なぜかエレナが感極まったように口元を抑えている。
「お嬢様がもし伯爵家を出て魔術師団を目指すことになっても、私はどこまでもお供しますからね……!」
この一瞬で将来のビジョンを見たらしかった。
今から魔術を学び直したところで魔術師団に入団するのは難しいかもしれない。
けれど、病気になって長いこと苦しんできた私を一番近くで見てきたエレナにとって、私が魔術にもう一度関わろうとするのには色々と思うところはあるのだろう。
見学の後は、私の魔術に関する素質を見てもらうことになった。
なんと団長であるオリヴァー様が直々に見てくれるのだと言う。
オリヴァー様は私の魔力喪失症について把握しており、もし完治したとなれば貴重な資料にもなるのだと。
というわけで、最初はいくつかの魔術に関する知識を問う問題を出してもらった。
魔術の道は諦めたが、実は知識自体は忘れてはいない。
病に倒れてからも治ることを信じて、勉強することはやめなかったのだ。
もっとも、外で活躍する兄様の話を聞いて、やめられなかったというのが正しいのかもしれない。
「基本的な魔術の原理はよく理解できていますね。その他の知識面も問題はないでしょう。あとは実技だけですね」
「あの、私は本当に魔術を使えるのでしょうか……」
不安になって聞いてみれば、オリヴァー様は私を安心させるように頷いてくれた。
「もちろんです。あなたの体からははっきりと魔力を感じますよ。あなたはまだまだお若いですし、努力次第でどこまでも伸ばせるでしょうね」
「わあっ……! 本当ですか!」
思わず声を上げて喜んでしまう。
「ああ……! お嬢様、良かったですね!」
エレナも同様に喜んでくれたが、涙声になっていた。
まるで自分のことのように、心から喜んでくれているのが伝わる。
「ええ。素質さえあればなんとでもなります。そう不安にならずとも、学ぶ意欲さえあれば大丈夫ですよ」
はしゃぐ私たちにオリヴァー様は優しく声をかけてくれる。
「まずは簡単な初級魔術からやってみましょう。手のひらに魔力を集めて、小さく光を起こしてください。僕のお手本をよく見てくださいね」
オリヴァー様が手を差し出すと、一瞬で炎のような形をした揺らめく光が出現した。
「綺麗……」
「あなたにも出来ますよ。さあ、やってみて」
そう言われ、私もオリヴァー様同様に手を伸ばす。
手のひらに、魔力を集める……。
深呼吸をしておちつかせると、意識を集中させる。
幼い頃、魔力のテストをした時も似たようなことをした覚えがあった。
あの時のことを思い出しながら、じっと待つ。
そうしているうちにじわじわと暖かいものが手に集まってきたと思ったら、オリヴァー様のものより小さいが小さく光る球体のようなものが浮かんできた。
「わっ! できました、できましたよ!」
「お嬢様!」
たったこれだけでも、私とエレナは大騒ぎしてしまった。
病が治ってから、魔術を使ってみようと試したことは一度もなかった。
もし使えなかったら……そう思うと、とても試してみる勇気は出なかった。
けれど、今日ここでやっと私は理不尽に失ったものを取り戻したと証明された。
「おめでとうございます。疲れるでしょうから、もう消して良いですよ」
「あ、あの……これどうやって消すんでしたっけ」
「おや」
「あっ、待ってなんか凄い熱い!」
凄まじい熱を感じた瞬間、眩しい閃光が走る。
ひぃと悲鳴をあげながら反射的にギュッと目を閉じてしまったが、オリヴァー様が手を被せてすぐに消してくれた。
「危ない危ない。どうやらマーガレットさんは光属性に適性があるようです」
「光属性……? でも、昔は水属性だと言われていたんですけれども……」
「そうなのですか? もしや、治療の結果新たに属性が増えたのかもしれません……ふむ、詳しく調べる必要がありそうですね」
オリヴァー様はなにやら考え込んでしまった。
属性が増えるというのはあまり聞いたことがないが、魔力喪失症の完治による影響は少なからずあるということだろう。
「水の魔術も使えるのなら、俺とマーガレット嬢は対極になるな」
「というと、アレクシス様の属性は?」
「もちろん、炎だ。それなりに一通り魔術は使えるけど、室内じゃあ厳禁だから今は見せられないな」
「ふふ、アレクシス君は以前室内で使って小火騒ぎを起こしましたからね」
「ああっ、オリヴァー様言わないでくださいよ!」
普段の格好つけた表情とは打って変わって情けない顔になってしまった。
アレクシス様のこういう感情がすぐ顔に出てしまうところが常々可愛いと思っている。
「あの、お嬢様は本当に大丈夫なのですよね……?」
不安そうにエレナがオリヴァー様に尋ねる。
「ええ。しかし、今後のためにも今一度詳しく調査をすべきでしょうね」
「でしたら、お嬢様の予定はこちらで調整しておきますので、なにとぞお嬢様をよろしくお願いします」
「ヴィクターにも話を通すべきでしょうが……」
そこで私は、即座にオリヴァー様に待ったをかけた。
「いや、それはちょっと」
「なぜです?」
「兄様の迷惑になってしまいますし……今更私が魔術を習ったところで、兄様にとっては面白味のない話でしょう」
実は兄を打ち倒すために魔術を習う決意をした、なんて言えるわけがない。
それらしい理由を並べたのだが、どうしたのだろうか、オリヴァー様は困惑しているようだった。
「そんなことはありませんよ。第一、ヴィクターはあなたのことを昔からずっと、それはそれはとても大切にしているじゃあありませんか」
「え……?」