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5 兄様の思い

 あれは六年前、半年ぶりに兄様が帰宅した時だった。

 その頃私は十三歳で、今よりもまだまだ幼い頃だった。


 熱が下がらず部屋で安静にしなさいと言われていたが、兄様の顔をひと目見たくてこっそり部屋を出てしまった。

 皆が楽しそうに食事をして団らんを楽しんでいるのに、私だけ暗い部屋でベッドに潜っているのが寂しかったというのもある。

 けれど、それが良くなかった。

 兄様の部屋のドアをノックしようとして、お母様との話し声が聞こえてしまったのだ。

 

『今は、マーガレットに会いたくない』


 そう告げる兄様の声を。

 

 国から才能を認められ大賢者という稀有な称号まで貰っているのに、妹はロクに魔術も使えず社交界に顔を出すことさえできない。

 きっと周りに紹介なんてとてもじゃないが出来やしないのは分かっていた。

 

 今でこそ大切なマーガレットなんて言ってくれるものの、かつての兄様にとって私が疎ましい存在だったのは揺るぎない事実だ。

 こればかりはカイル様に打ち明けることもできないことだ。

 この出来事は私の心に重くのしかかり、それ以降兄様との距離はますます開くばかりであった。

 

「それに、兄様の妹として世間から注目されるのであれば、なおさらお付き合いさせて頂く相手は自分で選ばなくては。兄様の力を狙う悪しき方々に騙されて、兄様に迷惑をかけるようなことはしたくありません」


 カイル様の言うように、私に危険が迫るのだとしたら、なおさらのこと兄様にばかり頼っていられない。


「私はきっと、兄様みたいになりたいんです。強くて、自由で、なんでも出来る……。そのためには、もう兄様に頼ることはもうやめなければ」

「マーガレット嬢……」

「それに、兄様のことを抜きにしても、結婚はしてみたいんです。優しい旦那様と、素敵なお家で仲良く暮らせたらって思ってるんですよ」


 少し重くなってしまった雰囲気を変えるように、私はわざと明るく笑ってみせる。

 

「ほら、うちの両親はすごく仲良しじゃないですか。私、初恋とかまだしたことがないので、そういう心から愛し合うっていうのに憧れてるんですよ! 夢見がちだと思われるかもしれませんが……」

「いいえ、夢を見ることは大切ですから。やはりあなたの志は美しいですね」

「とにかく、私は幸せを掴むためにも、心優しくて素敵で両親と兄様の利益にもなるような殿方と結婚したいんです」


 これも私の本音のうちの一つだ。

 恋愛どころか友人もいない状況ではあるのだが、やはり初恋ぐらいはしてみたい。

 アレクシス様は私の初恋になれる相手だったかもしれないが、私が完全に恋というものを自覚するより先に逃げられてしまったので、結局まだ叶えられていない。

 一通り私の話を聞いてくれたカイル様は、理解したとばかりに大きく頷いてくれた。


「マーガレット嬢の気持ちはよく分かりました。なかなか要望が多いですが、どうやらあなたの意思は、僕たちが思うよりも固いようだ。ねぇ、ヴィクター」


 カイル様が振り向いて兄様の名前を呼ぶ。

 

「に、兄様!?」


 なんと驚くことに本当に兄様がいるではないか。後ろでエレナがぺこりと礼をしている。

 お茶菓子を追加で持ってくると言っていたのに戻りが遅いと思えば、お菓子ではなく兄様を連れてくるとは。


「エレナ! いつの間に!?」

「ヴィクター様とは良く知る間柄であるとはいえ、未婚のお嬢様と密室で二人きりにはできないでしょう」


 だから扉も開けてエレナも同席していたはずなのだが。

 文句を言おうと思ったが、それより気になることがあった。

 

