最強の魔術師
「ブルーノちゃん。最近、オリバーと仲がいいみたいね」
食卓に入ると、スティナとブルーノの会話が聞こえた。
スティナの言う通り、最近のブルーノは女遊びを控え、オリバーと秘術について話している。主に進捗を聞き、助言をしている。
スティナはそれが気に入らないらしい。
「そう。ソルテラ伯爵さまの邪魔はしないようにね」
「はい、母上」
スティナの注意にブルーノは頷いた。
素直なブルーノの態度を見て、スティナは満面の笑みを浮かべた。
「私としては、こんな醜い子より、ブルーノちゃんの方がソルテラ伯爵にふさわしいと思うけど」
(はあ? 何言ってるんだ、この人は……)
当主のオリバーの目の前で、堂々とスティナは悪口を言う。
私は思わず、スティナに向けて暴言を口にしてしまうところだった。
カートを押す手を強く握り、頭にのぼった血を冷やす。
「……」
ブルーノはバツの悪い顔でオリバーの様子を伺っている。
オリバーは片手でブルーノに合図を送る。
スティナを指し、どうぞといった仕草を彼女に見えないところでとった。
きっと、オリバーは”スティナに話を合わせろ”とブルーノに指示を送っているのだ。
オリバーの指先を見たブルーノはコクリと小さく頷き、いつもの傲慢な表情を浮かべる。
「母上の言う通りです。こんなブタより、俺の方が優れているに決まってる!! ああ、どうしてこいつがソルテラ伯爵なんだろうなあ」
(……そういうことか)
ブルーノがスティナに同調し、オリバーを罵倒する。
しかし、オリバーは失礼な態度を取っている二人を無視している。
短い会話で、三家族の関係について分かった気がする。
スティナはオリバーの事が大嫌い。自分で産んだ子ではないから、愛情が湧いてこないのだろう。
オリバーの優しい性格を”気弱”だと勘違いして、彼が言い返さないことをいいことに、平然と当人の前で悪口を言う。
オリバーはいらない。溺愛しているブルーノがソルテラ伯爵になればいいと。
服、宝石、化粧品を好きなだけ買い、綺麗な姿で愛人と逢引きが出来るのは誰のおかげなのか。
スティナはそんな簡単なことさえ分かっていないようだ。
対して息子のブルーノは、ソルテラ伯爵として慕っているオリバーと実母のスティナの間に板挟みにされている。母親が失言をした際、オリバーの顔色をうかがっていたことから、母親に話を合わせているのだということが分かった。
ブルーノがオリバーのことを「ブタ」などと罵倒するのは、スティナの機嫌を損ねないためのパフォーマンスなのだ。すっぴんの私に対する嫌がらせや女遊びは、板挟みにされていることに関しての”憂さ晴らし”だろう。
(ブルーノには同情しちゃうけど、やられたことは簡単に許せないわ)
私はふうっと苛立ちを吐き出し、仕事モードに切り替える。
「前菜のレッタスとペペーマンのチーズドレッシング和えでございます」
三人の会話が途切れたところで、私はオリバーの前に料理を置いた。
☆
三人の関係を知った日から更に一ヶ月が経つ。
オリバーがカルスーン国王に招集されることがメイド長の口から発表される日だ。
「さて、オリバーさまが王城へ向います。三泊四日の旅となるでしょう」
ソルテラ伯爵邸から王城まで、移動が一日かかる。内訳は往復に二日、城に一日滞在といったところか。
「この中からオリバーさまに同行する者を選ぼうと思います」
オリバーに同行するメイドは三人。使用人が三人の計六人。その六人の中にはオリバーの食事を調理するシェフも含まれている。
今まで私は王城に行きたいと、オリバーに同行したいと思っていないため、立候補はしなかった。
だけど、今回の【時戻り】は王城へ行き、国王がオリバーになんと言ったのか確認するのが目的だ。
「あら、エレノア。積極的でいい子ですね」
私はこの場で挙手した。
メイド長は私が手を挙げたことに対して、目を細め、褒めてくれる。
「手を挙げた者、前へ」
メイド長の声がけにより前へ出たメイドは私含め七人。定員の四人オーバーしている。
「意欲のある方たちですね」
立候補した面々を見て、メイド長はそう評価した。
ここから三人、どう決定するのか。
五度【時戻り】している私は、その方法を知っている。
