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価値観の違い

 夕食の食器を確認し終えると、シェフは王宮料理人たちに囲まれていた。


「時間までに戻って来いよ!」


 シェフは私にそう言い残し、彼らの相手につとめる。

 試食の講評やソルテラ伯爵家での仕事内容を彼らに話すのだろう。

 私はシェフに頭を下げ、厨房を出た。


「さてと……」


 夕食の時間まで城内を散策していい許可を貰った。

 厨房を出れば、ここで住み込みで働く非番のメイドたちが談笑していたり、兵士か騎士の野太い声が聞こえる。近くに訓練場があるのだろうか。

 城内を散策したいという欲が出てきたが、私はここに観光しに来たわけじゃない。ここでオリバーが国王になんと言われたのか、それを確認しに来たのだ。

 私はぶんぶんと首を振り、誘惑を断ち切った。


「予定だとオリバーさまは――」


 頭の中でオリバーの予定を思い出す。

 今は王様と謁見中だったはず。そのあとは夕食まで自由な時間が与えられていたはずだ。

 謁見はどれくらい続くのだろうか。

 戦時中で王様も忙しいだろうから、そう長くはないはず。


 オリバーが滞在する客間を目指そう。

 私は目的地に向かって歩き出した。

 城内は広く入り組んだ通路が多くて、大いに迷った。

 様々な人たちに道を尋ねながら、通路を歩き、階段を上って下ってを繰り返し、足が棒のようになったところで、着付けの先輩に会うことができた。


「エレノア、その顔……、道に迷ったのね」

「はい……」

「あなた、仕事は?」

「夕食まで自由にしていいと言われましたので、オリバーさまの所に顔を出そうかと」

「へえ、騎士さまの訓練とか見学したら良かったのに」


 これがもし先輩だったら、本来の目的である”幸せな結婚”のため独身の騎士や近衛兵がいる宿舎の見学をして目当ての男に声をかけに行っていただろう。

 私は先輩の答えに苦笑しながら、彼女にオリバーの居場所を訊く。


「オリバーさまなら、王様との謁見が終わって、部屋に戻っているわよ」

「そうなんですね」


 オリバーは国王との謁見が終わり、部屋に戻ってきているらしい。

 私が会いたげな顔をしていたからなのか、何も言わずとも先輩が「こっちよ」とオリバーがいる客間へ案内してくれた。それについて行く。


「あ、エレノア! 夕食のほうは順調かい?」


 客間に入ると、ソファに座り、水を飲んで休憩しているオリバーがいた。

 その傍にはもう一人の先輩が立っており、オリバーの様子を伺っている。

 客間は私たちが用意された部屋とは違い、質の高い家具や装飾品が置かれている。

 ベッド、テーブル、ソファ、デスク、すべての家具が白に統一され、絨毯やベッドの天蓋などの布地は赤と黄になっており、豪華な刺繍が施されている。絨毯を踏んだ時の質感はふんわりしていて暖かい。

