第百五十五章 エコー・ベルトの違和感
異常とは、必ずしも爆発や崩壊を伴うものではない。
むしろ――
「何も起きていないこと」こそが、
最大の異常である場合もある。
エコー・ベルト。
未観測宙域に指定されたその場所は、
静かすぎるほどに、何もなかった。
◆エコー・ベルト
ノヴァ・リュミエール号は、
ゆっくりとエコー・ベルトへと進入した。
星はある。
小惑星もある。
だが――
「……動きが、少なすぎる」
リーナが眉をひそめる。
「自然にしては、
静かすぎるってことか?」
カイがモニターを覗き込む。
「ええ。
重力波も、
電磁ノイズも、
ほぼ“理想的すぎる”」
マリナが呟く。
「整いすぎた空間は、
自然じゃない」
プクルが小さく鳴いた。
「ぷくる……(こわいしずけさ)」
◆違和感の正体
アストラは、
センサー表示をじっと見つめる。
「……反響がない」
「反響?」
カイが聞き返す。
リーナがすぐに理解した。
「通常なら、
電波を発すれば、
微弱な反射が返ってくる」
「でもここは、
“吸い込まれてる”」
その言葉に、
艦橋の空気が変わる。
◆テスト
アストラは指示を出す。
「短距離パルスを撃て」
「了解」
リーナが操作する。
通信パルスが放たれ、
空間へと広がっていく。
……。
返ってこない。
「やっぱりか」
カイが低く言う。
「これは……
“空間そのものが吸収してる”?」
マリナが推測する。
◆ドタバタ開始
その時、
警告音が鳴った。
「え!?
通信ログが全部消えてる!」
カイが慌てる。
「ちょっと待って、
記録バッファも空になってる!」
リーナが焦る。
「いやいやいや、
さっきまであったよな!?」
プクルが慌てて走り回る。
「ぷくる!?(きえた!?)」
マリナが冷静に端末を確認する。
「……違う。
消えたんじゃない」
「“残らない”のよ」
◆記録できない空間
アストラがゆっくり言う。
「この宙域は、
情報を保持しない」
「……は?」
カイが固まる。
「通信も、
ログも、
履歴として残らない」
リーナが補足する。
「つまり、
“過去が消える空間”」
「それ、
めちゃくちゃ危険じゃないか!?」
◆影の兆し
その時、
センサーに微弱な揺らぎが映る。
「……何かいる」
マリナが呟く。
だが、
次の瞬間には消える。
「今の、記録は?」
アストラが問う。
リーナが顔をしかめる。
「……残ってない」
「見たはずなのに?」
「ええ」
プクルが震える。
「ぷくる……(みたのに、ない)」
◆仮説
アストラは整理する。
「この宙域は、
情報を吸収する」
「だから、
存在しても“記録できない”」
カイが顔を引きつらせる。
「それって……
敵がいたらどうすんだよ」
マリナが答える。
「“その場でしか認識できない”敵」
「最悪じゃん」
◆決断
アストラは操縦席を握る。
「深入りはしない」
「だが、
この異常は放置できない」
リーナが頷く。
「観測方法を変える必要がある」
「記録に頼らない観測……」
カイが頭を抱える。
プクルが小さく鳴いた。
「ぷくる……(いまだけが、ほんと)」
◆静かな恐怖
艦はゆっくりと進む。
だが、
どれだけ進んでも、
“変化の記録”は残らない。
それはまるで、
同じ場所を何度も繰り返しているような感覚だった。
アストラは、
わずかに目を細める。
「……ここは、
時間さえ曖昧になるかもしれない」
誰も、
すぐには返事をできなかった。
エコー・ベルト。
そこは、
“記録が存在しない宙域”だった。
見たものは消え、
起きたことは残らない。
それでも、
ノヴァ・リュミエール号は進む。