「では、この中から三名、私が指名します」
メイド長は日頃の仕事態度で三名選出する。
立候補したメイドたちは私よりも技術が優れた者たち。
彼女たちの本当の目的は、王城に勤務している年頃の騎士や近衛兵を引っ掛けたいという私欲だ。実際、それに成功したメイドが何人かいるとか。
「私はオリバーさまに同行しませんのでーー、付き人はあなたに任せましょう」
「はい!」
「着付けはあなたね。王に謁見しても恥ずかしくない格好にしてください」
「任せてください!!」
内の二人は簡単に決まる。
二人はメイド長お墨付きのベテランなのだから。
最後の一人に選ばれるために、掃除、洋裁の仕事を選択せず、料理の仕事を選択した。
「では……、最後の一人ですが」
コホンとメイド長が咳払いをする。
(これで、選ばれなかったら次の【時戻り】でーー)
次の一言で私の運命が決まる。
生唾を飲み込み、私は緊張に耐えた。
「エレノア、貴方にします」
「は、はい!!」
「貴方にはシェフの補助とオリバーさまの料理の配膳をお願いします」
「分かりました! ありがとうございます!!」
よかった。選ばれた。
シェフの元で給仕を学んでよかったと心の中で喜ぶ。
「貴方たちは明日からオリバーさまの荷造りと、滞在スケジュールを頭に叩き込んでもらいます。その間はエレノアを除き、メイドの仕事は免除いたします」
「「はい!!」」
三人の返事が重なった。
私だけ仕事が免除されなかったのは、配給するパンの仕込みと調理をしなければならなかったからだ。
「話は終わりです。各自、仕事に戻りなさい」
ポンと、メイド長が自身の手を叩いた。
その音を合図に、私たちは元の仕事に戻る。
(【時戻り】の目的が果たせそうで良かったわ)
最後の一人に選出され、私はほっと胸をなでおろした。
☆
メイド長に選ばれてから二日後、私たちはソルテラ伯爵邸を出た。
【時戻り】を始めて二度目の外出だ。
二台の馬車が街道を一列に走る。
私は後ろの馬車に乗っており、その前にオリバーと付き人のメイド、戦闘力のある使用人二人が同乗している。
「エレノア」
着付けを担当する先輩に声をかけられた。
「あなた、貴族や騎士の殿方に興味ある?」
「そうですね……」
着付けの先輩の目的は、貴族や騎士に見初められ、幸せな結婚をすること。
彼女は、没落した貴族の出で華やかな人生に憧れている。この遠征を出会いの場と思っており、仕事の意欲は低いほうだ。
私の目的は、オリバーの運命を変えることであり、出会い目的ではない。だけど、ここできっぱり興味がないと答えてしまうと、先輩の機嫌を損ねそうだし、話を合わせても後々面倒だ。
「オリバーさまの料理を提供することで頭がいっぱいなので、他の方とお話する余裕は私にはありませんわ」
考えた末、私は与えられた仕事が手一杯だと答えた。
「ふーん、じゃあ化粧はどうする?」
「王城に滞在する際はお願いしたいです」
「わかった。明日の朝、やってあげるわ」
「ありがとうございます。お願いします」
「その代わり、顔のいい騎士さまがいたら、私に教えるのよ」
「はい。その時があれば……」
やっぱり、先輩はこの遠征に人生をかけている。
邪魔はせず、協力しようと私はメラメラと出逢いに情熱をかけている先輩を横目にそう思った。
ソルテラ家の屋敷から王城までは移動に一日かかるため、夕方ごろに馬車をソルテラ家御用達の宿場にとめ、明日に備えないといけない。
宿場といっても、オリバーを含む七名が泊れる大部屋を借りるのではなく、宿主が貸し出している一軒家を借りる。それも豪華な庭と噴水が付いている裕福な家庭が購入するような家だ。
(オリバーさまって、気さくに話しかけてくれるから忘れちゃうけど、れっきとした貴族なんだよね)
私は滞在する一軒家を見上げ、先頭にいるオリバーを見た。
今も、使用人と談笑している。
平民に分け隔てなく接してくれるので忘れそうになるが、オリバーは広く豪華な屋敷をもち、数十人の使用人を雇えるほど財力のある伯爵貴族。
「エレノア! なにぼーっとしてんだ。夕食の支度に入るぞ」
「はい!!」
オリバーの後姿を見ながら、ぼーっと歩いていると、シェフに声をかけられた。
