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魔導書を解読する方法

 私はオリバーの提案を断り、引き続き屋敷内の掃除をしていた。


 ブルーノはなにかと仕事中の私に嫌がらせをする。


 そして「ブス!」と罵倒して、スッキリした顔で私の元から去ってゆくのだ。




「あいつ……、ほんっと大嫌い!」




 私は文句を吐き出しながら、屋敷の掃除を再開する。


 単調だとはいえ、場所を間違えれば大変なことになる。


 この間の窓ふきでは大怪我を負った。あの時、オリバーが通りかからなかったら更にひどいことになっていただろう。




(でも、掃除している場所さえ気を付ければ、大したことないわね)




 ブルーノが私のことが嫌いで、嫌がらせや暴言を吐くことは仕方がない。


 だけど、彼の嫌がらせの内容を私が制御すれば、無茶難題は言ってこないことに気づいた。


 例えば廊下の掃除。この場合は私が花瓶の近くに立たなければいい。


 近くに立っていると、彼が感情に任せて花瓶を割ってしまうからだ。


 花瓶が割れたら、破片の処理、中に入っていた花の処分と水を拭き取るなど余計な仕事が三つ増える。それらをすぐに片付けろと難題を吹っ掛けるのがお約束なのだ。




(ブルーノやスティナに接触しなければ、私の仕事は早く終わる)




 これまでに三度【時戻り】している私は、ブルーノとスティナの行動パターンが手に取るようにわかる。


 それを利用すれば、二人を避けて仕事ができる。


 出会ったとしても最低限の被害に留めることができるのだ。




「いい仕事をして、皆に良い印象を与えられたと思うんだけど……」




 四度目の【時戻り】をしてから一週間経っている。


 その間の私の仕事態度はすべて”優”だった。




「そろそろ、動いてもいいころよね」




 今回の【時戻り】の目的は、癖字の解読である。


 歴代のソルテラ伯爵は似たような文字を書く傾向になる。そうなると、必然的にオリバーもああいった文字を書いているに違いない。


 オリバーと深く関わっているのは、メイド長と執事長。


 この二人が癖字を解読するための手段を持っているに違いないと私は考えた。




(まずは、”優”の成績を沢山もらって、私の存在をアピールすること)




 今まで”可”の評価しかもらえなかった私が、一週間”優”の評価を得ているのだから、そろそろメイド長から声がかかってもおかしくない。




「エレノア、ちょっといい?」




 仕事終わり、自分の部屋に戻ろうとしていたところで、メイド長に呼び止められた。




「あなた、最近調子いいわね」


「ありがとうございます」




 メイド長に仕事の成果を褒められ、私はその言葉を素直に受け取った。




「あの~」


「なにかしら」




 私は隠し部屋にある魔導書の一部をメイド長に見せてみた。


 一番古い年代の魔導書の一部をメモ帳に書き写し、そのページをちぎったもの。癖字を同じように書き写すのは大変だった。




「こちら、オリバーさまが書いたものだと思うのですが……、分かりますか?」




 私の作戦はこうだ。


 メイド長から仕事の評価を得たら、私が書き写した魔導書の文章見せ、なんと書いてあるか尋ねること。


 私はオリバーが書いた文字を見たことはない。


 だけど歴代ソルテラ伯爵が似たような文字を書いているのだから、きっとオリバーもそうだろうという可能性に私はかけてみた。




「これはオリバーさまの字……、かしら」




 私が書いたものを見て、眉をしかめながらメイド長が答える。


 やっぱり、オリバーも似たような文字を書いている。これはソルテラ伯爵家に伝わる暗号なのだ。




「ごめんなさい。私も読めないの」


「そうですか……」


「読みたいのであればブルーノさまに頼むといいわ」


「ブルーノさまに?」




 どうしてそこでブルーノの名前が出るんだ。


 メイド長の口から私の大嫌いな相手の名前が出て、思わず顔をしかめてしまった。




「オリバーさまは執事に代筆させることが多いのだけど、ブルーノさまに頼みごとをするときに、ペンを取る時があるの」


「へ、へえ……」


「明日、私から取り次いでおくわ」


「い、いえ!! ブルーノさま、私のこと、大嫌いみたいですし。顔を合わせるたび、ブスって罵られるんで!!」


「……そこは、私がなんとかします」


「わかりました。お取次ぎお願いします」




 ブルーノに会わなくてはいけない代償に、目的を達成することが出来た。


 ブルーノであれば、あの魔導書を読める。


 隠し部屋にある魔導書に何が書かれているのか、今回の【時戻り】でやっと分かるのだ。







 メイド長が優秀な私の悩みのために、私が大嫌いなブルーノに取り次いでくれた。


 約束の時間まで一時間。


 私はなぜかドレッサーの前に座っている。


 このドレッサーはスティナが化粧をするときに利用しているものだ。


 鏡に映る自分の顔。一緒に働く先輩たちとは違う地味な顔。


 先輩たちは皆、目元がぱっちりしていて、美人揃い。ブルーノに私が嫌われるのは華やかな見た目じゃないからだろう。




「はあ……」




 自分の顔と、これから起こるであろう展開をおもうとため息がでてしまう。


 メイド長は私をどうするつもりなのだろうか。


 一人、考え事をしているとメイド長が戻ってきた。彼女の隣には――。




「はじめましてー!」


「あっ、よ、よろしくお願いします」




 洋裁の先輩がいた。前の【時戻り】では共に仕事をしていたが、今回は互いに初対面。


 私はそれらしく頭を下げた。


 どうしてメイド長は洋裁の先輩をここに連れてきたのだろう。




「この子をブルーノさま好みに仕上げればいい?」


「ええ。お願いしますね」


「はーい」




 私の知らぬ間に話が進む。


 メイド長は洋裁の先輩に声をかけたあと、部屋から出ていった。




(私をブルーノ好みに仕上げる?)




