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名無しの物語

ご縁がないのは呪いのせいだと思っていましたが、災いの元は僕の口でした

この話と対になる短編を同時投稿しています!

「聞いてくれ、またダメだったんだ……!!」

 同僚に泣きつくと、気心知れた同僚たちは困ったように顔を見合わせた。



 婚約が駄目になったのはこれでもう何度目だろうか。

 途中までは順調に関係を積み重ねているという感触があるのだ。なのに、毎回相手から断りを入れられてしまう。

 しかもなぜか、解消や白紙撤回、婚約破棄の場合も相手の有責。

 理由を聞いても『どうしても婚約を続けるのは難しい』と言われてしまう。

 僕も両親も、理由がわからないこの現象に頭を抱えていた。



「今度の相手は誰だったっけ?」

「子爵家の子。寄子だからさすがに大丈夫だと思ったんだけど、どうしても無理だと言われてしまった……」


「……で、どうするんだ、次は」

「人を雇って、今まで婚約者になってくれた家からなんとか理由を聞き出そうという話になっているんだ。ああもう、どうしてだろう。いったい僕にどんな呪いがかかっているんだと言うんだ」


「……呪い?」

「呪いだろう!婚約していい関係を築いていても、突然断られてしまうんだ。呪い以外に何があるんだ」


「呪いってまさか、祈祷師とか頼もうとしてないよな?」

「当然だろう。呪いを解けば解決するなら、解くしかないじゃないか」


「やめておけ」

「どうしてだ!」

「ぼったくられるだけだ」

「やってみなければわからないだろう!?それとも君たちは、その呪いの正体がわかるというのか!?」


 しばらくの沈黙の後、同僚の低い声が静かに響いた。

「……心当たりは、ある」

「なんだって!?」

 友人の両肩をつかみ、激しく揺さぶる。

「教えてくれ!僕にはもう後がないんだ!!このままでは結婚できないどころか、僕が跡を継げなくなる可能性だってある!!」


「待て待て、落ち着け。お前、今まで婚約がダメになってきたタイミングに共通点はなかったか?」

「ええ?共通点?……そうだなぁ、城から近い喫茶店で、相手の子はケーキ、僕はサンドイッチを食べてい……そうか!原因はあの店か!!行って苦情を申し立てなくては!!」


「だーかーら、落ち着け」

 もう一人の同僚が僕を椅子に座らせた。


「……まったく、お前仕事はできるし立ち居振る舞いもスマートなのにな」

「本当だよ、どうしてここだけ誰も指摘しないのか」

「指摘?僕に落ち度があるのか?」


「ある」

 同僚二人の声が重なった。

「教えてやらなかった俺たちにも非があるのかなぁ」

「いや、それはどうだろう。基本的にはお育ちの問題だろう」


「なっ、二人とも、僕の家を侮辱するのか!?」


「……お前、今の自分が置かれた状況をわかった上でそれ言ってる?」

「わかっているとも、原因があるならすぐに排除しなければならない!教えてくれ、どうしたら解決するんだ」


「どうする」

 目の前の同僚二人が、ふたたび顔を見合わせた。

「こいつが落ち着かないと職場の空気もざわついたままだし、相手探しに支障が出てるやつもいるからなあ」

「……わかった、俺は記録用の魔道具を課の存続に関わる緊急事態だと言って借りてくる。お前は食堂に行ってくれ、サンドイッチでいい。あとアイスコーヒー」

「任せろ」


「え?」

「そんなんじゃ飯も喉を通ってないだろ。これから原因と解決策を教えてやるから、待ってろ」



 そして、数分後には、目の前に庁舎の食堂で一番の人気メニューであるミックスサンドイッチと、アイスコーヒーが置かれていた。

「お待たせ、魔道具借りてきた。一番性能良いやつ」

「助かる。これなら原因も一発だ」

「ええと、コーヒーとサンドイッチ、記録魔道具で解決するのか?」

「まあまあ、深いこと考えずに、とりあえず食え。どんな感じでデートしたのか再現してみろ。原因はそこにある」