 王様に招かれた客人が一泊する部屋として、すべて品質の高いもので揃えているのだろう。


 オリバーは私に気づくなり、手を振って声をかけてくれた。

 私はオリバーに一礼し、彼の前に立って近状を報告した。

 一部こちらで用意したものを使い、皿や食材などはシェフが試食をして確認していること、私は夕食の時間まで自由時間を貰ったこと。

 オリバーは私の話を黙って聞いてくれた。


「夕食のメニューについてですが――」

「そ、それはいい!! 楽しみにしておくから」


 メニューについて触れると、すぐにオリバーが制止する。

 提供されてからのお楽しみにするみたいだ。


「あの……」

「なんだい?」


 報告が終わり、私はここへ来た目的を遂げるため、メイドとして逸脱した質問をオリバーにする。


「国王は何故オリバーさまをお呼びになったのでしょうか」

「エレノア!!」

「ああ……、気になっちゃうよね」


 オリバーに本題を投げる。

 その内容を聞き、先輩が私の事に注意をしようとするも、オリバーは笑顔だった。


「僕も少し話したい気分なんだ。二人とも、そこに座ってくれるかな」

「……」


 私と先輩は向かいの席に座る。

 先輩に肘で小突かれるものの、私は頭をぺこっと下げて謝った。

 先輩は不満な表情をこちらにむけたものの、ふうとため息を吐き、許してくれた。


「僕が王様に呼ばれたのは……、マジル王国との戦争の話だ」


 やっぱりそうだ。

 オリバーは王様に呼ばれた少し後に、出兵し命を落とした。

 前線に出ろ、などと命令されたに違いない。


「戦場に出て存在感を出せ……ってさ」

「存在感?」

「戦っている兵士たちに会って『頑張れ』って応援してくるのかな」

「えっ」


 王様は戦場へ向かえとオリバーに命令した。

 けれども、オリバーの言いようだと魔道兵として戦うわけではなく、皆の士気があがるよう顔を出すだけでいいみたいだ。

 でも、何故オリバーは前線へ出て戦死してしまうのだろうか。

 私が知っている未来と繋がらず、思わず声を出してしまった。


「オリバーさま、戦場へ行かれるんですよね」

「うん」

「……戦うのですか?」


 震える声で私はオリバーに訊ねた。

 国王はそういうけれど、オリバーは命令通り動くのか、それとも違うのかと。


「どうしてそんなことを聞くんだい?」

「その……、優しいオリバーさまのことですから、戦場の様子を見たら、加勢してしまうのではないかと。オリバーさまを失ってしまうのではないかと私、怖くて……」

「僕のことを心配してくれるんだね! そう想ってくれるなんて、主人として嬉しいよ」


 私は本音をオリバーに告げた。

 私が行動を起こさなければ、近いうちにオリバーは戦死する。

 戦争でオリバーを失ってしまう。

 私はそれが怖いのだと彼に告げると、オリバーは私を元気づけようと明るく振舞っていた。


「僕はね、先祖が成した過去の栄光で貴族として幸福な生活を過ごせている。そのツケをどこかで返さなければいけないって思っているのさ」

「ツケ……」

「カルスーン王国のツケ。ソルテラ伯爵家の秘術を盾にして外交をしてきたこと」

「それは――」


 私たちに話したいこと。

 それはオリバーの本心だ。


「僕は前線へ行って、決着を付けようとおもう。この戦争を終わらせたいんだ」


 前線へ行くのは国王の命令だからではない。オリバーがそうしたのだと私は五度目の【時戻り】で理解した。



 オリバーの本音を聞き、しばらくして夕食の時間が来た。

 私は厨房へ戻り、給仕する際のポイントをシェフに聞く。


「じゃ、行ってこい」

「はい」


 前菜が置かれたカートをぎゅっと握りしめ、私は国王とオリバーがいる場所へ進む。

 数歩進むと、横長の白いクロスが敷かれたテーブル、天井をシャンデリアが明るく照らし、壁紙はストライプ柄とシンプルなものだった。

 国王とオリバーが向かいあう形で座っている。

 私はカートをオリバーの後ろまで押し、二人の会話が止まるのを待つ。


「君が余の料理を食べるのは珍しいな」

「王宮料理がどういうものか、興味が湧きましてね」

「ほほう」

「今日は楽しませていただきます」


 会話が途切れた。

 私はオリバーの前に前菜を置く。

 そして、シェフが用意した白ワインの封を開け、グラスに注いだ。


「その酒は?」

「メヘロディ産の新酒です。庶民でも手に入る安価なものですが、これが食事に合うのですよ」

「ふむ、メヘロディの酒か」

「いかがですか?」

「では、それを」


 私は頭を下げ、テーブルを周り、王様の傍に立つ。

 王様は手を挙げ、傍にいた男性を呼んだ。毒見役である。

 私はグラスに白ワインを少し注ぎ、毒見役の様子を見守る。

 毒見役は何事もなく、私が注いだワインを飲み干した。

 空になったグラスに再びワインを注ぐ。


「そこでよい」


 国王が止め、私は一礼してオリバーの元へ戻る。


「では、乾杯といこう」


 国王がグラスを掲げる。

 オリバーがグラスを重ね、カンッと乾いた音を鳴らし、夕食が始まった。



 二人の夕食は順調に進んだ。

 国王の話にオリバーが合わせているといった様子。

 ただ、戦争の話になると二人の価値観が違っているのが分かる。


「お主が戦場へ向かえば、兵の士気もあがろう」

「そうですね……」

「兵士はまだ用意できる。お主の秘術を使うと脅し、そなたが姿を少しでもみせれば、奴らは撤退してゆくさ」

「そうだといいのですが」


 食事の会話から、国王は兵力にまだ余裕があると思っている。

 どう考えてもカルスーン王国の方が苦境に立たされ、村から若い男を兵士として出さなければいけない状況だというのに。

 もしや、下々の生活を知らないで言っているのだろうか。

 酒がまわり、調子のよい国王と対してオリバーの表情はかげってゆく。

 オリバーは立ち寄った村の現状を目にしてきたばかり。それで『兵力に余力がある』と言われたらたまったものではないだろう。

 謁見の間でも価値観が違うと思ったはず。


(だからオリバーさまは『決着をつける』と仰ったのね)


 私は食事をするオリバーを見て、ぎゅっと決意を固めた。



 王城から屋敷へ戻った数日後に、オリバーは使用人とメイドの全員に戦場へ出兵する意を伝える。

 そして、オリバーは命を落とし、私は六度目の【時戻り】を始めるのだ。




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