Case.2 桃笠ティア
桃笠ティア。
STORMの『T』担当。
包容力のあるお姉さんキャラ。母性に溢れるおっとりあらあら系で、配信ではリスナーを根こそぎ赤ちゃん化させている。
メンバーの悩みを聞くことも多いらしく、メンバーの中で優しいのは? という質問に、リスナーやグループ、スタッフの誰もが彼女の顔を思い浮かべることだろう。
反面、かなり天然でよくポカをする。ある夏の日、エアコンをつけているつもりで配信をしていたところ、熱中症寸前にまで追い込まれてしまうことがあった。かなり笑えない話だが、こういった洒落にならないうっかり癖が我々スタッフの悩みの種である。
配信スタイルとしては、定期的に行われるASMR配信が特に好評を博している。
他のメンバーを呼んでASMRオフコラボを敢行することもあり、メンバーのファンからは拝むくらいの勢いで感謝されていたりも。
また、たまに癒し系音声作品を作成・販売しており、その人気は某販売サイトのジャンル別年間売上トップに輝いたこともある。
そんな桃笠ティアから『相談したいことがあるの……』と連絡を受けたのは、スズから相談を受けたその日の夜だった。
とても嫌な予感がした。結論から言えば、その予感は見事に的中してしまったのだけど。
* * *
「マネージャーちゃん、こっちよ!」
喫茶店に入りいつもの席へ向かうと、大人っぽいウェーブロングを揺らして、ティアさんが手を振ってくれる。
会釈をして席に着く。ブレンドコーヒーを頼んで、お冷で喉を潤した。
「こうして二人きりで会うの、何だか新鮮ね」
「そうですね。仕事以外で会う機会はありませんし、仕事でも他のメンバーが一緒のことが多いですから」
「ふふっ。なら今日は独り占めね」
それから二人で軽く近況について話した。
最近貰った企業案件、昨日メンバーがしていた配信の内容、次のライブで予定されている新曲の方向性――などなど。
どれも仕事の話ではあるけれど、ティアさんは人を癒す才能がある。昨日受けたショックがほどけていくのを感じていた。
しばらくアイスブレイクを楽しみ、運ばれてきたブレンドコーヒーが半分ほどに減ったあたりで、ティアさんが意を決したように私の目を見据える。
「……それで、相談の件なんだけどね」
「はい」
何があったのだろう。
まさかスズさんから告白されたなんて言わないだろうな、とブレンドコーヒーを口に含もうとしていると。
「私ね、恥ずかしいんだけど……リーダーのミラちゃんのことが好きなの」
「ぶふっ」
またか!
どうなってるんだこのグループは!
ミラ――青柳ミラ。
本人は否定しているものの、『STORM』の実質的なリーダー的ポジション。
見た目は小学生にしか見えないが都内の某有名大学の現役大学院生という才媛。
外見に反して中身は非常に大人っぽく落ち着いているというギャップのある子だ。
……ええと、つまりスズさんはティアさんが好きで、そのティアさんはミラさんが好き……。
どうしよう、一方通行の片思いルートが完成してしまった……!
震え始めた足を誤魔化すためにテーブルの下で自分の太ももを抑えつけながら、私はとにかく詳細を把握しようと努める。
「ええと、それはどういう……」
「愛しているの。お付き合いしたいわ」
「そうですか……」
「マネージャーちゃんは反対?」
「いえ……うう……えっと……」
本音を言えばその気持ちには永遠に蓋をしていてほしい。
しかし本人の意志は尊重したい。好きになってしまったのならもう、仕方ないと思う。
思うのだが……このままでは泥沼恋愛模様が展開されてしまいかねない……!
仮にティアさんの気持ちが成就すれば、ティアさんに片思いしているスズさんが恋に敗れることになってしまう。
いや、ティアさんに恋人ができればスズさんも諦めるとは思う。いかな性欲モンスターと言えども根はとてもいい子なのだ。
だがその場合、今後スズさんは好きな人……ティアさんが他の人と幸せそうにしているところを見せつけられることになってしまう。
最悪、傷ついたスズさんがグループを抜けてしまうことだって考えられるだろう。
それだけは避けねばならない。
そう考えると一番無難なのはスズさんとティアさんがくっつくことか。
だがスズさんのあの感じを考えると……。どうしたものか。
うんうん唸っていると、私の態度から勘違いしたのか、ティアさんはしゅんと俯いてしまう。
「……やっぱり変よね、こんなの」
「い、いえそんな。ミラさん、素敵な方だと思いますし」
「そうね。この前、私がPCの不調で配信が始められなくなったとき通話で相談したんだけど、口頭だけで完璧に対応してくれたの。ほんと、惚れ直しちゃったわ」
「そんなこともありましたね」
その話を後から聞いた社内の機材スタッフが悔しそうな顔をしていたのをよく覚えている。
ミラさんに出来ないことなど無いのではないだろうかと、たまにそう思ってしまうほどに彼女は優秀だ。
失礼かもしれないが、VTuberよりも他に適した職があるのではないかと考えることもある。
「ティアさんは、ミラさんのそういうところが好きになったんですね」
「うーん、実はそういうわけじゃないの。あの子の頼れるところや優しさは好きなところのひとつではあるけれどね」
「他にきっかけがあると?」
ええ、とティアさんはにっこり笑って頷く。
何やら嫌な予感がしたが、ここで止めるのも不自然なので、私は続きを促した。
やめておけばいいものを。
「あの利発そうなロリ顔が私の愛でデロデロになるところを想像するとたまらなくゾクゾクするのよ」
「ティアさん?」
もう嫌だこのメンバー。
スズさんに続いてティアさんまで。このグループには獣しかいないのだろうか。
「ムラムラするのよ」
「ティアさん!?」
昨日に引き続き、聞きたくなかった物言いが次々飛び出してくる。
げんなりする私に対し、ティアさんはふっくらとボリュームのある胸を腕を組んで押し上げ、恍惚と語り始める。
「マネージャーちゃん、私はね。ミラちゃんを赤ちゃんにしたいの……」
「……あの、罪は犯さないでくださいね」
「もちろん! そんなことするわけないじゃない」
「しそうだから言って……いえ、なんでもないです」
思わず特大のため息をついてしまう。
まさかティアさんが母性の化け物だったとは……。
「あの、マネージャーちゃん、お願いがあるんだけど」
「……なんでしょう」
「み、みんなには内緒にしてね? 恥ずかしいから」
「今さら恋する乙女みたいな顔しないでください」
以上がその日の顛末である。
お分かりいただけただろうか。
この時点で三人のメンバーの間に矢印が生じている。
その上、一つとして双方向性が無い。
どうするべきなのだろう。
答えが出ないまま、今も私は頭を抱えている。
この上、まだSTORMのメンバーは二人も残っているのだ。
そう。
この複雑な恋愛模様は、まだ終わらない。
現在の相関図
S→T→M