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失われた二つの秘術

 失われた秘術!?

 私はブルーノの発言に耳を疑った。

 【太陽の英雄】であるソルテラ伯爵家の秘術といえば、太陽のような巨大な火球を落とすものだろう。それが失われていると。


(もしかして、百年前の火事で……?)


 今までの【時戻り】の情報を繋ぎ合わせると納得できる。

 オリバーの曾祖父の代に屋敷が全焼し、建て直された。

 その事件で、オリバーに隠し部屋の存在が引き継がれず、彼は新たに建てた庭園の小屋で魔法の研究をしている。

 屋敷が燃えたさい、隠し部屋の他に秘術を失ったとしても不思議ではない。


 私は新たな事実を知り、平常を装う。

 自分が四回の【時戻り】で知りえた情報を話してしまいたい。

 隠し部屋の場所を伝えたいとうずうずしていた。

 だけど、私は話すタイミングが悪いと我慢している。

 なぜなら、オリバーの部屋は誰も入ってはいけない部屋だから。許可なく忍び込もうとすれば、魔法が発動し大怪我を負うという。

 オリバーの部屋の家具の配置や引き出しの中身について言い当てたとしても、言い付けを破ったとして屋敷を追い出されてしまうかもしれない。


(オリバーさまが生存している内に屋敷に追い出されたりしたら――)


 私がメイドの職を失い、屋敷を追い出されることになったら【時戻り】が出来なくなる。

 そして、私は何もできずに諜報員グエルによってマジル王国に帰され、望まぬ結婚を強いられる運命が待っている。

 バッドエンドになりそうな出来事はなんとしてでも避けたいところ。

 

(ブルーノは……、別のことに集中してる)


 ブルーノは私が書き写した文章に集中している。私に声をかけることはなさそうだ。

 オリバーがこの部屋に来るまで、私は深呼吸をし、心を落ち着ける。



「ブルーノ、その話本当なのかい!?」


 少し経って、メイド長と共にオリバーが現れた。

 穏やかでおっとりした性格のオリバーが血相変えて、ブルーノに詰め寄っていた。


「兄さん、顔が近い」

「ご、ごめん……」


 ブルーノはオリバーに落ち着くように告げる。

 その言葉遣いは優しく、口調も穏やかだった。

 いつもはオリバーのことを「ブタ」だの罵倒するのにと、私はブルーノの対応に驚いていた。

 オリバーはブルーノの態度の変化に驚くことなく、私の隣に座った。

 ギシッとソファがオリバーの方へ沈む。


「母上には見つかってないよな?」

「うん。スティナ義母さんは町に出かけているから。しばらく帰ってこないよ」

「あの愛人のところか……」

「スティナ義母さんにとってグエルさんは心の拠り所だから。仕方ないよ」


 ブルーノがスティナの事を気にする。

 オリバーがスティナの居場所について答えた。

 スティナは愛人のグエルに会いに屋敷を出ているらしい。

 オリバーの答えを聞いたブルーノは、スティナが不在のことに安堵しつつ、グエルの存在に腹を立てていた。


(もしかして、オリバーさまとブルーノって、本当は仲がいいのかしら)


 私は二人のやり取りをみてそう思った。

 ブルーノがオリバーを罵るのは、決まってスティナがいるとき。

 スティナがいないときは兄弟として接しているのかもしれない。


「あのさ……、”秘術”のことを聞く前に――」


 オリバーが隣に座っている私をじっと見つめる。


「この人、誰? ブルーノが女の人を屋敷に連れ込んで遊んでいるのは知ってるけど、一族の大事な話に、メイド服を着させた他人を同席させるなんて……、非常識にもほどがあるし、警戒心ってものが――」

