第百五十一章 信仰と利益の狭間で
信仰は、人の心を支える。
利益は、人の生活を支える。
どちらか一方を切り捨てれば、
残された側も長くは立っていられない。
ガンマ・スパインでの静かな合意の裏側には、
まだ言葉にされていない不満と恐れが残っていた。
ノヴァ・リュミエール号の役目は、
“合意の後”にこそ試される。
◆合意の余熱
航路分離と物資優先供給の合意から、数日が経過した。
表向き、ガンマ・スパイン宙域は落ち着きを取り戻している。
「数値上は安定してる」
リーナが報告する。
「輸送遅延、物資不足、どちらも改善傾向」
「でも……」
カイが言葉を継ぐ。
「空気は重いままだな」
マリナも頷く。
「合意は“紙の上”で成立しただけ。
感情は、まだ追いついていない」
プクルが窓の外を見ながら鳴く。
「ぷくる……(えがお、すくない)」
◆くすぶる声
艦内に、非公式の通信が届いた。
差出人は、宗教共同体の若い巡礼代表だった。
『信仰を守るために譲った。
だが、
なぜ我々だけが“理解する側”でなければならない?』
続いて、別の回線。
企業圏の現場責任者からだ。
『現場は疲弊している。
利益を削られた責任は、
最終的に誰が取る?』
「……両方とも、本音だな」
カイが低く言う。
アストラは通信を切らず、
静かに聞き続けていた。
◆どちらの味方でもない
「キャプテン」
マリナが問いかける。
「ここから先は、
どちらかに寄り添う言葉を
求められるわ」
「分かってる」
アストラは短く答える。
「でも、
寄り添いすぎれば、
反対側から“裏切り”に見える」
リーナが現実を突きつける。
プクルが不安そうに鳴く。
「ぷくる……(むずかしい)」
アストラは深く息を吸った。
「だからこそ、
俺たちは“どちらの味方でもない”」
「……それ、
一番嫌われる立場だぞ」
カイが苦笑する。
「知ってる」
◆再訪
アストラは決断し、
再びガンマ・スパインの会談ステーションへ向かった。
今回は、公式会談ではない。
宗教側の巡礼代表。
企業側の現場責任者。
立場の“中間”にいる者だけを集めた小さな場だった。
「合意は守られている」
アストラは前置きなく言う。
「だが、
納得はされていない」
沈黙。
◆言葉にする
最初に口を開いたのは、巡礼代表だった。
「我々は、
信仰を“妨げられないこと”を求めているだけだ」
企業側が反論する。
「こちらは、
生活を支えるために掘っている」
アストラは、
どちらも否定しなかった。
「どちらも正しい」
二人が同時に顔を上げる。
「だから問題なんだ」
◆狭間
リーナが静かに補足する。
「信仰は、
数字では測れない。
だが利益は、
数字でしか維持できない」
「狭間にいる人間は、
常に両方から削られる」
マリナが続ける。
その言葉に、
企業側責任者の表情が曇る。
巡礼代表も、目を伏せた。
◆新しい役割
アストラは提案した。
「“信仰と利益の調整委員会”を作る」
「警察主導じゃない」
「現場主導だ」
「巡礼と企業、
双方から同数を出す。
俺たちは、
最初の枠組みを作るだけ」
カイが小声で言う。
「……手間かかるぞ」
「だからこそ、
外から壊されにくい」
アストラは答えた。
◆揺れる同意
しばらくの沈黙の後、
企業側責任者が口を開く。
「……上は嫌がるだろうな」
「信仰側も、
“妥協”だと叩かれる」
巡礼代表が続ける。
「それでも、
今よりマシだ」
アストラの声は低いが、確かだった。
二人は、
ゆっくりと頷いた。
◆帰路
艦に戻る途中、
カイが息を吐いた。
「英雄どころか、
嫌われ役まっしぐらだな」
マリナは微笑む。
「でも、
壊れにくい形を残した」
プクルが元気に鳴く。
「ぷくる!(つづくへいわ!)」
アストラは星図を見つめる。
「一歩ずつだ。
銀河は、
一気には変わらない」
信仰と利益は、
永遠に交わらない対立ではない。
だが、
放置すれば必ず刃になる。
調整役の仕事は、
答えを出すことではなく、
“話し続けられる場”を残すこと。
ノヴァ・リュミエール号は、
その狭間に立ち続ける。




