ブルーノは諦める
オリバーが戦死する日。
私はこの日、休みを貰い、洋裁の先輩に頼んでブルーノが好む化粧を施してもらう。
(この姿なら――)
午後になり、使用人とメイド全員が広間に集められる。
休みを貰っていた私も住み込みのため、強制的に呼び出される。
広間へ行くと、輪の中心にスティナとブルーノがいた。
少し待って、二人の口からオリバーが戦死したことを伝えられ、ブルーノが新しいソルテラ伯爵になると宣言された。
ここまでは予定通り。
「あのブタの部屋の遺品整理をしろ!!」
いつもであれば、オリバーの遺品整理に私を指名するのだが、化粧をしている今回は立候補制になっている。
その中、私は手を挙げた。
「私が、やります」
「そなた……、おお、エレノアではないか!」
立候補した私の名前を憶えてくれている。
他に立候補するものはおらず、私は無事、ブルーノから遺品整理の役割を与えられた。
私は前へ出て、ブルーノの前で一礼する。彼はいやらしい目で私を見ていた。
「何かあったら、俺を呼ぶんだぞ」
「かしこまりました」
私はブルーノとスティナを横切り、階段を上る。
そのまま横切れると思ったが、ブルーノが私の腰を抱き、耳元で囁いてきた。
不意に耳元でブルーノの声が聞こえ、ゾクッと悪寒がしつつも、私は彼に返事をすると、すぐに離してくれた。
☆
二階に登り、私はオリバーの私室に入った。
部屋のドアを閉じ、背後に誰もないことを確認すると、その場にへたり込み安堵のため息をついた。
(私が試したかったこと、一つは達成した)
それは、化粧をした姿で参加してみること。事実、私に指名するところから、立候補制に変わった。別の誰かが指名されるわけではないことが判った。
そうなった場合は、その人の仕事を手伝う体で隙を突いて隠し部屋へ向かい、”三か月前”へ時戻りするつもりだった。
「さて、”遺品整理”をしますか」
次の作戦のため、私はオリバーの遺品整理を始めた。
クローゼットにある、オリバーの洋服やネクタイ、杖、ハットは”いらないもの”。
キャビネットの引き出しにある時計や標本になっている宝石類は”いるもの”。
本棚にきちっと収められている本類は”分からないもの”。
他のものも三つに分類し、せっせと片づけてゆく。
最後に私が片づけようとしたのは、隠し部屋の入口を隠している、肖像画だった。
「昔のオリバーさま、求婚する令嬢が沢山いたんだろうなあ」
ふくよかな状態でも、オリバーは丸くて人懐っこい瞳や、赤ちゃんの肌のようなタプタプした頬など、愛らしい部分はあった。穏やかで優しい性格も相まって、美女揃いのメイドたちに好感を抱かれていたのだが、肖像画の姿であの性格であったなら、第一印象もあいまって様々な女性に好感を抱かれていただろう。外面だけがとりえのブルーノの比ではないはず。
「いやいやいや、今は関係ないこと!」
ぶんぶんと首を振り、妄想を払う。
肖像画を部屋から出し、隠し部屋に”ある細工”をして、ブルーノに与えられた仕事はひとまず終わったと思う。
―― 何かあったら俺を呼べ。
「ブルーノを呼びに行こう」
私はオリバーの私室を出て”ブルーノを呼ぶ”という今までやらなかった行動をとる。
☆
私はオリバーの部屋を出て、ブルーノを探す。
いつもなら、広間のソファにお気に入りのメイドと紅茶を飲みながら、話しているのだが。
(あれ? いないわ)
いつもブルーノが座っている場所に目を向けるも、彼はそこにいなかった。
「あの、ブルーノさまはどちらにいらっしゃいますか?」
私は広間の掃除をしていた先輩に声をかける。
声をかけたメイドも私と同じく、ソファに目を向けるもそこにブルーノはいない。
天井を仰ぎ、彼女は何かを思い出そうとしている。
「あ」
少しして、彼女が声を発した。それと同時に晴れた表情を浮かべていることから、何か思い出したらしい。
「庭園に向かったよ」
「ありがとうございます! 行ってみます!!」
私は尋ねたメイドに一礼し、庭園へ向かう。
だが、庭園にブルーノの姿はない。
(もしかして、小屋にいるのかしら)
庭園にある小屋はソルテラ伯爵以外入ってはいけない場所。
ソルテラ伯爵になったブルーノが入ってみたいと思っても不思議ではない。
私は軟膏草の道を通り、小屋へ向かった。
小屋のドアを私はトントンとノックする。
「……いない?」
私はもう一度ノックした。
返事は帰って来ない。
これで最後にしようとノックする。
「うるさいな!! 誰だ!!」
「わ、私です……」
三度目のノックで、ブルーノが出てきた。
勢いよく扉が開き、それで顔をぶつけないよう私は後ろにのけぞった。
直後、怒鳴り声が聞こえ、ブルーノが私の前に現れる。
「エレノアか。遺品整理が終わったのか?」
「は、はい!! あと、不思議な部屋が見つかりました」