「そいつは最近入った、メイドのエレノアだ」

「え、ええ!?」


 オリバーはブルーノに小言を延々と呟こうとしたものの、私の名をブルーノが告げ、遮られる。

 それを耳にしたオリバーは化粧で別人に変わった私を二度見、三度見する。


「エレノア……、なのかい?」

「は、はい」

「へえ、驚いたなあ」


 使用人とメイドの顔と名前を憶えているオリバーが、別人同然の私を見て驚くのは当然だ。

 お気に入りの人間でないと名前が覚えられないブルーノとすれ違いが起きてしまった。


「僕のメイドだとしても、秘術の話に同席はだめだよ」


 オリバーはこの話に私が加わるのを頑なに拒否した。

 同行していたメイド長もいつの間にかいなくなっていた。

 オリバーは私に部屋から出てゆくよう指示する。


(そんな、秘術について知りたいのに)

「いや、エレノアには同席してもらう」


 秘術の情報はオリバーを死の運命から救う手がかりになるかもしれないのに、ここで退席なんてしたくない。

 考えを巡らせていると、ブルーノがオリバーの意見に反論した。


「エレノアを同席させたのは、百年経っても見つけられない秘術の手がかりを、彼女が掴んできたからだ」


 ブルーノは私が書き写したものをオリバーに見せた。


「俺ぐらいしか読めない汚い字をお前のものではと、エレノアが尋ねてきたのが始まりだ」

「それは、僕が書いたものじゃない。だとすると僕の前の代のソルテラ伯爵が書いたものかな」

「ああ。初代ソルテラ伯爵が書いた文章だ」

「初代っ!?」


 はっとした表情を浮かべ、オリバーは書かれている文字を真剣な面持ちで見つめる。


「本当だ……」

「この文字はソルテラ家の魔法を秘匿するための”暗号”。家長である兄さんと、兄さんと文通している俺しか知らない文字だ」

「だからエレノアが勝手に書いたものではなく、どこかの本から描き写したものだって証明になるけど……、僕らの秘密をペラペラ話さないでくれ!」

「別にいいだろ。こいつはメイドなんだし」

「まあ、スティナ義母よりはマシだけども……!」


 ブルーノの態度にオリバーはため息をついた。

 私がその事実を知ったとしても、”暗号”を解読できるわけではない。

 知られてまずい人物は身近にいて、名前が挙がったのが二人の母親であるスティナである。

 スティナがこの事実を知れば、愛人のグエルにすぐ話してしまうだろう。


「……エレノア、絶対に誰にも言っちゃだめだからね」

「心得ております」


 オリバーが同席を許してくれた。

 危機を乗り越えることができ、私は安堵する。


「ブルーノ、君は秘術を探してくれていたのかい?」

「まあな」

「そっか」

「父上は死に際に『ソルテラ伯爵に代々伝わる”二つの秘術”は曾祖父の代で失われた。秘術の手がかりを探し、兄の手助けをせよ』と俺に遺言をのこした」

「父さんがそんなことを……」

(秘術って……、二つあるの!? 一つは火球を放つ術だろうけど、もう一つは何だろう)


 一つだと思っていた秘術が”二つ”あることに私は驚きを隠せない。

 一つは巨大な火球を落とすものだろうが、もう一つはなんのことかさっぱりである。


「父上は『初代は秘術の他、魔道具を製造することに長けていたと伝わっている。初代から伝わる魔法研究所は火事で焼失していないのかもしれない』とも言っていた」

「そう。僕にはそんなこと言ってなかったなあ」

「兄上には秘術を再現する研究を引き継がせたかったんだろう」

「うん、父上のことだ。きっとそうだね」


 ブルーノの心意を聞き、私は二人の外面しか見えていなかったことに気づく。

 ブルーノはオリバーの外見や体型は気に入らないものの、現ソルテラ伯爵の目的である”失われた二つの秘術を再現する”ことについては協力的な姿勢をとる。

 秘術の手がかりが書かれた紙を目にし、メイド長に「オリバーを呼べ」と告げたのは、オリバーを当主として認めている証なのだ。


(ブルーノ、大嫌いだけど、使える男ね)


