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私が家出をした理由

 スティナに嫌われた私は、買い物に連れて行かれることなく洋裁の仕事を続けた。

 オリバーが国王に謁見するときの訪問着を仕立て、それを着たオリバーは国王の命令で戦場に出兵する。

 そして、オリバーは戦死する。

 


 ブルーノに遺品整理を命じられた私は、ベッドに座り、深いため息をついた。

 スティナに目をつけられたせいか、度々メイド長が私の様子を見にきた。

 遺品整理を命じられた時も、メイド長がおろおろしていたような気がする。

 今まで、どの【時戻り】でも私のことを気にかけることはなかったのに。


(今回の【時戻り】で得た情報は――、ブルーノはスティナとグエルの子供だということ、グエルがマジル王国の諜報員だということ、父が私を連れ戻そうとしていることだ)


 ブルーノにソルテラ伯爵家の血が流れていないことを確認するためだったのに、私にも大きく影響するとは。


(私はあの家ともう関係ない)


 私が家を出て、国を渡ったのは父が大嫌いになったからだ。


(父は私のことを政略結婚の道具にしか思っていない)


 事の発端は、私の婚約が破談になったこと。

 婚約が破談になったのは相手がメヘロディ王国の公爵令嬢と婚約することになったという、政治的な問題。

 私たちは互いに想い合っていたが、国の繁栄のためにと婚約を破棄した。

 それなのに、父は相手がすぐに破談を認めたのは私に魅力がなかったから。身体で元婚約者を誘惑していれば、相手も破談について反発しただろうにと心無い言葉を私に投げた。

 そして、心の傷が癒えぬ間に新たな婚約者を見つけ、私にその人と結婚しろと強要してきた。

 父に二度も心を傷つけられた私は、家を出た。

 カルスーン王国に渡ってきたのは、私は祖国に帰るつもりはないという意思表示だったのに。


(でも、父は私を祖国に連れ戻そうとしている。諜報員であるグエルに私の行方を探すよう追加の命令をして)


 グエルは私を見つけた。

 父は、私がソルテラ伯爵家でメイドをしていることを、グエルの報告を通じて知っただろう。

 それでも何も起きなかったのは、ソルテラ伯爵家の警備が万全だから。

 屋敷の中にいれば、連れ戻されることはないとわかったのも、私にとっては良い情報だ。


(私を祖国に連れ戻したいのは、私の心配をしているからじゃない)


 父が私をマジル王国に連れ戻そうとしているのは、父が決めた婚約者と結婚させるため。

 自分都合でしかない。

 

「でも大丈夫。【時戻り】をすれば、すべてなかったことにできる」


 不安な気持ちを和らげるため、独り言を呟く。

 【時戻り】をしようと顔をあげたさい、肖像画に描かれている金髪の美少年と目が合った。


「きっと、この人は三年前のオリバーさま……」


 オリバーは食事量を増やし、今の体型になったらしい。

 この絵画に描かれている細身の美少年が、食事量を増やす前のオリバーかもしれない。


「私にはオリバーさまがいる。オリバーさまを救うためだけに行動すればいいの」


 私は額縁をどかし、隠し部屋に入った。

 隠し部屋にある水晶は青白い光を発して、私を待っている。


「ブルーノがソルテラ伯爵家の血を継いでいないことが分かった。次は――」


 私は【時戻り】の水晶を手に持った。


「私を”二か月半前”に戻して」

『……時を戻そう』


 私は水晶に命じ、二か月半前に【時戻り】した。



(いたっ)


 違う時間に【時戻り】するのは初めてだ。

 直後に感じたのは、全身を床に打ち付けるような激痛だった。

 床に全身を打ち付けたみたいだ。


「お前のせいでバケツの水がこぼれた――」

「……」

「聞いてるのか!」


 頭上からブルーノの罵倒が聞こえる。

 私は痛みをこらえて立ち上がり、ふんぞり返っているブルーノを見る。


(ああ、ブルーノに脚立の脚を折られて、床に叩き落されたんだっけ)


 ブルーノの言葉を聞いて思い出した。

 度が過ぎた嫌がらせだったし、当時の私はメイドの仕事が向いてないんじゃないかとか辞めようかと後ろ向きの考えをしていた。


「すぐに終わらせます」

「俺が戻るまでに終わらせろよ! ブス」


 ブルーノは私にそう吐き捨てると、この場から去った。

 ブルーノが去った後、私は強打した左腕をさする。


「いった……」


 触れただけで痛い。何もしなかったら、翌日腫れているだろう。

 この状態で窓ふきとこぼれたバケツの水を拭き取らないといけない。


(そんなの無理で、普通だったらブルーノに怒られるパターンなんだけど)


 私はそうならないことを知っている。

 何故なら――。


「やあ、エレノア」

「オリバーさま」


 オリバーが私を見つけ、回復魔法をかけてくれるからだ。

 私は左腕をおさえ、その場にうずくまった。


「エレノア!?」

「す、すみません……。脚立から落ちて身体を床に打ち付けてしまって」

「そ、それは大変だ!! ちょっとごめんよ」


 私がケガをしていることに気づいたオリバーが、私の腕に触れる。それと同時に痛みがすうっと消えた。


「回復魔法、ありがとうございます」


 私は回復魔法をかけてくれたオリバーに礼を言う。

 その後、オリバーはブルーノが蹴って壊した脚立とその衝撃で倒れたバケツを【時戻り】の魔法で元に戻してくれた。

 ここまでは過去の私が体験した通り。


「――このことは、メイド長に言っておく。ブルーノと会わない仕事に移してもらうように――」

「いいえ、私はこのまま続けます」

「えっ、でも、ブルーノが……」

「今日のブルーノさまは気が立っていただけです。次は、上手くやりますので」

「そ、そう……。エレノアは強い子なんだね」


 私はオリバーの申し出を断った。

 今回の【時戻り】の目的は歴代ソルテラ伯爵の癖字の読解方法を見つけ出すこと。

 そのためにここに【時戻り】してきたのだ。


(ブルーノに気に入られれば、癖字の読解方法を知ることができるかもしれない)


 すべてはオリバーの運命を変えるため。

 そのオリバーは私の返事を聞き、ぽかんとしていた。


「メイド長が『今回の新人は期待できる』と褒めてただけあるね。弟のことで大変だろうけど、これからもよろしくね」

「はい! お気遣いありがとうございます」


 オリバーは私を褒めた後、その場を去っていった。

 庭園に向かったことから、行き先は魔法研究所だろう。


(ああ、ここに【時戻り】してよかった)


 私はオリバーの後姿が見えなくなるまで、ずっと彼を見ていた。

 後ろ向きな考えだった、辞めようとおもっていた私がメイドの仕事を続けようを決心したきっかけ、オリバーに尽くそうと誓った出来事だったから。


「私はここでオリバーさまに救われた。今度は私がオリバーさまを救うの」


 私は小さな声で、自身の願いを口にした。


 



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