第77話 奴隷と錦鯉
ホームセンターでは庭資材や日用品の他にレモニカが欲しがっていた調理器具とココノが欲しがっていた電動工具なんかを購入した。
それと花の種もたくさん買った。煉瓦道の脇に花壇を造って花や木をたくさん植える予定だ。
目指すは自然を生かした西洋庭園。薔薇のアーチや傾斜を活かした石の階段に噴水、クラピアや芝生を植えて緑の絨毯なんかも作りたい。
◇
次に転移したのは実家の近所にある養鯉場。
うちの旅館は上空から見るとコの字型になっていて、三面が建物に囲まれた中庭がある。中庭を通って玄関へ行くわけだけど、そこに煉瓦で大きな池を造って錦鯉を飼うのだ。池には橋を掛けてその橋を渡って玄関へ行く設計にした。
訪れたはうちの親父が足しげく通う鯉屋で店名は蓮見養鯉場。
実家の庭池で飼っている錦鯉は全てここで買っている。
店に入るとご主人と若い女の子がいた。ご主人は二代目でうちの親父の後輩。
普段は近くの野池で作業しているから殆ど店にいないんだけど今日は珍しいな。
『あれ!うそ!ちょっ、まじっスか!この前渋谷で会ったお兄さんじゃないっスかぁ~!?何でここにいるんすか?』
え……、この子、愛莉の友達のNouTuberじゃん。なんでこの子がここにいるんだ?
『いや、それはこっちのセリフだって。どうしてここに?』
『あ、自分のこと覚えていてくれてたんスね!自分、蓮見珠湖って言うんスけど、この店の娘なんスよぉー。今夏休みで実家に帰省して店手伝ってるっス』
するとご主人の方も俺に話し掛けてきた。
『隆志先輩んとこの……いらっしゃい』
因みに山田隆志は俺の親父。
『えっ、じゃぁこの人が愛莉のお兄さん?』
『バカッ!何言ってんだ!悟朗君は4年前に亡くなっただろう……』
生前の俺は高校生くらいまで親父とこの店に来ていた。
こっちの世界に戻ってきた後も何度か親父に「鯉見に行こう」と誘われてこの店に来ている。
『え?そんなことないって。だって愛莉が……』
愛莉は俺が死んだことを言ってないのか?
まぁ死んだ次の日にこっちの世界に帰還したし、前世の俺はアパートで一人暮らししていて、部屋で死んでるって実家に教えたのは俺だからな。愛莉的には兄が死んだって感じがしないのかもしれない。
『俺は山田隆志さん親友の息子で、偶然なんだけど名前はゴロウっていうんだよ。今は事情があって山田さんの家に居候している』
親戚やご近所に俺の存在を説明する時に使っている設定を話した。母親が考えたものだ。
するとご主人が。
『親友の息子とは聞いてたけど……同じゴロウって名前なのかよ……、先輩の心情を察すると目頭が熱くなるっス』
あ、お父さんも「ス」って言うんだ。そういや、親父にいつも「ス」って言ってたな……。遺伝か?
俺の名前がゴロウだと聞いて目に涙を浮かべるご主人。
そりゃ死んだ息子と同じ名前の子供を預かってるなんて、普通に考えたらめっちゃ感傷に浸るよね!
でも復活しちゃったんだよな、隆志先輩の息子。
お世話になってきた人だしフォローしときたいな。
『あー、でも俺、山田隆志の本当の息子っていうか……』
『えっ!?ど、どういうことだ?』
あ、なんか不味いこと言ったかな……!
ご主人は何か閃いた顔で。
『つまり……托卵!?』
いや、何故そうなる!俺が苦笑するとご主人はボソボソと独り言を言いながら作業を再開した。
『なんか……先輩って、クソ野郎だなぁ。先輩への同情半減しちゃったよ。喪中見舞いであげた錦鯉返してもらおうかな。あれ品評会で賞もらったやつだったのに……マジ騙されたっス……』
すると娘の蓮見珠湖が俺達の近くに来た。栗色の髪のショートヘアでスリム、この店の作業着であるダボダボのつなぎを着ている。
『うーん、愛莉の話しではお兄さんは超イケメンで超優しくて、愛莉のことをいつも考えてくれてて、しかも高収入だから車買ってくれて、兄以上の男はいないって言ってたっスけど……、確かに……めっちゃイケメンっスよね……』
愛莉、俺のこと滅茶苦茶褒めてるよ……!直接褒められたことは一度もないのに!