「不思議な部屋……? どんな部屋か申してみよ」
「その部屋は――」
私は隠し部屋の存在をブルーノに伝える。
すり抜ける壁の先に、古い書物や魔法の素材が置かれた隠し部屋を発見したと報告する。
そして、古い書物には”癖の強い字”で書かれており、私には何が書いてあるかさっぱりだとも。
「あの、兄さんの字があったんだな!!」
「はい。ブルーノさまなら内容が分かると思いまして」
「わかった。エレノア、そこへ案内しろ」
「かしこまりました。まずはオリ……、ブルーノさまの”新しいお部屋”へ向かいましょう」
私の作戦その二は、ブルーノを隠し部屋に入れることだ。
これまでの【時戻り】でブルーノを隠し部屋へ入れたことはない。今まで、彼を入れるメリットがなかったからだ。
今回の【時戻り】で癖の強い字は、ソルテラ家に代々伝わる”暗号”で誰にも読ませないためのものであること、それをブルーノが解読できることを知った。彼を隠し部屋へ招くメリットがでてきたのだ。
(ブルーノを招く前に、時戻りの水晶は隠したし……)
私は隠し部屋で一番目立つであろう”時戻りの水晶”を目立たない場所へ隠した。
二つ目の秘術についてブルーノの口から情報を得たら、五度目の【時戻り】をする。
それが私の作戦の全容である。
屋敷へ戻り、私とブルーノは二階へとあがる。
「……ブルーノさま?」
廊下でブルーノが立ち止まった。
そこにはオリバーの遺品が並んでいる。
ブルーノの視線は肖像画に注がれていた。
「兄さん……」
(やっぱり、あれはふくよかになる前のオリバーさまなんだ)
懐かしむ眼差しでブルーノが呟く。
「遊んでばかりだったが、俺がソルテラ家を継ぐから。見守っていて欲しい」
「……」
ブルーノは肖像画に自身の決意を述べていた。
その決意を耳にし、私は目を丸くしてブルーノを見ていた。
視線を感じたのか、ブルーノが私の方へ向く。
「なんだ、おかしなことを言ったか?」
「その……、失礼ながらオリバーさまにそのような言葉をかけるとはと驚いてしまったのです」
「昔の兄さんは皆に羨望の眼差しを向けられる存在だった。それなのに、どうして兄さんはブタのような体系になってしまったのか」
「直接お聞きにならなかったのですか?」
「兄さんは理由を教えてくれなかった。暴食を止めろと何度も言ったが、やめなかった」
「そうですか……」
オリバーは当主になってから、食事量を増やし、細身の体型からふくよかな体系になった。
ブルーノはそれを制止したものの、オリバーはやめなかったらしい。
「足を止めて悪かった。さあ、隠し部屋と言うのはどこにある」
「……こちらです」
私はオリバーの私室に入り、壁をすり抜けた。
すぐに私の後を追って、ブルーノも隠し部屋に入ってきた。
「っ!?」
ブルーノはこの部屋へ入るなり、すぐに日記を手に取り、ペラペラとページをめくり始めた。
「これだ、これだ!! ここにあったのか!!」
日記の内容を理解したブルーノは興奮していた。
無理もない、オリバーとブルーノがずっと探し求めていた魔法研究所なのだから。
「エレノア、一番古いものを探せ! 数字くらいならお前も分かるだろ」
「はい!!」
ブルーノの言う通り、癖の強い字でも数字なら読み取れる。
そして、一番古い書物がどこにあるのか私は知っている。
私が文章を書き写した日記を手に取る。
きっとこれがブルーノが探し求めてるもの。オリバーを救うためのカギ。
「ブルーノさま! こちらの日記、三百年前のものです」
「でかした!!」
私はブルーノに初代ソルテラ伯爵が書いた魔導書を渡した。
ブルーノはそれを受け取り、熟読する。
「初代ソルテラ伯爵が記したもの。これに”二つの秘術”について書かれているに違いない!」
そう言い、ブルーノは魔導書を読み進めてゆく。
私はブルーノの答えを隣で待ち続けた。
ページをめくる音だけが続く。
「はは、はははは!!」
突然ブルーノが笑い出した。
額に手をやり、天井を仰いでいる。
「ブルーノさま、何か分かったのですか?」
「……もう、終わりだ」
「諦めないでください! 秘術があれば――」
「俺ではだめだ」
突然笑ったと思いきや、ブルーノはため息をついた。
ブルーノは何かを諦めた様子だ。
「巨大な火球を放つには膨大な魔力が必要になる。それは普通の方法では溜められない」
「二つ目の秘術が必要になるんですね? それを使えば――」
「二つ目の秘術は俺には扱えない」
「えっ」
ブルーノが持つ魔導書に、二つ目の秘術について書かれていた。
だけど、それには条件があるようだ。
その条件にブルーノは当てはまっていない。
「二つ目の秘術は、”脂肪を魔力に変換する術”。兄さんじゃないと、戦争に勝てないんだよ!!」
以降、ブルーノはずっと笑っていた。
カルスーンは負ける、終わったと何度も呟きながら。