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ブルーノは諦める

 オリバーが戦死する日。

 私はこの日、休みを貰い、洋裁の先輩に頼んでブルーノが好む化粧を施してもらう。


(この姿なら――)


 午後になり、使用人とメイド全員が広間に集められる。

 休みを貰っていた私も住み込みのため、強制的に呼び出される。

 広間へ行くと、輪の中心にスティナとブルーノがいた。

 少し待って、二人の口からオリバーが戦死したことを伝えられ、ブルーノが新しいソルテラ伯爵になると宣言された。


 ここまでは予定通り。


「あのブタの部屋の遺品整理をしろ!!」


 いつもであれば、オリバーの遺品整理に私を指名するのだが、化粧をしている今回は立候補制になっている。

 その中、私は手を挙げた。


「私が、やります」

「そなた……、おお、エレノアではないか!」


 立候補した私の名前を憶えてくれている。

 他に立候補するものはおらず、私は無事、ブルーノから遺品整理の役割を与えられた。

 私は前へ出て、ブルーノの前で一礼する。彼はいやらしい目で私を見ていた。


「何かあったら、俺を呼ぶんだぞ」

「かしこまりました」


 私はブルーノとスティナを横切り、階段を上る。

 そのまま横切れると思ったが、ブルーノが私の腰を抱き、耳元で囁いてきた。

 不意に耳元でブルーノの声が聞こえ、ゾクッと悪寒がしつつも、私は彼に返事をすると、すぐに離してくれた。



 二階に登り、私はオリバーの私室に入った。

 部屋のドアを閉じ、背後に誰もないことを確認すると、その場にへたり込み安堵のため息をついた。


(私が試したかったこと、一つは達成した)


 それは、化粧をした姿で参加してみること。事実、私に指名するところから、立候補制に変わった。別の誰かが指名されるわけではないことが判った。

 そうなった場合は、その人の仕事を手伝う体で隙を突いて隠し部屋へ向かい、”三か月前”へ時戻りするつもりだった。


「さて、”遺品整理”をしますか」


 次の作戦のため、私はオリバーの遺品整理を始めた。

 クローゼットにある、オリバーの洋服やネクタイ、杖、ハットは”いらないもの”。

 キャビネットの引き出しにある時計や標本になっている宝石類は”いるもの”。

 本棚にきちっと収められている本類は”分からないもの”。

 他のものも三つに分類し、せっせと片づけてゆく。

 最後に私が片づけようとしたのは、隠し部屋の入口を隠している、肖像画だった。


「昔のオリバーさま、求婚する令嬢が沢山いたんだろうなあ」


 ふくよかな状態でも、オリバーは丸くて人懐っこい瞳や、赤ちゃんの肌のようなタプタプした頬など、愛らしい部分はあった。穏やかで優しい性格も相まって、美女揃いのメイドたちに好感を抱かれていたのだが、肖像画の姿であの性格であったなら、第一印象もあいまって様々な女性に好感を抱かれていただろう。外面だけがとりえのブルーノの比ではないはず。


「いやいやいや、今は関係ないこと!」


 ぶんぶんと首を振り、妄想を払う。

 肖像画を部屋から出し、隠し部屋に”ある細工”をして、ブルーノに与えられた仕事はひとまず終わったと思う。

 ―― 何かあったら俺を呼べ。


「ブルーノを呼びに行こう」


 私はオリバーの私室を出て”ブルーノを呼ぶ”という今までやらなかった行動をとる。



 私はオリバーの部屋を出て、ブルーノを探す。

 いつもなら、広間のソファにお気に入りのメイドと紅茶を飲みながら、話しているのだが。


(あれ? いないわ)


 いつもブルーノが座っている場所に目を向けるも、彼はそこにいなかった。


「あの、ブルーノさまはどちらにいらっしゃいますか?」


 私は広間の掃除をしていた先輩に声をかける。

 声をかけたメイドも私と同じく、ソファに目を向けるもそこにブルーノはいない。

 天井を仰ぎ、彼女は何かを思い出そうとしている。


「あ」


 少しして、彼女が声を発した。それと同時に晴れた表情を浮かべていることから、何か思い出したらしい。


「庭園に向かったよ」

「ありがとうございます! 行ってみます!!」


 私は尋ねたメイドに一礼し、庭園へ向かう。

 だが、庭園にブルーノの姿はない。


(もしかして、小屋にいるのかしら)