「……っそれでな、彼女はケーキが運ばれてきたのを、っ目を輝かせてたんだ」

「……うん……」

「それなのにケーキを口に……っした瞬間、っいきなり顔が曇ってだな」

「ああ……」

「気分が悪くなったって言ってトイレに立った、んだよ。しばらく戻って……来なくてさ、っ。

 次の約束をする間もなく帰っ、てしまったんだ、失礼だと、思わないか……っ?」


「まあ……」

「……だろうな……」

 同僚二人の表情がどんどん曇っていく。

 僕の気持ちを理解してもらえたのだろうと気分が良くなった僕は、アイスコーヒーを飲み、サンドイッチを食べながら愚痴をこぼし続けた。



「はあ、ごちそうさま。やはりここのサンドイッチは美味いな。

 ところで、これで原因がわかるって言ってたのは、どういうことなんだい?」


 同僚を見ると、二人ともテーブルに顔を伏せている。

「これはダメだ……」

「直るのかこれ……」


「直る?どういうことだ?」


 ゆっくりと同僚たちが顔を上げる。

「お前、真実を知る覚悟はあるか」

「もちろんだとも!それで僕の婚約が続かない問題が解決するなら、臨むところだよ」


「……わかった」


 サンドイッチとコーヒーが載っていたトレイを脇に退けると、コトリと魔道具がテーブルの中央にセットされた。


「よーーく、見とけよ」


 そして、スイッチが押される。

 魔道具の上に、サンドイッチとアイスコーヒーを食べる前の僕が映し出されていた。


『っはあ、美味しいなぁ』


 っちゃ


「……は?」

「黙って最後まで見ろ」


『……っそれでな、彼女はケーキが運ばれてきたのを、っ目を輝かせてたんだ』


 ぴちゃっ


『それなのにケーキを口に……ちゃ、っした瞬間、っいきなり顔が曇ってだな』


 ずぞぞぞぞ


『気分が悪くなったって言ってトイレに立った、んだよ』


 っちゃっちゃ


『しばらく戻って……来なくてさ、っ。

 次の約束をする間もなく帰っ、てしまったんだ、失礼だと、思わないか……っ?』



 なんだ、これは。

 話がまるで入ってこない。

 不快な音ばかりが耳につく。

 口にサンドイッチが入ったまま話している僕の表情の、何と無様なことか。


「やめてくれ……」

「まだ終わってないぞ」

「もう良い!やめてくれ!!もうたくさんだ!!」


 耳を塞いで下を向いた僕の様子に、同僚が魔道具を止めた。


「……僕はいつも、あんな感じなのかい……?」

「残念ながら」

「だから、お前が食事しながら仕事する時、誰も部屋にいないだろう?」

「ああ……あああ……」


 静かに、右肩に手が置かれたのがわかった。

「だからな、お前が頼むのは祈祷師じゃない、マナー講師だ」




 退勤後、その足で両親の元へ赴き、写しを取らせてもらった僕の食事光景を見てもらった。

 最後まで再生して両親を見ると、二人とも顔を青ざめさせていた。


「……これが同僚に教えてもらった、僕が婚約を続けられない理由です。

 なぜ、食卓を共にしている父上や母上は指摘してくださらなかったのですか」


「あなたは喋らない子だったけれど、食事の時だけはあれこれと話してくれていたから、それでいいと思っていたのよ……」

「確かに気になってはいたが、客観的に見るとこんなに不快なものだったのか」

 母は涙を流し、父は頭を抱えた。


「僕に必要なのはマナー講師だと同僚が教えてくれました。父上、母上、講師の方を探していただけませんでしょうか。厳しい方で構いません、むしろ厳しい方が良い。徹底的に身体に叩き込まないと……これはもう、僕たちだけで直せるものではありません。僕も、良い方がいないかを当たってみます」



 その後、母が探してきてくれた子どもを対象としているマナー講師の方に、恥を忍んで教えを乞うことになった。


『恥ずかしながらこの歳まで、自分の食べ方の汚なさを自覚する機会もなく来てしまいました。このままでは伴侶を得られないどころか、社交に出ても笑い者になってしまいます。どうか徹底的に指導していただきたい』


