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愛人の正体は

 翌日、私はスティナと共に屋敷を出た。

 今、私たちは馬車の中にいる。

 現実時間では私が屋敷に住み込みで働き始めてから一か月なのだが、屋敷の外へ出るのは、とても久しぶりのように感じる。

 目の前にいるスティナは恋する乙女のような浮ついた様子だった。

 スティナは私が作ったドレスの他、ドレスに合った髪飾りを付けたカツラを被っている。先輩の化粧を施し、実年齢にとは思えないほどの見た目をしていた。


(メイドは主人の行動に疑問を持たない……)


 私は”買い物の付き添い”と命じられているだけなので、この馬車の行き先は全く分からない。

 ただ、気合を入れたおしゃれをしているのは、誰かに会うためだというのは分かる。その誰かがスティナにとって大切な人であることも。

 どこへ向かうのか、会う人物は一体誰なのか。

 スティナに問いたい気持ちでいっぱいだったが、以前の時戻りでオリバーに注意されたことを反芻し、服の裾をぎゅっと掴んで、ぐっとこらえる。


(私はスティナが求めることだけをすればいい。そこに自分の意思はいらない)


 ここには私の失態を庇ってくれる先輩や、助けてくれるオリバーがいない。

 危機は自分の力で回避するしかないのだ。


「そろそろね」


 スティナが呟いた。彼女の言葉に反応しそうだったが、声を発する直前であれは独り言だと気づき、口元を両手でおさえた。

 馬のいななきが聞こえ、馬車が止まった。

 私はそこで外の景色を見る。


(ここが話に聞いていた貴族街……)


 馬車が止まったのは、富裕層が利用する通りの一角。

 カルスーン王国はマジル王国と戦争中であり、平民や貧民は住む場所、食べ物に困っていて、皆が飢えた目をしているというのに、この通りだけは戦時前と何も変わっていない。

 貴重である食料と水が豊富にあり、洋服、バック、装飾品を購入する余裕がある人たちが集う場所。


(ここは私と同じく、時の流れが止まっているようだわ)


 何も変わっていない風景に何度も【時戻り】をしている自分と重ねる。

 オリバーを屋敷に生還する未来へ導く方法を見つけるにはどれくらいの【時戻り】をしなくてはいけないのだろうか。

 私は気の遠くなるようなことを考えていた。


 ガチャ。


 馬車の扉が開いた。

 扉が開き、御者が馬車を降りる階段を用意してすぐ、スティナがトントンと軽やかなステップで馬車を降りた。


「スティナさま!?」


 メイドは主人よりも先に馬車に降りる。

 そう、メイド長に教わったのに、スティナは私を置いて一番に馬車を降りていった。

 私が馬車を降りると、スティナは馬車の前に立っていた男性を抱きしめていた。


(この人が……、スティナの愛人よね)


 スティナが目の前の男性に甘えているのが何よりの証拠だ。

 お気に入りの使用人とのスキンシップとは違い、恋人が待ち合わせ場所で出会ったような印象を受ける。それに、目の前にいる白髪まじりの赤毛と茶色の瞳の男性は中年で、実年齢のスティナと同じくらいに思えた。

 相手の男性は目じりや口元に多少の皺はあるものの、若者には醸し出せない色気がある。


(これがイケてるオジさんというやつね)


 私はスティナの愛人をそう評価した。


「グエル! 逢いたかったわ」

「スティナ……、僕もだよ」


 イケてるおじさんの名前はグエルというらしい。

 スティナはグエルに愛の言葉をささやく。


「え……」


 そして、スティナとグエルは私の目の前で熱いキスをかわした。


(きっと……、この人だ)


 私は二人の口づけを見て、察する。

 スティナとグエルの関係は、最近からではない。


(スティナはグエルとずっと前から……、オリバーさまのお父様が存命だった頃から不倫してる)


 ブルーノはソルテラ伯爵家の血が流れていない。

 それは隠し部屋にある水晶が証明している。

 私はその理由はスティナの連れ子か、不倫相手との間に授かった子供だからと推測していた。

 その疑問が今日、確信へと変わった。


(グエルが……、ブルーノの本当の父親なんだ)