 庭園にある小屋はソルテラ伯爵以外入ってはいけない場所。

 ソルテラ伯爵になったブルーノが入ってみたいと思っても不思議ではない。

 私は軟膏草の道を通り、小屋へ向かった。

 小屋のドアを私はトントンとノックする。


「……いない?」


 私はもう一度ノックした。

 返事は帰って来ない。

 これで最後にしようとノックする。


「うるさいな!! 誰だ!!」

「わ、私です……」


 三度目のノックで、ブルーノが出てきた。

 勢いよく扉が開き、それで顔をぶつけないよう私は後ろにのけぞった。

 直後、怒鳴り声が聞こえ、ブルーノが私の前に現れる。


「エレノアか。遺品整理が終わったのか?」

「は、はい!! あと、不思議な部屋が見つかりました」

「不思議な部屋……? どんな部屋か申してみよ」

「その部屋は――」


 私は隠し部屋の存在をブルーノに伝える。

 すり抜ける壁の先に、古い書物や魔法の素材が置かれた隠し部屋を発見したと報告する。

 そして、古い書物には”癖の強い字”で書かれており、私には何が書いてあるかさっぱりだとも。


「あの、兄さんの字があったんだな!!」

「はい。ブルーノさまなら内容が分かると思いまして」

「わかった。エレノア、そこへ案内しろ」

「かしこまりました。まずはオリ……、ブルーノさまの”新しいお部屋”へ向かいましょう」


 私の作戦その二は、ブルーノを隠し部屋に入れることだ。

 これまでの【時戻り】でブルーノを隠し部屋へ入れたことはない。今まで、彼を入れるメリットがなかったからだ。

 今回の【時戻り】で癖の強い字は、ソルテラ家に代々伝わる”暗号”で誰にも読ませないためのものであること、それをブルーノが解読できることを知った。彼を隠し部屋へ招くメリットがでてきたのだ。


(ブルーノを招く前に、時戻りの水晶は隠したし……)


 私は隠し部屋で一番目立つであろう”時戻りの水晶”を目立たない場所へ隠した。

 二つ目の秘術についてブルーノの口から情報を得たら、五度目の【時戻り】をする。

 それが私の作戦の全容である。


 屋敷へ戻り、私とブルーノは二階へとあがる。


「……ブルーノさま?」


 廊下でブルーノが立ち止まった。

 そこにはオリバーの遺品が並んでいる。

 ブルーノの視線は肖像画に注がれていた。


「兄さん……」

(やっぱり、あれはふくよかになる前のオリバーさまなんだ)


 懐かしむ眼差しでブルーノが呟く。


「遊んでばかりだったが、俺がソルテラ家を継ぐから。見守っていて欲しい」

「……」


 ブルーノは肖像画に自身の決意を述べていた。

 その決意を耳にし、私は目を丸くしてブルーノを見ていた。

 視線を感じたのか、ブルーノが私の方へ向く。


「なんだ、おかしなことを言ったか?」

「その……、失礼ながらオリバーさまにそのような言葉をかけるとはと驚いてしまったのです」

「昔の兄さんは皆に羨望の眼差しを向けられる存在だった。それなのに、どうして兄さんはブタのような体系になってしまったのか」

「直接お聞きにならなかったのですか?」

「兄さんは理由を教えてくれなかった。暴食を止めろと何度も言ったが、やめなかった」

「そうですか……」


 オリバーは当主になってから、食事量を増やし、細身の体型からふくよかな体系になった。

 ブルーノはそれを制止したものの、オリバーはやめなかったらしい。


「足を止めて悪かった。さあ、隠し部屋と言うのはどこにある」

「……こちらです」


 私はオリバーの私室に入り、壁をすり抜けた。

 すぐに私の後を追って、ブルーノも隠し部屋に入ってきた。


「っ!?」


 ブルーノはこの部屋へ入るなり、すぐに日記を手に取り、ペラペラとページをめくり始めた。


「これだ、これだ!! ここにあったのか!!」


 日記の内容を理解したブルーノは興奮していた。

 無理もない、オリバーとブルーノがずっと探し求めていた魔法研究所なのだから。


「エレノア、一番古いものを探せ! 数字くらいならお前も分かるだろ」

「はい!!」


 ブルーノの言う通り、癖の強い字でも数字なら読み取れる。

 そして、一番古い書物がどこにあるのか私は知っている。

 私が文章を書き写した日記を手に取る。

 きっとこれがブルーノが探し求めてるもの。オリバーを救うためのカギ。


「ブルーノさま! こちらの日記、三百年前のものです」

「でかした!!」


 私はブルーノに初代ソルテラ伯爵が書いた魔導書を渡した。

 ブルーノはそれを受け取り、熟読する。


「初代ソルテラ伯爵が記したもの。これに”二つの秘術”について書かれているに違いない!」


 そう言い、ブルーノは魔導書を読み進めてゆく。

 私はブルーノの答えを隣で待ち続けた。

 ページをめくる音だけが続く。


「はは、はははは!!」


 突然ブルーノが笑い出した。

 額に手をやり、天井を仰いでいる。


「ブルーノさま、何か分かったのですか?」

「……もう、終わりだ」

「諦めないでください! 秘術があれば――」

「俺ではだめだ」


 突然笑ったと思いきや、ブルーノはため息をついた。

 ブルーノは何かを諦めた様子だ。


「巨大な火球を放つには膨大な魔力が必要になる。それは普通の方法では溜められない」

「二つ目の秘術が必要になるんですね? それを使えば――」

「二つ目の秘術は俺には扱えない」

「えっ」


 ブルーノが持つ魔導書に、二つ目の秘術について書かれていた。

 だけど、それには条件があるようだ。

 その条件にブルーノは当てはまっていない。


「二つ目の秘術は、”脂肪を魔力に変換する術”。兄さんじゃないと、戦争に勝てないんだよ!!」


 以降、ブルーノはずっと笑っていた。

 カルスーンは負ける、終わったと何度も呟きながら。



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