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Case.4 紫藤レイカ

 三日連続で相談を受け、五人の間に異様な相関図が形成されていることを知った私。

 弱音を吐かせてもらうと、私にはどうしようもないので今すぐ逃げ出したいという気持ちがある。

 しかし私は社会人。マネージャーとして彼女らのサポートをする義務がある。

 投げ出すわけにはいかない……。個人的にも、これまで見守り支えてきた彼女たちを見捨てることなどできるはずがない。


 そんななけなしの使命感を握りしめ、いつものように業務に打ち込んでいたあの日。

 相談が一段落し、これ以上は拗れないだろうと考えていた夕暮れのこと。

 オフィスの時計を確認すると、STORMのダンスレッスン終了時刻が間近だった。

 レッスン終わりには、私がレッスン室を戸締りすることになっている。その際メンバーと話す時間が、多忙な私の息抜きになっていた。

 ……少し前までは、だが。


 はあ、とため息をつき同僚に断ってレッスン室へ向かった。


 * * *


「あ、マネさん!」


 部屋に足を踏み入れるやいなや、ぱたぱたと駆け寄ってきたのは『STORM』の実質的リーダーである青柳ミラさんだった。

 ノーメイクだと完全に小学生にしか見えない外見だが、内面は非常に大人っぽい方。

 だが、私と話しているときは気を抜いているのか、こうして子どもっぽい一面も見せてくれる。


「良かったー、今日はもう会えないかと。ああでもごめんなさい、ちょっと片付けないとダメな作業があって帰らないといけないんですよ」

「そうですか。頑張ってくださいね。あまり無理はしないように」

「はい! またお茶でもしましょう」


 それでは失礼します、と私と入れ替わる形で出て行くミラさん。

 彼女とはとても話しやすい。ただ、ティアさんがミラさんへ好意を向けていることを知った今となっては少し複雑な気持ちも湧いてくる。母性という名の毒牙に狙われているのだ、彼女は(もちろんティアさんは無理やり迫るような人では無い……はずだが)。