 グエルこそがブルーノの真の父親なのだと。


(あの水晶が言ってること、本当なんだ)


 ブルーノは前ソルテラ伯爵の子供ではない。


(ブルーノはこのことを知っているのかしら……)


 私はこの考えをすぐに否定する。 

 ブルーノが真実を知っているのなら、我が物顔で屋敷のメイドや使用人をこき使わないはず。

 当人は、ソルテラ伯爵の子供であることを誇りに思っている。

 あの自信は演技ではなく本心であると私は感じている。

 それに、ブルーノの外見はスティナの遺伝子が濃く出ていて、他の男の子供だとは見た目では分かりづらい。


「最近、なんで逢ってくれないの? 私のこと、嫌いになった?」


 スティナは甘ったるい声でグエルに話しかける。

 声の調子が二音上がって、屋敷にいる時と態度が全く違う。


(気持ち悪い)


 スティナの態度の変わりように、私はそう思った。

 あまりの気持ち悪さに率直な気持ちを言葉にしてしまうところだった。

 昨日、『スティナと共に行動する男がいるけど、気にしないこと』と先輩に忠告を受けていて良かった。

 きっと、毒舌な先輩のことだから、目の前の光景を見て『キモッ』て思ってたんだろうなあ、と別の想像をすることでその場を乗り切った。


「すまない。別件で忙しくてね」


 甘えるスティナに対して、グエルは平常心を貫いていた。

 あの様子だと女慣れしていて、若いころはさぞモテていただろう。


「別件って、私より大切な用事?」

「うーん、同じくらいかな」

「同じくらいなんて……、私に力になれることはあるかしら?」

「ないかな。僕の仕事のことだからね」

「そう……」


 スティナはグエルに尽くしているようで、この会話から彼の困りごとを解決してきたようだ。

 だが、グエルはスティナの申し出を笑顔で断った。


「……」

「グエル?」

(あの人、私を見ているわ……)


 スティナとグエルの邪魔をしないように細心の注意を払っていたのに。

 

「君が連れているメイド……、前の子とは違うね」


 私はグエルに一礼した。

 名乗ったほうがいいのかと悩んでいると、スティナがグエルの腕を引っ張り、グエルの視線を強引に変えさせる。

 

「あれはただの付き添い。人が変わろうと関係ないことでしょう」

「あ、ああ……。そうだね」


 スティナがああいったものの、グエルの関心は私の方に向いている。

 グエルは歯切れの悪い返事をし、スティナの主張に同意した。


「立話もなんだ、予約した喫茶にでも行こう」

「そうね。今日はグエルと沢山お話がしたいわ」


 グエルはさらっと話題を変えた。

 スティナはグエルの腕を抱き寄せ、寄り添って歩く。


「では、後は頼みました」

「はい。お任せください」


 私はスティナの荷物を持ち、御者に頭を下げ、二人の後ろをついて行く。



 グエルとスティナは喫茶店の個室に入った。

 個室では横になれる広いソファと、飲み物を置く小さなテーブルがあった。

 内装を目にした私は、スティナとグエルはここで逢瀬をしていたのだろうと察する。


(スティナはグエルにぞっこんみたいだけど、グエルの目的は一体――)


 前ソルテラ伯爵夫人と不倫関係をもつというのは相当リスクがある。

 それにグエルは女性に困らないタイプに思える。

 いい年したスティナにこだわらずとも若い女性と恋人関係になれるだろうに、長年スティナと関係を持つのは何かメリットがあるからに違いない。


「グエル」


 広いソファに横になるなり、スティナはグエルのシャツのボタンを外し、彼の鎖骨をいやらしく撫でる。


「スティナ、会うのも久しいんだ、愛し合う前に互いの近況を話さないか?」

「焦らさないでよ。私は――」

「僕は君の話が聞きたい。だめ、かな?」

「わかったわ。その代わり……、話が終わったら――」


 グレンはスティナの唇に軽くキスをする。

 ちゅっと二人の唇が触れあう音がした。


(二人がいちゃついている所を黙って見ていないといけないの……? 辛すぎる)