 先輩は私に一体何をするつもりなんだ。


 二人きりになり、緊張で身体を強張らせていると、先輩はドレッサーの上に見覚えのある道具が次々と置いてゆく。


 白い粉、色のついた粉、キラキラする粉。


 多種多様な大きさのブラシにふわふわした綿。




(……化粧品?)




 ドレッサーの上に置かれたものは、先輩の仕事道具の一つである”化粧品”だった。


 それらは普段、スティナの若作りのために使われる。


 私に使うことは考えてなかった。




「緊張しなくていいよー」




 先輩の両手が私の両肩に置かれる。鏡に映る彼女はニカっと笑っていた。


 私は肩の力を抜くため、身体に溜め込んでいた空気を一気に吐き出した。




「あの、私をブルーノさま好みの顔にすること……、出来るんですか?」


「できる、できる!!」




 不安がる私を安心させるため、先輩は手を動かしながら話しかけてくれた。


 先輩の手は魔法のように動く。


 私の顔に様々な粉が塗られる。




(す、すごい……)




 段々と私の顔が整えられてゆく。


 鏡に映る私の顔。自分の顔なのに、別人が映っている。


 コンプレックスだった奥二重の瞼が先輩たちのようなぱっちり二重になっている。


 血色も良く見えて、とても可愛らしい。




「でーきた!」




 先輩が大きなブラシを私の頬にクルクルと回したところで、私の化粧が終わった。




「す、すごいです!! 別人が映ってる!!」


「ふっふー、私の化粧の腕はスティナさまのためだけじゃないのよ」




 スティナが洋裁の先輩を重宝している理由が分かる。


 彼女は洋裁の達人であると同時に化粧の達人。


 女性が抱えるコンプレックスを化粧で隠すプロなのだ。




「久々に別の人の化粧が出来て楽しかったあ!」


「ありがとうございます!」


「ささ、自信をもってブルーノさまの所に行っておいで!」


「はい!」




 洋裁の先輩が作ってくれたこの顔であれば、ブルーノに「ブス」と罵られない。


 嫌味もなく、本題に入ることが出来るだろう。


 私は、生まれ変わった気持ちでブルーノが待つ部屋へ向かった。







「失礼します」




 私はメイド長と約束した部屋へ入る。


 そこには、テーブルに両足をのせ、腕を組んでふんぞり返っているブルーノと、彼と雑談していたメイド長がいた。




「エレノア、来ましたね」


「……」




 ブルーノと目が合う。


 いつもであれば、彼は私の顔を見た途端、汚いものを見るような表情になり、私に暴言や近くにあるものを破壊し、無茶難題を言いつける。




「おお、いい女だな。しかもみない顔だ。新しく雇ったのか?」


「え、ええ。新しく雇ったメイドのエレノアです」


「ふーん」




 ブルーノが私の顔からつま先まで舐めるように見る。


 出会い頭に暴言を吐かれないのは良いことだが、私の顔や身体への視線はいやらしく感じた。


 性的な目で見られているのだと思うと、寒気がする。


 しかも、私がメイドとして働き始めた初日に自己紹介へ向かっているというのに、名前を忘れられてしまっている。


 ブルーノの中ではすっぴんだった私という存在はなかったことになっているらしい。




「彼女がオリバーさまの字のことで困っているので、お力添えをしていただけないかと……」


「……その字を見せろ」


「はい」




 私は隠し部屋で書き写した紙をブルーノに渡した。




「おい」




 ブルーノが険しい顔で私の書き写した癖字を凝視している。


 しばらくして、彼が声を発する。




「ここにオリバーを呼んで来い」


「……かしこまりました」


「エレノア、お前はここに残れ」


「あ、は、はい」




 ブルーノがオリバーをこの部屋へ連れてくるよう命令する。


 その命令に私の身体は反射的に動き、オリバーを探すため部屋を出てゆく動作に入っていた。


 しかし、ブルーノは私に残るよう命じる。


 どうやら、メイド長への命令だったようだ。




「オリバーさまは、庭園の小屋にいますが……」


「すぐに呼び出せ。それでもぐずったらこう言え」




 メイド長はオリバーがいる場所を告げ、呼び出すのは難しいという返事をした。


 庭園の小屋はソルテラ伯爵の魔法研究所。


 当主以外、誰も入ってはいけない場所。


 お菓子を持ってゆく以外、近づくことさえはばかれる聖域のような場所である。


 ブルーノもそれは知っていたようで、用もなく訪ねればオリバーが嫌な顔をすると分かっていた。 


 だが、そんなオリバーでもこの部屋へ飛んでくる”呪文”があるようだ。


 それは――。




「失われた”秘術”の手がかりを見つけた……、とな」




 その”呪文”はオリバーの運命を救うかもしれない、重大なものだった。

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