「良く知る間柄って……」

「俺とカイルは昔からの知り合いだ。父様がカイルを呼んだのもそれが理由だろうな」


 全く知らなかった。

 カイル様も最初から言ってくれればいいものを。


「お嬢様の大好きなレモンタルトですよ」

「わあっ! エレナのタルト、私大好き!」


 勝手に同席する兄様へ私が何か言う前に、察したエレナにケーキで封じられてしまった。

 仕方がない。好きなのだから。

 昔は病気のせいでお腹いっぱい食べられなかったから、今はとにかく食事の全てが最高の幸福をもたらしてくれる。


「それで、カイルにも求婚したらしいな」

「もちろんです。兄様とカイル様に、絵の勝負をしてもらおうと思ったんです」


 正直に白状すると、兄様はぴたりと動きを止めてしまった。

 隣のカイル様に至っては笑いが堪えきれないようで肩が震えている。


「な、なんですか二人して」

「あれ? マーガレット嬢は、ヴィクターの絵を見たことないんです?」


 当然見たことなどないので頷く。

 

「カイル様、この話題はやめた方が……」


 エレナがカイル様を止めようとするが、一体どうしてエレナはそんなに焦った顔をしているのだろう。


「やめろ言うな」


 兄様が困っている。

 そんな姿を見るのは初めてで、ますます興味が湧いてきた。


「教えてください、カイル様。兄様はどんな絵を描かれるのですか?」

「ええもちろん。ヴィクターの絵はそれはそれは独創的で感動しますよ。僕は初めて見た時、腹を捩りながら床を転げ回り全身で喜びを表現する羽目になりました」

「そんなにすごい絵なのですね……!」

「やめろって」

「本当にすごいですよ。犬を題材にしたのに、あんな、あんなとんでもない生き物が生み出されるなんて……ははっ」

「カイル、もう出ていけ。追い出すぞ」

「あはっ、あはははっ!あっははははは!」


 爽やかな笑い声とともに、カイル様は兄様の魔術で勢いよく廊下の向こうまで吹き飛ばされた。


「あああ、カイル様が! エレナ、何とかしてあげて!」

「無茶言わないでくださいよ」

「放っておけ」


 エレナに追いかけるよう指示したが、指ひとつ動かさず人を吹き飛ばしておきながら、兄様は顔色ひとつ変えようとしない。

 あんまりではないかと、兄様の服の裾を引っ張って揺らしながら抗議するもこれにも全く動じていない。

 

「それで、お前はまた婚約を申し込んだのか。だがな、カイルだけはやめておけ。またベッドの上に逆戻りになるぞ」

「やはり監禁されて人形に!?」

「ちょっと酷いな。冗談ですって、マーガレット嬢。人形にはしませんよ」

「監禁はするんですか!?」


 カイル様はエレナに介抱されながら戻ってきたが、不穏なことを言ってきた。


「ムカつくのでひとつアドバイスをしてあげます。マーガレット嬢、ヴィクターを黙らせたいのなら、まずは自分自身でこの男を打ち負かしてごらんなさい」

「私、自身で……」


 思わぬ提案だった。私は愕然としたまま固まってしまう。

 

「ヴィクターより強い相手なら結婚していいんですよね。ということは、あなた自身がヴィクターより強くなれば、もうヴィクターは口出し出来ないということですよね?」

「まあ、確かにな。だが、マーガレットには無理だ」


 呆れたような兄様をよそに、私は興奮のまま叫んだ。


「そ、それだー! それです! 私自身で兄様に勝とうだなんて、考えたこともありませんでした!」

「お嬢様!?」

「やってやりますよ! 兄様、お覚悟ですわ!」


 作戦会議を開始するため、早速エレナを連れて自室に戻ろうとする。


「変なことを教えるな。あれならまだ婚活の方がマシじゃないか」

「あなたはマーガレット嬢を傷つけることが出来ませんから、マーガレット嬢こそがあなたを倒せる唯一と言っても過言ではないでしょう。楽しみですね、あなたが地にひれ伏すのを見れるとは」

「少なくとも貴様にはひれ伏さないがな」


 カイル様と兄様はよほど仲良しなようだ。

 小声でなにやら話しているが私には聞こえない。

 けれど、兄様の表情を見ているとなんだか楽しそうにも見え、私はそのまま声をかけることなく去っていった。

 


「愛する人を縛り付けて隠したいのは、あなたも同じでしょう。嫌われたくなかったら、多少は素直になるべきだ」

「お前だけには言われたくないがな」

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