第百五十六章 記憶だけが頼り
記録が消える世界では、
過去は存在しない。
だが――
人は、それでも“覚えている”。
曖昧で、不確かで、
時に歪む記憶。
それでもなお、
それだけが“自分の証拠”となる。
エコー・ベルトで頼れるものは、
ただ一つ――記憶だった。
◆作戦変更
「ログに頼るな」
アストラの一言で、
艦の運用方針は大きく変わった。
リーナがすぐに理解する。
「リアルタイム共有を強化する」
「口頭確認、
視覚確認、
そして……」
マリナが続ける。
「“今見たこと”を、
その場で全員に伝える」
カイが頭をかく。
「つまり、
人間ログか」
プクルが元気に鳴く。
「ぷくる!(おぼえる!)」
◆違和感の増幅
艦は、さらに奥へ進む。
その途中で、
再び“何か”が視界をかすめた。
「今、右舷に影!」
カイが叫ぶ。
「確認――
……できない」
リーナが困惑する。
「見たのに?」
「センサーに残ってない」
マリナが低く言う。
「また来たわね」
◆記憶の食い違い
アストラが即座に問う。
「全員、見たか?」
「見た!」カイ。
「……一瞬だけ」リーナ。
「私は、形までは認識できていない」マリナ。
プクルが震える。
「ぷくる……(くろいの)」
「……バラバラだな」
カイが呟く。
アストラは頷く。
「それでもいい」
◆仮設の真実
「一致しなくてもいい。
“共通点”だけ拾う」
リーナが整理する。
「右舷方向、
一瞬の影、
低反応」
マリナが補足する。
「存在はある。
だが、
固定できない」
「つまり、
“いるけど捕まらない”」
カイがまとめた。
◆ドタバタ観測
「じゃあこうしよう!」
カイが突然立ち上がる。
「全員、
違う方向を見張る!」
「え?」
リーナが一瞬止まる。
「で、
見えたら即叫ぶ!」
「原始的すぎない?」
マリナが苦笑する。
「でも、
今はそれが一番確実だろ?」
沈黙の後、
アストラが言った。
「採用」
「マジで!?」
◆観測開始
艦橋は奇妙な状態になった。
カイは右舷。
リーナは前方。
マリナは後方。
アストラは全体を俯瞰。
プクルは――
ぐるぐる回っていた。
「ぷくる!?(どこみればいいの!?)」
「落ち着け!」
カイが笑う。
◆再出現
その時だった。
「来た!前方!」
リーナが叫ぶ。
「いや、右だ!」
カイ。
「後方にも反応!」
マリナ。
アストラが低く言う。
「……囲まれている」
全員が息を呑む。
だが次の瞬間、
全てが消えた。
◆確信
「今のは、
錯覚じゃない」
アストラが断言する。
リーナが頷く。
「同時に複数方向で観測」
「しかも、
記録には残らない」
マリナが静かに言う。
「この宙域は、
“存在そのものを曖昧にする”」
カイが顔を引きつらせる。
「それ、
どうやって戦うんだよ……」
◆新たなルール
アストラは、
ゆっくりと立ち上がった。
「戦わない」
「……は?」
「まずは理解する」
「ここでは、
“確定できないもの”を相手にしている」
「なら、
確定しようとするな」
その言葉に、
全員が静かになる。
◆記憶の共有
リーナが提案する。
「簡易記憶同期」
「各自の認識を、
一定間隔で口頭共有する」
マリナが頷く。
「“個人の記憶”を、
“集合の認識”にする」
カイが笑う。
「チーム戦ってことか」
プクルが元気に鳴く。
「ぷくる!(みんなでおぼえる!)」
◆進む理由
艦は、
ゆっくりと前進を続ける。
記録は残らない。
だが、
彼らは覚えている。
今、何を見たか。
どこに違和感があったか。
そして、
“ここに何かがいる”という確信だけは、
消えなかった。
アストラは静かに呟く。
「記録がなくても、
俺たちは進める」
エコー・ベルトで頼れるものは、
機械でも記録でもない。
“人の記憶”だった。
曖昧で、不完全で、
それでも消えないもの。
ノヴァ・リュミエール号は、
記憶を繋ぎながら進んでいく。




