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Case.3 緑野オリエ

 下世話な話で申し訳ないが、『STORM』は我が社の稼ぎ頭である。

 つまり、私があの子たちのことを大切に思っていることと、個人的にもファンであることを除いたとしても――STORMに解散などされては困るわけだ。

 

 仮に痴情の縺れで解散などという顛末になってしまった場合、その経済的損失は計り知れない。

 さらに現在計画進行中のリアルイベント、発表予定の新曲、制作中の彼女らの新衣装――等々、今後のSTORMの活動に関わる全てがキャンセルという結果に終わってしまう。


 それだけは避けたい。

 避けたいが、今のところ避ける方法が見つからない。

 どうにかこの事態を丸く収める方法は無いだろうか……。

 だが、思い悩む私に更なる試練が課せられる。


 ティアさんから相談を受けた夜、私の元に一本の着信があった。

 もうこの時点で嫌な予感しか無かったが、無視するわけにもいかない。

 果たして通話の相手は――――


 * * *


 緑野オリエ。

 STORMの『O』担当。

 大人しく引っ込み思案な性格で、グループの清楚担当。暗い自分を変えたくてオーディションに応募したんです――とは本人の弁。

 そんな彼女の長所を挙げるなら、その透き通るような美声から成る歌唱力だろうか。

 何をするにも恥ずかしがってしまう彼女は当初歌うことを嫌がっていたものの、登録者10万人記念で行われた初めての歌枠でその才能が開花する。

 天性の音感と歌唱力が元来のファンのみならず初見の視聴者も次々に魅了し、同接3万人とその日の内に登録者11万人を達成した。

 

 現在、オリエさん自身も歌う楽しさに目覚めたらしく、定期的に歌枠を行っている。

 また未公表だが、ソロメジャーデビューが予定されていたりも。

 そろそろ自分に自信を持っていいころだと個人的には思うのだが、控えめなところもオリエさんの魅力なので難しいところだ。

 

 ――――そんな彼女に呼び出されて、私は今、喫茶店にいる。三日連続である。


「私、レイカちゃんのことが好きなんです」

「……」

「あわわマネージャーさん白目むいちゃってますっ!」


 おっと危ない危ない。意識が飛ぶところだった。

 大丈夫かなぁ、と覗き込んでくるオリエさんの黒髪ロングがさらりと揺れる。


「レイカというのは……STORMの紫藤レイカさんのことでしょうか」

「はい、合ってます」


 紫藤レイカ。

 STORMのメンバーで、中性的な魅力を持つ女性だ。

 グループ内では最も女性人気が高く、大きな声では言えないがオリエさんとのカップリングがファンの間では姫と王子様のようだと人気である。


「……そうですか……あなたはレイカさんですか……」

「あの、マネージャーさん顔色すごいですよ……? も、もしかして引きましたか?」

「いえ、そういうわけではないんです。ただ、どうしたものかと……」

「マネージャーさんいつもお忙しそうですもんね……お仕事お疲れ様ですっ」

 

 ぎゅっと両手を拳にして応援してくれるオリエさん。

 ありがたいし可愛いのだが、何もかもがズレている。

 ありがとうございます、と私はブレンドコーヒーに口をつけた。胃が荒れそうだ。カフェインではなくストレスで。


「……あの、無粋なことを聞きますが、ドッキリとかではないんですよね?」

「ドッキリ? ですか?」


 きょとんと首をかしげる様子を見るに、どうやら私を陥れる企画などではないらしい。

 オリエさんに演技は無理だ。以前動画企画でエチュードをすることになった際、あまりの大根芝居でその場の全員を唖然とさせるという一幕があった。


 ……ドッキリであってほしかったな……。


 さて、この『相談』も三連続となれば私にもわかることがある。

 彼女たちは目的として『意中の相手と付き合いたい』とは述べるものの、解決策を提示してほしいわけではないということだ。

 裏の目的は、言わば恋バナ。誰にも明かせない恋心を、私という『信頼できるグループ外の相手』に吐き出したいのだろう。

 そのたびに私の中には誰にも明かせない問題が積み上がっていくのだが……。

 誰か助けて。


 しかし私も大人である。

 落ち着いていて頼りになるマネージャーの顔を作り、会話を続行しようと試みる。


「レイカさん、かっこいい人ですからね。肝も据わってますし、あの人が慌てたところは見たことがないです」

「そうなんです! 前のホラゲーコラボでもずっと落ち着いてて頼もしかったなあ……」


 うっとり。

 完全に恋する乙女である。

 配信やグループで活動しているときには全く見たことの無い顔だ。

 普段はその内に抱えた気持ちを頑張って抑えているのだろう。

 素晴らしいプロ意識に感心していると、オリエさんは静かに語り始める。

 

