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銀河の少年


 そこには、一人の寂しい少年がいました。どこかも分からない遠い草原で、その少年は一人で座っていました。寂しさをこらえるように身を縮めて、その少年は自分の心と戦っていました。一体、どのくらいそこにいるのでしょうか……。


 十二、三歳の子供とは言え、寂しさを我慢できるほどの心を持っている少年は、どこから来たのでしょうか? こんなにも寂しい思いをしているのは、なぜでしょうか?


 少年は、じっと寂しさをこらえていました。


 そんな少年を目の当たりにして、私はいても立ってもいられなくなりました。しかし、どうやって話しかけたらいいのだろう……。


 そんなことを考えているうちに、空は夕焼け色に染まり始めました。空の美しさに気をとられていると、いつのまにか、少年はいなくなっていました。


 どこへ行ったのだろう……。


 私はなんとなく心配になって、辺りを見渡してみました。


 すると、夕日に反射した川の近くに、少年が空を見上げて立っているのが見えました。私は恐る恐る近づいて、少年に声をかけました。


「もうすぐ日が沈むけど、帰らないの?」


「星を見ようと思って、夜になるのを待っているんだ」


 少年は、寂しそうに笑って、ポツリと言いました。


 私が無言でうなづくと、少年は少しうれしそうな顔をしました。


「君も一緒に星を見ようよ」


 少し経ってから、少年は私にこう言いました。


 少年の突然の誘いに少しおどろきましたが、私は笑いながら何も言わずにうなづきました。すると、少年は本当にうれしそうに微笑みました。


 私と少年は、川岸のほとりに座って、夜になるのを待っていました。


 夕焼け色が少しずつなくなるにつれて、空が夜の色に変わってきました。


 山のシルエットの少し上に、一番星が光り始めました。夜の色が濃くなるにつれ、だんだんと星の数が多くなってきました。


 赤い星、青い星、白い星といった様々な色の星が、空一面にバラバラと規則正しく輝いているのが見えました。


 夜の舞台が現れるまで、私と少年は黙って空を見上げていました。不思議と静まりかえっていて、虫の鳴く声さえも聞こえませんでしたが、なぜか私には心地よく感じられました。


 ようやく空が星でいっぱいになると、少年は満足そうな顔をしていました。私はそんな少年を見て、ホッとして気持ちになりました。


 少年は、初めて見たときの顔とは打って変わって、うれしそうな顔をしながら私に言いました。


「僕、星を見るのが大好きなんだ」


 少年は優しさに満ちた笑顔で、私の顔を見ました。


 少年の笑顔につられて、私もつい笑ってしまいました。


 すると、少年は本当にうれしそうに微笑むのです。何だか、私まで幸せな気分になってしまいました。


 私と少年は、もう一度空を見上げて、天の星々を一つ一つ眺めていました。首が疲れるまで見上げていると、草原が瞬いているように感じられました。


 おもむろに少年が立ち上がると、そこから波紋のように夜空が広がりました。ふと自分の足元を見ると、天空とは反対の位置に、星々が輝いていました。


 私は驚いて立ち上がると、ただ呆然とこの光景を見ていました。上を見ても、前を見ても、後ろを見ても、下を見ても、夜空にしか見えませんでした。


 少年は、星々の草原の中を、無邪気に走り回っていました。


 私はハッと我にかえって、大声で少年に呼びかけました。


「これは一体、何なの?」


 少年は私の声に気づくと、ピタッと立ち止まって振り返りました。


「見れば分かるよ」


 少年はそう言うと、私のいる所まで駆けてきました。


「見れば分かるよ」


 少年は微笑みながら、もう一度言いました。


 私はその一言を頼りに、辺りをじっくりと見てみました。


 やはり見たとおり、どこを見ても星空しか見えませんでした。よく目を凝らしてみると、私と少年の足元に何かの星座が見えました。


「ところで君は、僕の姿が見えるみたいだね」


 少年はかわいらしく、片目をつぶって言いました。


「えっ?……それじゃあ、あなたの姿が見えない人もいるの?」


 私は少し驚いて言いました。すると、少年はクスクスと笑いながらこう応えました。


「そうだよ。でも、僕の姿が見えないから心が悪いとか、僕の姿が見えるから心が良いとか、そんなんじゃないんだ。僕の姿が見えるのは、僕の姿を知っているから見えるんだよ」


 少年の言っている意味がよく分からず、私は考え込んでしまいました。少年は、私を見て、おもしろそうに笑っていました。


「僕の姿は、見る人によってそれぞれ違うんだ。君は、僕の姿が何に見える?」


「……うーん、十二、三歳くらいの男の子」


 私は、ちょっと困ったような感じで言いました。


「ふーん、それじゃ、今は十二、三歳くらいの男の子なんだ」


 少年は、まるで他人事のように言いました。


「前はどんな姿をしていたの?」


 私は、何だかよく分からない気持ちで聞いてみました。


「前は、黒い猫の姿に見えると言われたよ。その前は、七色に光るハト。その前は、水色のうさぎ。……あっ、そうそう二十歳くらいの男性に見えるって人もいたよ」


「えーっ?!」


 私はもうびっくりして、大声をあげてしまいました。


「……どれが、本当の姿なの?」


「……そう言われると困るなぁ。どれも本当の姿だし、どれも本当の姿じゃないし……」


 少年のこの言葉に、頭の中がメチャクチャになってしまいました。


 考えれば考えるほど、こんがらがってしまいました。


 少年は、私の気持ちを察したのか、おかしそうに笑いながらこう言いました。


「つまり、君が見ている僕の姿は、君にとっては本当の僕の姿であって、黒い猫に見える人にとっては、黒い猫の姿が僕の本当の姿なんだ」


「……分かったような……分からないような……」


 私がつぶやくように言うと、少年は笑い声をあげ、ひと息ついた後、こう言いました。


「もう少し分かりやすく言うと、人にとって『鏡』となる存在なんだ」


「……鏡ねぇ。それなら、分かるよ」


 私は、少年に笑われたのが少しくやしくて、ぶっきらぼうに返事をしました。


 少年には、かえって私の態度がおもしろかったらしく、また大声で笑っていました。


 私は何も言えず、しばらく黙り込んでいました。


 どれくらい経ったのか分からないほど、沈黙が続きました。


 静かに、静かに時間が流れていきました。


 そもそも時間というのは本当にあるのか、ふとそんなことが頭に浮かびました。


「……僕、そろそろ行くね」


 少年は、また寂しそうな顔をして、無理に笑いながら言いました。


 私は何と言っていいのか分からず、黙っていました。


 少年は目を細めて微笑むと、足元に見える星座の海へと飛び込みました。


「待って! まだ名前を聞いてない」


 私は、星の海の上から、少年に向かって叫びました。


「……僕の名前は、ルー・テル・ルー」


 少年はささやくような声で答えましたが、私にはちゃんと聞こえていました。


 私は、少年の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていました。


 少年は、赤く瞬いている星へと向かって、飛んでいきました。


 赤い星は、とてもきれいに輝いていました。



【1995.1.初稿~2004.9.19.改定】


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