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2 掴んでみせます、良縁!

「ヴィクターに恩返しがしたい? じゃあ、結婚すればいいのよ」

「結婚? おば様、それ本当?」

「ホントよぉ。大賢者様との繋がりが欲しい人なんて星の数ほどいるわ。そこから真に相応しい相手を見抜き、賢者と伯爵家に利益をもたらすような結婚をすればいいのよ」


 見舞いに来てくれたおば様は、すっかり元気になった私に大喜びしてくれた。

 時々見舞いに来てくれるおば様とのお茶会は、私のささやかな楽しみであり、さっぱりした性格で話し上手なおば様はなんでも相談できる相手だった。

 それで、兄様への恩返しについて相談してみたのだが、結婚を、と言われるとは思わなかった。


「確かに、結婚はいつかしなきゃと思ってたけど……。でも、友達どころか知り合いだっていないのに……」

「そう焦る必要はないわ。じきにあなたのところにもたくさんのお誘いがくるでしょう。見てちょうだい」


 おば様が差し出したのはゴシップ誌だ。

 よくおば様も読んでいるその雑誌の一面には、驚くような文章が書かれていた。


『大賢者様の愛した妹君は何者か?』


 どうやら大賢者が魔力喪失症の治療薬を開発するきっかけとなったのが私であるとどこからか知れ渡ったようで、私に関する様々な憶測が書かれている。


「な、なにこれ……!?」

「あなたはまだ社交界に出ていないものね。皆気になっているのよ。ルティルス伯爵家の深窓の令嬢と仲良くなれば、大賢者にお近づきになれるんじゃないかって」

「私と仲良くしたって兄様は何も思わないと思うけど」

「そんなことはないわよ。それに、あなたの婚約者になれば賢者の身内にもなれるってことよ。あのヴィクターでも、妹の婚約者を無視するような真似はできないわ」


 そうだ、私本人に関心がなかったとしても、ルティルス伯爵家の一員となるのであれば兄様と一切関わらないなんてことは起こりえない。

 ゴシップ誌の記事にあるような、美しい兄妹愛だとか大賢者様は妹を何よりも可愛がっているだとかは正直ピンと来ない話だが、ほとんどの人は間に受ける可能性は高い。

 そもそも伯爵家の内情というか、マーガレット・ルティルスという個人を知る人がほぼいないからだ。

 

「あなたを利用してやろうと考える人たちは山ほどいる。でも、惑わされちゃだめよ。伯爵家にもあなたにも相応しい相手かどうか、しっかりと見極めるの」


 おば様は真剣な顔でそう言う。

 

「どうすれば見極められるの?」

「もちろん、相手のことを深く知るのよ。表面上だけならいくらでも取り繕うことは出来る。その人の本性を見なきゃ」

「本性を、見る……」

「大丈夫よ、私がちゃんと教えてあげるから。そんなに難しく考えないで、あなたならきっとできるわ」


 かくしておば様の後押しにより婚活を決意するも、あっさり両親と兄様に止められてしまい、早々に出鼻をくじかれてしまった。


 

 そして、冒頭へと戻る。


「どうして私の婚活は上手くいかないのよ……」


 最初は私に友好的だった貴族の青年たちは、大賢者様におそれをなして婚約は無かったことにと逃げ出すばかり。

 大賢者への憧れから私に近づいてきた人もいるが、そういう青年たちは大賢者様を討ち取るなど出来るものかとひれ伏したりもしていた。


 今回出会ったのは騎士団員であり侯爵家の三男、アレクシス様だった。

 彼は艶やかな赤髪を持つ誰もが見惚れるような美形の青年あり、若き美貌の剣士なんてあだ名が付けられているくらい。

 パーティーで声をかけてきたのは向こうからだ。

 兄様に黙って参加したはいいものの仲の良い友人もおらず、最近知り合った殿方からは尽く避けられるという始末でヤケになってひたすら食事に夢中になっていたところで話しかけられた。