「先月レイカちゃんと二人で遊びに行ったんですけど……」

「仲良いですね」

「えへー。でね、実は帰りに電車賃が足りないことに気づいて」

「ええ……そんなことあります?」


 中学生じゃないんだから。


「あるんです。喉が乾いてジュースを買ったのが致命傷でしたね」

「いるんですね、ジュースが致命傷になる人」

「予算ギリギリしか持って行かなかったのが仇になりました」


 そう言えばオリエさんは機械の類が苦手で、電子マネーなども一切使っていないと聞いた。

 クレジットカードも紛失が怖くてネットでの買い物でしか使わないらしい。

 

「それで……どうしたんですか?」

「えっとですね、どうしようって困ってた私を見かねてレイカちゃんがお金貸してくれたんですよ! もうすっごくキュンとしちゃって! その時からもう、ラブです」

「それでキュンとするならこれまでの活動のどこかでキュンとしててほしかったですね……」


 これから先、もし好きになったきっかけを当人が聞いたら困惑するだろう。


「えへへ、こんなことを話すの初めてなので何だか恥ずかしいです」

「まあ、ある意味かなり恥ずかしいですが……」


 思春期でもそんな落ち方はしないだろう。

 まだスズさんやティアさんの方が……いやそんなことないな。

 うん、あの二人に比べたら平和平和。

 なんだか麻痺しているような気もするが、問題を直視すると狂いそうなのでこれくらいの逃避は許してほしい。


 遠い目をしていると、オリエさんが不意に瞼を閉じた。

 浮かれていたさっきまでとは打って変わって、何か落ち着いたような空気を醸している。


「どうかしましたか?」

「ああ……いえ、好きな人が出来たので、これでやっと吹っ切れるかなと思って」


 吹っ切れる?

 意図のわからない台詞に困惑しているのを察したのか、オリエさんは「マネージャーさんには話しても大丈夫かな」とまなじりを緩める。

 何か、嫌な予感がした。


「その……実は高校の時、私とスズちゃん、付き合ってたんです」

「……………………………………………………はい?」


 今なんと言った?

 オリエさんとスズさんが? 付き合ってた?

 STORMのS担当、今はティアさんへと溢れんばかりのリビドーを向けているスズさんと、目の前のオリエさんが?

 ぐるぐると疑問が巡る中、私の脳裏にスズさんのセリフが蘇る。


 ――――でもあたし、デビュー前は彼女いましたしエッチもしてましたよ。別れましたけど。


 元カノお前かーーーーーーッ!!!! 


「え、え、え、え……もしかして二人で示し合わせてオーディション受けたんですか?」

「いえいえ、本当に偶然です! 高校卒業して大学が別になっちゃって自然消滅したんですけど、デビュー前に事務所に集められた時にばったり会って……びっくりでした」


 話を聞くに、その後二人でこっそり話し合って、付き合っていたことは表に出さないようにしようということになったらしい。

 また、他のメンバーにはカミングアウトしているのだとか。

 まっっっったく気づかなかった……。


「でもスズちゃん、あのころと全然変わらなくて……ふふっ、懐かしかったなぁ」


 ……実のところ、今日私はこの相談を受けた当初、少し安心していたのだ。

 何故ならオリエさんからレイカさんへの恋は、スズさん→ティアさん→ミラさんのルートには関与していなかったから。つまり、こちらの問題は別口として対処できると考えていた。


 しかし――こうしてオリエさんを見ていると、どうだろう。

 明らかにスズさんへの気持ちが切れていないように思える。

 まだ気持ちが燻っていて、何かきっかけがあれば容易く燃え上がってしまいそうに見えるのだ。

 つまりレイカさんを好きになったのも、嘘ではないのだろうが、スズさんへの気持ちに見切りをつけるという目的があるのだろう。

 そのことを自覚しているのかまではわからないが……。


「あ、マネージャーさん。今日の相談ですけど、誰にも言わないでくれると嬉しいです」


 言えるか、と吐き捨てなかった自分を褒めてやりたい気分だ。

 もしかしたら、私の目は相当に節穴なのかもしれない。


現在の相関図

S→T→M

O→R

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