 オリバーはこの場に私がいることから言葉を選んで話しているが、ブルーノは気にせず話してくれる。

 癖字の秘密や、前ソルテラ伯爵の遺言などを私の前でペラペラと。


「ただ、これだけじゃ足りないね」


 オリバーは紙に書かれた文章について言及する。


「一つ目の秘術しか書かれていないからな」

「ブルーノ、君ねえ……」


 私が書き写したものには一つ目の秘術の情報しか書かれていなかったらしい。

 オリバーはブルーノに注意する。

 だが、ブルーノは堂々とした態度を取っており、反省の色は見えない。


「だけど、これで魔法の研究はかなり進む。早く、完成までもっていかなきゃ」


 オリバーが研究を急ぐのは、秘術の使用が近づいているからだろう。

 カルスーン王国はソルテラ伯爵家の”秘術”を盾にして外交してきた国。

 秘術は百年前に失われているのだと国王に知られれば、ソルテラ伯爵家の存続に関わる。

 秘術の使用も今回の戦争で現実味をおびている今、秘術の再現を急がなければならないだろう。


「エレノア」

「は、はい!」

「これが書かれている魔導書はどこでみつけた?」


 不意にブルーノに声をかけられ、私はうわずった声で返事をした。

 聞かれて一番困る質問。

 本当のことを言えない私は、それっぽい嘘をつく。


「書庫を掃除していた際に見つけました」

「書庫にあったんだね!! それならどうして今まで見つけられなかったんだろう」

「本棚の奥の方に挟まっていたので……。私が見つけたのはページが破られたもので、しかも状態が古く、新しい紙に書き写すので精一杯でした」


 私は書庫の掃除も担当したことがある。その際に見つけたといえば納得してくれるはずだと考えた。現にオリバーとブルーノはその設定をすんなり受け入れている。


「それで、原本はどこにある」

「その……、言いにくいのですが、処分してしまいました」

「処分しただと!? お前!! これが俺たちにとってどれだけ重要なものか――」


 次に、ブルーノが私に問う。

 これも想定内。私はまた嘘をついた。

 すると、ブルーノがソファから立ち上がり、激怒する。

 ブルーノはテーブルから身を乗り出し、私の服を掴もうと手を伸ばす。

 暴力を振るわれる直前で、オリバーが私を庇った。


「まって、まって!! ブルーノ、落ち着いて」

「落ち着いていられるか! 貴重な手がかりをこいつは捨てたんだぞ! 仕置きしないと気が済まん!!」

「きっとエレノアは僕の古いメモだと思ったから捨てちゃたんだよ。彼女、僕らと違ってこの文字が読めないんだよ? 書き写してくれただけ感謝しないと!!」

「……そうだったな」


 オリバーの説得でブルーノは私を襲うのを止め、ソファに座った。

 ふう、とオリバーも安堵のため息をつく。


「僕はこのメモを頼りに一つ目の秘術を再現してみる」

「俺も何か見つけたら声をかける」

「じゃあ、僕はこれで」


 兄弟の話は終わり、オリバーは庭園の小屋へ戻った。

 ブルーノと私、二人だけが部屋に残される。


「エレノア」

「は、はい! 何でしょう」

「原本は破られたページのようなもの、だったんだな」

「はい」

「書庫から見つけたんだな」

「はい。奥の方にありました」

「……そうか」


 ブルーノは間髪入れずに私を問い詰める。

 私の発言に偽りはないか念押ししているようだった。まあ、すべて嘘なのだけど。


「よい働きだった。次もこのような文字を見つけたら、俺に報告すること」

「かしこまりました」

「それから、この部屋でした話は誰にもするな。それを破ったら今度こそ仕置きだからな」

「はい」

「わかればいい。話は終わりだ。仕事に戻れ」

「お時間を頂き、ありがとうございました」


 話は終わり、私はメイドの仕事に戻る。



 その後、オリバーは庭園の小屋で二つ目の秘術の再現に励んだ。

 それまであともう少しというところで、オリバーは戦場に出兵し、戦死してしまったのだ。

 オリバーが戦死し、ブルーノがソルテラ伯爵になる。

 遺品の整理を命じられた私は、五度目の【時戻り】をする前に、ある賭けに出た。



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