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平民と王族の食事事情

 庭を一望できる大きなガラス張りの窓が割られ、破片が床に散らばっている。

 大きな物音はこのガラスが割られた音で間違いないだろう。

 眼前のオリバーは杖を強盗たちに向け、険しい顔で睨みつけていた。


「誰の差し金だ……!」


 オリバーは語気を荒げ、強盗の主犯が誰なのか尋ねる。

 強盗は手足を縛られ、オリバーに追及されても何も答えなかった。

 使用人の一人が、ランプに明かりをつける。部屋一帯がうっすら明るくなった。

 部屋が明るくなり、強盗の顔がぼんやり分かるようになる。

 強盗は男五人の若者だった。


「マジルの暗殺者か? 申せ! 申さなければこの場で――」

「ち、違う! 俺たちは建物の下にある集落の者だ」

「……村民、なのかい」


 オリバーに緊張が走っていたのは、マジル王国の者ではないかと思っていたから。 

 今はマジル王国と戦争中。

 両国のスパイや暗殺者が有権者の命を狙ってもおかしくはない。

 マジル王国が戦争の切り札であるソルテラ伯爵を狙うのは当然のことである。

 オリバーが殺されれば、二つの秘術を行使するものがいなくなり、カルスーン王国は敗戦は濃厚だ。

 しかし、一人の男がオリバーの脅しに屈し、身の上を明かした。

 私たちが利用している建物から坂を下りると小さな村がある。

 彼らはそこの住人だと答え、予想外の回答にオリバーの声が裏返り、動揺が隠せていない。


「ソルテラ伯爵さまを脅せば、お金と食料が手に入ると思って」


 男たちは強盗に入った理由を私たちに語る。

 村に住む彼らは、兵士として近々、最前線へ徴兵される。

 男手は自分たちを除けば、後は老人、老婆、女、子供しかおらず、食料を確保するのが厳しくなる。そんなときに伯爵貴族が一軒家を借り、一泊するという情報を聞きつけ、犯行に及んだとか。


「オリバーさま、どうされますか?」

「……」


 オリバーの隣に立っている使用人が尋ねる。

 事情は分かるが、強盗に出たことは良くないことだ。


「とにかく、この人たちの足の拘束を解いて、村まで返してきて」

「かしこまりました」


 オリバーは隣にいる使用人に強盗たちの拘束を一部解くように命じる。

 使用人はオリバーの言う通り、彼らの足の拘束を解いた。


「シェフ、食べ物は大目に持ってきてるよね」

「はい。一日余分には――」

「僕の食事を減らしてもいいから、二日分の食事を彼らに」

「えっ」

「城では用意されたものを食べることにする。それなら一日浮くだろう」

「そうですね……、今、支度します」


 オリバーは強盗の要求通り、一部の食料を彼らに与えることにしたようだ。

 こちらにとっては二日分の食料だが、平民からしたら一週間分の食事になるだろう。

 飢えを少しは満たせるはずだ。


(やっぱり、オリバーさまは優しい)


 オリバーでなければ、貴族を襲った罪で殺されていただろう。

 使用人が強盗たちを連れて集落へ向かい、シェフは彼らに与える食料を仕分けする作業へ向かう。

 騒動は一件落着。

 オリバーはふうと息を吐き、緊張が解けたようだ。


「他の者は明日に備えて眠ること」


 オリバーはふっと杖を窓の方に振った。

 すると、床に散乱していたガラスの破片が窓に密集し元通りになる。

 【時戻り】の魔法で強盗が割ったガラスを元通りにしたのだ。


「エレノア、部屋に戻るわよ」


 私は先輩に声をかけられるまで、じっとオリバーを見つめていた。

 星空を見上げるオリバーの姿が、いつもの彼とは違った気がしたから。



 翌日。

 強盗に強襲されるという事態に見舞われたが、王城へ向かうことには変わりない。

 私は早く起き、先輩に化粧をしてもらう。


「えっと、こんなかんじでいい?」

「はい。ありがとうございます」


 色とりどりの粉と多種多様なブラシで、私の顔は二重ぱっちりな別人の顔になる。


「あんた、化粧映えするわよね。やり方、自分で覚えたらどう?」


 先輩は私の顔にそのような感想を述べる。

 簡単に言うが、この顔にするために私が知らない様々な技術が使われている。

 その技術は今の【時戻り】で体得するのは難しいだろう。


「そのうち……、覚えます」


 次の【時戻り】には。

 私は肝心な部分を心に秘めて、先輩に答えた。



 強盗騒ぎなどがあったが、私たちは予定通り王城へ辿り着くことができた。

 カルスーン王が澄む居城。サンジェマリーン城という。

 城壁に囲まれた石造りの大きな建物というのは、他の城と変わりないが、この城の特徴は何重にもかけられた”魔法障壁”だろう。

 この魔法障壁は攻撃魔法はもちろん、不審者、侵入者の探知にも作用する。

 それに引っかからないよう、居城を許された者たちには飾りのついた布製のブレスレットが渡される。外した場合、魔法障壁の効力が発動し、魔力を吸い取られ、身動きが取れなくなるとか。