私はその声で我に返り、駆け足でオリバーたちを追い越してゆく。
☆
夕食を食べ終え、割り振られた部屋に自分の荷物を置いた。
あてがわれたベッドシートの上に座り、はあと疲れを吐き出した。
「じゃ、私はオリバーさまのお世話をしてくるから」
「はい。おやすみなさい」
メイド長に代わり、オリバーの付き人を頼まれてた先輩は、そう言って部屋を出て行った。
自身の就寝前に主人のもとへ向かい、命令があるかないか確認しに行ったのだ。
「化粧するから予定より早く起こすからね」
「はい」
「ちゃんと起きるのよ」
「わかりました……」
先輩は化粧の約束をした私に早起きするよう言う。
私の化粧は単なるわがままで、オリバーの予定には入っていない。だから、朝早く起きる必要があるのだ。
「おやすみなさい」
私はベッドに寝転がり、毛布を体にかけた。
そして瞼を閉じて、深い呼吸を繰り返す。しばらくして私の意識は遠くなり、眠りについた。
そのまま朝の陽ざしが顔に差すまで目覚めないつもりだったのに、それは大きな物音によって遮られた。
「はっ」
始めは夢、そう思った。
ばっと上体を起こしたのはいいものの、辺りは暗く朝ではないことが分かる。
起こされた物音も、その後は何も聞こえない。
やっぱり、夢だったんだ。
そう思い、私は大きな欠伸をして再び横になろうと、毛布に手をかけ、身体をベッドに入れたところで、私の耳元でキンとするほどの大声が聞こえた。
「えっ、な、なんですか!?」
「……下の階の窓が割られたわ。多分、私たちの財産や食料を狙う強盗じゃないかしら」
「ご、強盗!?」
そんな話、【時戻り】では聞いていない。
オリバーが王城へ向かった三泊四日の旅では、彼に同行していた使用人とメイドは”トラブルなし”とメイド長と執事長に報告していた。
強盗に襲われたなら、はっきりと報告しているはずだ。
(もしかして、強そうな人とオリバーさまがこの場で強盗を撃退したから、なかったことにされてる?)
あるいはオリバーに口止めされているかだ。
「わ、私たちはどうすれば……」
「まずは、部屋にオリバーさまがいるか確認。それからオリバーさまの指示を仰ぐ」
「わ、分かりました」
「慌てないで、落ち着いて行動すること。あと、勝手に一人にならないでよ」
「はい」
何をしたらいいのか全く分からない私は、早口で先輩に次の行動を問う。
対して先輩は冷静で、次の行動をしっかり考えていた。
この人について行けば大丈夫。
予想もしない展開、自分が襲われるかもしれないという恐怖に身体を震わせながら、私は先輩の後ろをついていった。
私たちはオリバーの部屋へ向かう。
向かう途中、強盗がこの場をうろついていないかなど、細心の注意を払って進んだ。
(……ドアが開いてる!?)
オリバーが眠っていた部屋はドアが開いていた。
にも関わらず、シンと静まりかえっていることから強盗と対峙しているわけではなさそうだ。
その部屋に入っても、オリバーの姿はなかった。
「オリバーさまがいません!」
「……」
私は見て分かる状況を先輩に報告する。
先輩は黙って考え事をしていた。
「広間へ行きましょう。きっとオリバーさまと強盗はそこにいると思うわ」
「オリバーさまが!?」
「エレノア、落ち着いて!」
私はオリバーに何かあったのだと慌てふためいた。
冷静に考えれば、今までの【時戻り】でちゃんと屋敷に帰ってくるという未来を私は知っている。
今の強盗騒ぎで、オリバーが死ぬことはない。
でも、今の私はオリバーが強盗と対峙しているということで頭がいっぱいで、それどころではなかった。
「戦闘の音が全く聞こえてないでしょ。きっとオリバーさまが強盗を捕縛したに違いないわ」
「静かですけど……、逆ってことも――」
「私たちの主人はカルスーン王国最強の魔術師よ」
混乱している私を先輩がいさめてくれる。
そう。私が仕える主人は優しい性格ではあるものの、カルスーン王国の最終兵器、【太陽の英雄】の家系。
「その辺の強盗に負けるわけがないでしょ」
広間に着くと、五人の強盗が縄で手足を捕縛されていた。
彼らの前には杖を持ち、険しい顔をしているオリバーがいる。