 私はスティナとグレンがいちゃついている光景を部屋の隅で眺めていた。

 部屋が薄暗く、隅にいる私には二人の輪郭がなんとなくしか分からないことだけが救いだった。


(私はただのメイド……、主人の行動には疑問を持たない。無心で、スティナとグエルの逢瀬が終わるのを待つのよ)


 私は床や天井をみつめることでこの場を乗り切った。

 


 しばらくして、私たちは喫茶店を出た。

 スティナは満足した表情を浮かべており、対照的に私は精神が疲れ切っていた。

 その後、スティナは行きつけの店で宝飾品やドレスの生地を購入していた。

 私はたまに投げかけられるスティナの問いに答えるだけでよく、すんなりと終わった。


「スティナさま、メヘロディ王国から値打ちものを仕入れたのですが――」

「あら、見ていこうかしら」

「ささ、こちらへ――」


 商人がお得意様のスティナに営業をかけている。

 メヘロディ王国は絵や彫刻、彫金に長けており、スティナが感心を示すような商品も多い。

 商人に導かれ、スティナは個室に入った。


「君――」


 続いて私も入ろうと思ったところで、グエルに声をかけられた。


「エレノア、という名ではないか?」

「っ!?」


 名乗ってもいないのに、グエルが私の名を言い当てた。

 スティナとの会話でも私の名は呼ばれてもいないのに。

 どうしてスティナの愛人の男が私の名を知っているのだろうか。


「ああ、エレノアさまなのですね」

「だ、誰のことでしょう……」


 グエルは私の驚いた表情から、私がエレノアであると見破る。

 そして、私のことを『エレノア”さま”』と呼んだ。

 はぐらかしたが、グエルには正体がバレてしまっただろう。


「アリアネ元帥のご令嬢、エレノア・ホップ・アリアネさま。僕はあなたを探すよう元帥に命じられているのです」

「私の正体を知っているということは――」

「ええ。僕はソルテラ伯爵の動向を把握するために派遣された、マジル王国の諜報員です」

「……スティナさまからオリバーさまの情報を得ているのね」

「はい。その通りです」


 グエルは私の問いに素直に答えてくれる。

 それは私がマジル王国軍のトップであるアリアネ元帥の娘だからだ。

 グエルがスティナの愛人をしているのは、マジル王国の脅威であるソルテラ伯爵の動向を彼女から聞き出すため。

 

「元帥は貴方の心配をされていました。エレノアさま、マジル王国へ――」

「……帰りません」


 グエルに私の捜索を命じたのは、私をマジル王国へ帰国させるため。

 けれど、私は祖国に帰るつもりはない。

 私が国を越えて家出をしたのは、父と決別したかったから。


「私は父の元に戻るつもりはございません」

「ですが、エレノアさまは――」

「今の私はソルテラ伯爵に仕えるただのメイドです」


 私はグエルから逃げるようにスティナが入った個室へ入った。


「グエル、どうしたの?」

「君のメイドと少し話をしていたんだ」


 個室に入ると、スティナがグエルを離さない。

 私と話す機会はないだろう。

 グエルはスティナと会話をしつつ、私のことを気にしていた。



 買い物を終えると、スティナはグエルと別れる。

 スティナと共に馬車に乗り、グエルの手から逃れられたと安堵する。


「あなた、グエルと何を話していたの?」

「その……、グエルさまに言い寄られて――」

「グエルがあなたを口説いたの!?」

「私はすぐに断ったのですが――」


 パチン。

 スティナは私の頬を叩いた。


「グエルを誘惑するなんて!!」


 スティナは私に激怒した。


(これでいい)


 私はスティナに叩かれた頬を押さえつつ、彼女の機嫌が収まるまで謝り続けた。

 これで、私を買い物に連れて行くことはない。

 屋敷にいれば、グエルに会うことはない。

 マジル王国に連れていかれることも、大嫌いな父と再会することもないのだから。



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