『可愛いお嬢さん、いい食べっぷりだねぇ。元気があって素敵だよ』


 ウインクをしながら気さくに話しかけてきたイケメンを前に、私は彼ならばいけるのでは……!? と強い確信を得ていた。

 ちょっとチャラチャラしてるけど、アレクシス様は話し上手で一緒にいて退屈することのない人だった。

 家柄も良く、王宮騎士団所属という肩書きも申し分ない。

 アレクシス様は旅行が好きとの事で、まだ国外どころか街中にもほとんど出たことの無い私に、色々な国の話を聞かせてくれたりもした。

 いつか一緒にオーロラを見に行こう……素敵なセリフとともに私の手の甲に口付けをした彼は、まさに歌劇に登場する貴公子そのものだった。

 だがその貴公子も兄様の登場により、可哀想にも皆の前で泣き顔を晒しながら逃げてしまった。


「あーあ、アレクシス様ならきっと素敵な旦那様になってくれると思ったのに……」


 伯爵家へ戻る馬車の中で、兄様に見せつけるかのように大きくため息をつく。

 

「アイツがか? はは、お前は本当に見る目がないな。あんな軽薄な男のどこがいいんだ」

「だって、アレクシス様はオーロラを見に連れて行ってくれるって……」

「なるほど。その程度の自然現象なら、今夜にでも俺が起こしてやろう」

「だから軽々しく天候を操るのやめてよ! そういうことじゃないんだってば!」

 

 恩を返すために良い結婚相手を探すはずが、恩を返したい相手から妨害されているなんて、一体どうしてこんなことになってしまったのか。

 どうせ兄様のことだから、私にはロクな結婚ができないと思っているのだろう。

 たしかに私は兄様に比べるとなんの取り柄もない。

 凄まじい魔法が使えるだとか、とんでもない頭脳の持ち主だとかそういうスケールの大きな話ではなく、これといった特技も長所もなく、ついこの間まで病に倒れていた事以外はすべて平凡だからだ。

 これまで勉強はできる範囲で頑張ってきたけれど、魔術の練習は今からでは到底遅れを取り戻すことなんて出来やしない。

 見た目ですら兄様に比べれば天と地ほどの差がある。

 兄様の美しい黒髪も凛とした佇まいも私にはない。癖のある茶髪で身長も平均、特徴があるどころか平均的すぎて舞踏会で似たような顔の人と二、三人すれ違うぐらいだ。


 でも、だからと言って人を見る目すらないだなんて思われたくはない。


「俺が魔術で剣を浮かせただけで腰を抜かすような男だったんだ。俺が直接出向かなくとも、いつかは本性を現しただろう」

「そりゃ十本も同時に剣を向けられたら誰だって怖いでしょ」


 兄様は魔術で剣を十本も宙に浮かせ、自由自在に操っていた。

 しかも本人は両腕を組んだまま一歩も動かずに、だ。

 大賢者と言えど本職は魔術師の癖して、どんな武器でも思いのまま操るなんておかしいだろう。


「戦場では弱い者から淘汰される。奴はお前という美しき姫を巡る戦場で俺に勝てなかったというだけのことだ」

「うわ、また変な呼び方された……」


 アレクシス様を見事退けた兄様は非常に満足そうだった。

 楽しそうなその顔を見ていると、ますます心の中の炎が燃え上がる。


(くっ、何度も何度も、これ以上負けてたまるものか……!)

 

 こうなったらもう引き下がることはできない。


「ねぇ、ヴィクター兄様……」


 拳を握りしめながら、改めて兄様の名を呼ぶ。

 

「どうした、マーガレット」

「兄様より強い人となら、結婚を認めてくれるのよね」

「ああ。だがそのような者、いるはずが……」

「必ず見つけてみせるわ! 最強の大賢者より強い人を見つけて、結婚してみせるから!」


 私の宣言に、兄様は少し驚いたように目を見開いている。


「……できるものなら、やってみせろ。俺はどんな相手でも、お前を渡したりしない」

 

 もうそろそろ諦めるとばかり思っていたのだろう。

 これしきのことで諦めてたまるものか。

 絶対に兄様も両親も幸せに出来るような最高の良縁を掴んでみせようじゃないか!

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