こっちの世界の基準だと異世界人は基本的に全員美形だと思う。何故かあっちの世界は綺麗な人が多い。だから俺も例に漏れずって感じなのだ。
生前は冴えない陰キャだったけどね。転生したら美形に生まれ変わりました。
『托卵ってことは異母兄妹ってことっスよね?似てないっスもんね……?』
はぁー、適当に答えておくか……。いや、なんかもう嘘吐くの面倒臭いな。
『ほんとのことを言うと俺、異世界人なんだよね』
『あぁ~~、確か前に言ってた魔法使いってヤツっスか?設定ぶっ飛んでて、そういうの自分好きっスよっ!w』
設定じゃないからね!
『ところで!この前の超美人なお姉さんと、ケモミミの子供!めーーーっちゃ可愛いっスねぇー!!この耳、ウィッグっスかぁ~?』
『この子達も異世界人だから本物だよ。あと日本語わからないから話し掛けても無駄だぞ』
『へぇー、皆で異世界ごっこしてるっスねぇ〜w。ゴロウさん、おもしろぉ〜いwww』
全く信じてもらえないけど、どうでもいいか。
それから俺達は錦鯉を5匹購入した。タマとフォンが2匹ずつ、ウィスタシアが1匹、好きなのを選んだ。
錦鯉は泳ぐ宝石と言われていて、あまり知られていないが日本が世界に誇る産業の一つなのだ。毎年世界中の外国人愛好家がたくさん日本に来て錦鯉を買っている。
うちの女子達も「綺麗」と連呼して自分が気に入った鯉を真剣に選んでいた。
今は8月でこの時期、錦鯉は野池に放流しているから店で売りに出している数は少ない。
俺の地元は東北で、この辺の地域は9月中旬に沼上と言って錦鯉を野池から店内の池に戻す。本格的な鯉を購入するのは10月に入ってからになる。
庭の図面では200トンの巨大な池になる予定だから50匹は欲しいな。
今日メインで買ったのは鯉の餌、濾過槽で使うろ過材と水を汲み上げる大型ポンプを4台、それと自動給餌器に殺菌灯など鯉を飼育するうえで最低限必要な設備だ。
それだけで総額150万円を超えてしまった。
店の外に今日買った品物が積み上げられた。
『ゴロウくん、歩いて来たんだろ?俺がトラックで先輩の家に運ぼうか?』
『ああ……いいですよ』
俺は異次元倉庫に全て転移させる。
『え?き、消えた?え?はぁ?え?え?』
ご主人は辺りをキョロキョロ見ている。
『お父さん、手品っスよw ゴロウさん、前に渋谷で突然現れるイリュージョンやってたっスもん』
『へぇー、すっげー!マジシャンなんスねぇー』
『いや、これ魔法だからね』
『はいはい。流石、異世界人っスねぇ~~~w』
いやなにこれ、全然信じようとしないぞ!
『じゃ、池の準備ができたらまた来ますね』
そう言うと俺は実家に飛んだ。
徒歩15分くらいで帰れるけどもう空が暗いから瞬間移動を使った。
その後、山田さんちの居候は凄腕のマジシャンという噂がご近所で広がるのだが、それはまた別のお話。
◇
実家に帰ると母親とばあちゃんがオハギを作っていた。タマとフォンが一緒に作りたいと言うので、俺とウィスタシアは俺の部屋で待つことに。
タマとフォンは『美味しい』とか『お腹すいた』とか簡単な単語は理解できるのでこうやって母さんやばあちゃんと絡むことがある。
「ゴロウ、久しぶりに二人きりなれたな」
そう言うとウィスタシア俺に抱き着いた。
俺はそんな彼女の頭を撫で抱きしめ返す。
「最近、吸血してなかったけど吸うか?」
「うん……」
そのままウィスタシアに押し倒されてしまった。仰向けに倒れた俺に彼女は馬乗りになる。
そろそろ彼女の両親に挨拶に行かないとな……。結婚の挨拶だからヴォグマン領に派遣しているゴロウズから伝える訳にはいかず、俺本体が行こうと思っているのだが、ついつい忘れてしまう。
「口からがいい」
「あ……ああ、うん」
「ちゅっ♡……んっ♡」
キスが始まってしまった。全然血を吸ってないんだが?
《愛莉視点》
自室で夏休みの課題レポートをやっていると隣の兄の部屋に人が入る音が。
お兄ちゃん、帰ってきたのか……。
すると話し声が聞こえた。
ウィスタシアさんも一緒?
あたしと兄の部屋は畳の和室で、襖で仕切られているけど隣の音は良く聞こえる。
お兄ちゃんとウィスタシアさんの話し声が聞こえていたのに急に静かになった……。
全然音がしない……何やってるの??
あたしは机から立ち上がると静かに移動して襖に耳を当てた。
「ちゅっ♡……あっ♡」
あっ……これ……、やってるなぁー?
絶対やってるでしょ!
浮気してる!