 ひとまわり年上と思われる講師の男性は、僕の悲痛混じりの声を聞いて深く二度うなずいた。

『大丈夫ですよ。大人になってから、改めてお食事のマナーを身につけたいという貴族の方はそれなりにいらっしゃいますし、私は平民から貴族になられた方にもお教えしております。

 自覚できたことが矯正への第一歩です。身体がしっかりと覚えるまで、頑張りましょう』



 それから。

 一人での食事、家族との食事、同僚との食事と様々な状況下で咀嚼音を立てずに口を閉めて食べる特訓をした。

 日々全ての食事の様子は全て魔道具で記録し、どういう時に口元が緩むのかを見返して記録をつける。

『とても熱心に研究なさるんですね』と先生に褒めていただいた。


 不快とされる咀嚼音を感知すると警告音が鳴る魔道具がとても役に立った。これはフェリティカの魔道具師塔にいる至高の魔道具師ヨルムの発明で、爆発的に売れているものだと後で知った。


 特訓の甲斐あって、四ヶ月で僕は先生のお墨付きをいただくことができた。

 現在は隔月の面談と、咀嚼音を検知すると微弱な電流が走る指輪を着けている。


 今まで僕と婚約してくれていた全ての相手に、お詫びの手紙を送った。

 精神的苦痛を与えてしまい本当に申し訳ないと思っていること、講師を雇って矯正をし、現在は改善していること。

 慰謝料をいただいている家にはお返ししたいこと。また、明らかに僕に過失があるため、こちらから賠償金をお支払いしたいこと。


 経済的に困窮していると思われるいくつかの家を除く、大半の家からは受け取りを辞退された。

 これからの幸せを祈念している、というありがたい返信もいただいた。



「……そういうわけで僕は訳ありなんだけれど、もし君が良ければ結婚を前提に交際をしてもらえないだろうか」

 同僚に紹介してもらった、王城に勤めている女性と、サンドイッチが美味しいあの喫茶店で向かい合っている。


「素直な方だとは聞いていたけれど、どこまでもまっすぐな方なのね」

 目の前の彼女が柔らかく微笑む。

「食事のマナーは厳しい家で育っているから、私も注意するけれどそれでも良いかしら」

「むしろこちらからお願いしたい!もうあんな恥ずかしい様をさらすのは懲り懲りだ」


 悲鳴に近い声を上げると、彼女の笑い声が半個室の中に響いた。

「ふふ、喜んで。どうぞよろしくお願いしますね」

「ああ、こちらこそ。君のような人に出会えたんだ。僕に指摘をしてくれた彼には頭が上がらないよ」

「近いうちにあの夫婦とお食事でもしましょうか」

「……それはもう少し先にしても良いだろうか?緊張しすぎて味がわからなくなりそうだよ」


 そうこぼすと、彼女は「きっと大丈夫、あなたなら」と微笑んで、僕の指輪をはめた右手を見つめた。

「……ありがとう」


 彼女となら、きっと笑いの絶えない食卓を囲めるだろう。

 その未来を早く引き寄せることを決意して、私はそっとコーヒーを口にした。

お読みいただきありがとうございました。

……本当にですね、クチャラーが駄目でですね……この主人公の彼が矯正できたのは「クチャラーさん、どうぞ気付いて……!」というわたし自身の願いが120%ほど込められています。


この物語の主人公は誠実な人だったので、ハッピーエンドと相成りました。

サラリと出てくる矯正用魔道具を開発した魔道具師のヨルムとは、現在公開中である拙作の約半数に出てくるイオルムというキャラクターの魔道具師名になります。もしご興味を持っていただけたら、他の作品もお読みくださると作者冥利に尽きます!

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― 新着の感想 ―
加齢でクチャラーになる方もいますね
口は災い...そっちかあw確かにお断りされますね。 自身がクチャラーなのにそれに気づかず「クチャラーは滅せよ!」って憤ってた知人を思い出しました。
最後の一文を見て、あれ?と思いました。 そういえば咀嚼音は特訓してるけど、飲み物を啜る音については何も書いて無いなと。 まさかこの後「ずぞぞぞぞ」と来て新たな波乱という落ちだったり? でも複数人が録画…
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