「……マネージャー」


 そう声をかけられて、もう一人の存在に気づく。

 紫藤レイカ。

 ボーイッシュというか、中性的な外見を持つ女性。

 自分の魅力を理解しているのか、他のメンバーを誑かすような言動も多く――もちろんエンタメの範囲内だが――そんな振る舞いがとても様になっている。

 こうしてレッスン着で汗だくの状態でも見目麗しくなってしまうのだから罪な人だ。


 配信スタイルとしてはゲーム配信が多い。

 特にFPSを好んで遊んでいるが、チームで戦うことが多いゲーム性に反して誰かとコラボでプレイすることはめったにない。

 本人曰く、炎上を気にしているらしい。意外にも気弱というか、大人しい面があるのはオリエさんとよく似ている。

 そう言った面を考えるとこの二人がくっつくのは一番平和な結果に思えるのだが――どうしてだろう。

 今日はなぜか、いつも優しいレイカさんの眼差しが私を突き刺すようだ。


 何か気に障ることでもしてしまっただろうかと内心びくびくしていると、さらさらのショートヘアを掻き上げてレイカさんが歩み寄ってきた。


「お、お疲れ様です、レイカさん」

「お疲れ様です。僕はちょっと、もう少し残って練習しようかと。鍵は後で僕がオフィスに返しておきます」

「了解しました」


 いつもスマートなレイカさんだが、実は運動神経に少し難がある。

 そういったところもギャップで可愛いとファンからは評判だが、本人としては楽観的になれないのだろう。

 なにせ次のライブが控えている。

 ストイックなところは彼女の美点だが、あまり根を詰めないでほしいというのも正直なところ。

 本人の意思を邪魔するわけにもいかないので、私から言えることはあまり無いのだが。


「レイカさんも、無理はしないように。それでは――――」

「待って、マネージャー」


 踵を返した私の手が掴まれる。

 振り向くと、レイカさんは明らかに切羽詰まった顔をしていた。

 思い返せばこの時点で嫌な予感が私の背筋をぞわぞわと昇っていたような記憶がある。

 だが、毒を食らわば皿まで。私の意志としても、立場的にも、どちらにせよ逃げられないことを知っていた私は諦めることにした。

 無言で続きを促すと、レイカさんは何度かの逡巡の後、真剣な眼差しをぶつけてきた。


「マネージャーは……ミラのことをどう思ってる?」

「…………えっと」


 これは、どういう意図なのだろう――などと惚けられるほど鈍感ではない。

 様子を見ればわかる。レイカさんはミラさんのことが好きなのだろう。

 ミラさんはやっぱりすごいなあ、これでティアさんと合わせて二人斬りだ。あははははは笑ってる場合か。

 ごほんと咳払いをして、意識を切り替える。この事務所に勤め始めてからこんなメンタルコントロールばかり上手くなってしまった……。


「優秀な人ですよね。それに、人格者だとも思います。いつも本当に頼もしくて、彼女を見ていると私も頑張らなきゃなって思います」

「それだけ……?」


 不安げに伏せられる長い睫毛。

 見蕩れるほどに綺麗で、こんな状況で無ければドキッとしていたかもしれない。

 あいにく私の頭の中はこの多角関係でいっぱいいっぱいだ。


「ミラさんのことが好きなんですね」

「は、え!? すすすす好き……とか、では……ないけど」

「隠してもダメですよ。はっきり言っちゃってください」

「……はい、好きです……」


 おお、真っ赤になって顔を覆ってしまった。

 思っていたより乙女だったらしい。こんなところ、表に出したらファンが増えてしまうだろうな。

 ……はあ。やっぱり素直に喜べないな。

 

 でも、恋愛って本来こういうものだったような気がする。

 最初の二人がおかしかっただけで。


「最近僕、ダンス上手くいってなかっただろ」

「そのぶんたくさん練習されてましたね」

「うん。毎回遅くまで残ってたんだけど……そしたらある日、先に帰ったと思ったミラが戻って来てさ。私の練習を親身になって見てくれたんだ」

「そうなんですか……」


 思えば最近、二人で一緒に鍵を返しに来ることが多かった。

 秘密の特訓をしていたのだろう。


「でも、最初は正直申し訳なくてね。なかなか通しで踊り切れないし、どんどん焦って来て……言っちゃったんだ。『本当は嫌々付き合ってくれてるんじゃない?』『もう付き合ってくれなくていいよ』って」

「…………」


 人は追い詰められると、味方でさえも敵に見えてしまうことがある。

 レイカさんの気持ちは想像することしかできないが、相当に辛い状況だったのだろう。

 私も仕事でミスをして周りに迷惑を掛けてしまった時、同じような考えに陥ったことがある。


「だけど、そんな嫌なことを言ったのに、ミラは『いくらでも付き合うよ』『そんなに辛そうな顔で言われたら放っておけないしね』って……笑ってくれたんだ」

「それで好きになったんですね」

「もとから尊敬すべき相手ではあったんだけどね。ふふ、完堕ちってやつだよ」


 私は思わず口をつぐんでしまった。

 こんなにも純粋な好意に、私は口を挟めない。

 いや、純粋でなくとも異を唱える資格はないだろう。


 その日の出来事を受けて、私は考えるようになった。

 私にできることは何だろう。メンバー全員が幸せになれる方法は無いのだろうか。

 考えても考えても答えは出ない。しかし、諦めたくない。

 何故なら私はあの子たちのマネージャーなのだから。




 ……などと格好つけたことを考えていたのが今日までのこと。

 そう、今日である。私は『彼女』から相談を受けた。

 

 残された最後のメンバー……青柳ミラからの相談を機に、私はこの日記を書き始めた。

 事態はもう、到底私の手には負えないところまで進行している。




相関図

S→T→M

↑  ↗ 

O→R

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