 オリバーと私たちは国王から招待されているので、ブレスレットは配られている。


 二つの馬車は城内に入り、オリバーは用意された部屋へ通される。


「エレノア、俺たちは厨房に行くぞ」


 シェフは城へ着くなり、私にそう言った。

 ここで使うはずの食材は昨夜、飢えていた村人たちに配ってしまった。

 食事を用意してもらう件は城へ入る際、オリバーが頼んである。

 きっと、兵士を通してこの城の料理人に伝わっているだろう。

 シェフは晩餐のメニューを確認しにゆくようだ。


「わかりました」


 本当はオリバーに同行したかったが、私が選ばれたのは”給仕”。彼の付き人ではない。

 私は己の仕事を全うするため、シェフと共に厨房へ向かった。



 最新の料理器具が並ぶ厨房では、ソルテラ伯爵家よりも多くの料理人たちが働いていた。

 彼らに話を聞くと、今晩はカルスーン国王とオリバーだけで食事をするそうだ。


 当初はソルテラ伯爵を主賓に、周辺の貴族を集め、立食形式の晩餐会を開こうとしていたそうだが、それはオリバーが却下したとか。

 大勢の人間が参加する立食形式の晩餐会など、いつ毒を盛られてもおかしくない。断って当然だ。

 カルスーン国王が主催し、招待される客はカルスーン王国の貴族とはいえ、マジル王国へ寝返っている裏切者がいるかもしれない。

 そうなった場合、オリバーの暗殺を画策する可能性があるのだ。

 とはいえ、このあと無事、オリバーは屋敷に帰ってくる。

 それだけは、【時戻り】で解っている。


 認めたシェフの料理しか口にしないオリバーが突然王宮料理を口にすると言い出したため、厨房の料理人たちは緊張していた。

 だけど、シェフがやってくると空気は一変。

 話しやすい性格と料理の技術の高さも相まって、王宮の料理人たちはシェフに尊敬のまなざしを向けていた。


(王宮料理人よりも、シェフのほうが尊敬されるのね……)


 私は王宮料理人たちが尊敬のまなざしでシェフをみつめる姿を見て、そう思った。


「それで、オリバーさまの料理はこいつに給仕させて欲しいんだが」


 シェフは隣に立っていた私の背をぐいっと押し、宮廷料理人たちに私という存在を示す。

 当然、私に視線が集まった。


「分かりました。晩餐のメニュー一覧を持ってきます」

「あんがとさん」


 急な要求でも、彼らはすぐに対応してくれた。

 この人たちの間ではソルテラ伯爵の厳格な食事ルールは常識なのかも。

 私は晩餐のメニューを受け取り、それを読む。

 前菜、スープ、主食、メイン、デザート。


(扱っている食材が豪華ね……)


 昨日立ち寄った村人たちの食事とは雲泥の差だ。

 城下町で暮らす平民たちも、一食がやっとというくらい戦争で食料が不足しているというのに。

 苦しい情勢とは思えない食事内容だと私は心の中でモヤモヤとした感情が膨らむ。


「どうだ? 出来そうか」

「出来ますけど……、一応、食器とグラス、カトラリーなどを確認したいです」

「グラスとカトラリーはこっちのものを使う。皿は……、料理に合わんかもしれんからな。一緒に確認しよう」


 シェフが私に確認をとる。

 メニュー内容については、扱っている食材が豪華なだけで屋敷のものとあまり変わりない。

 ミスすることはまずないだろう。

 気になることと言えば、皿、グラス、カトラリーなどの食器類だ。

 グラスとカトラリーはこちらが用意したものを使う。それはもちろん毒物対策である。

 ただ、皿はあちらが用意する料理に合わないかもしれない。二人で確認したほうがよさそうだ。


「でしたら、試食いたしますか?」

「いや、食材がもったいないだろ」

「余分に用意していますから、そちらは問題ありません。私共はソルテラ伯爵家の料理人として二十年勤めていらっしゃるシェフの感想を聞きたいのです!!」

「そ、そう言われちまうとな……」


 王宮料理人に力説され、シェフは頬に手を当て、照れ隠しをしていた。


「エレノア、お前は皿を確認したら晩餐まで自由にしてろ。ブレスレットをみせれば、誰かが城内を案内してくれるだろうから、暇はしないはずだ」

「シェフは――」

「ああいわれちゃ、断れん。料理の講評をするさ」


 夕方まで自由時間が出来るのはありがたい。

 オリバーに近づくには食事以外、難しいと思っていたが、運は私の方に向いている。


(オリバーさまの元へ行こう)


 私はそう決めた。



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