ストロベリー・ビター・ステップ 新品種のイチゴでジャムをつくって和美さんに食べさせたら……
八百屋に行ったら「にがおう」が売っていた。苺だ。「あまおう」なら知っているが。見た目は赤色。大粒だ。「あまおう」は甘い苺なので、「にがおう」は苦い苺ってことだろうか。
苦い苺。そんなものを売るのか。
「……で、これをどうやって食べればいいの?」
八百屋のおばさんに尋ねると、「にがおう」は漬物として食べるのが定番だとか。なるほどね。
「にがおう」の漬物……漬物は好きだが、苺の漬物が珍しいのに、苦い苺の漬物なんてちょっと遠慮したいところだ。
「あとは煮てもいいよ。あ、ジャムにしても美味しいよ」
「ジャム?」
ジャムにするほど大量に買うのはちょっと気が引ける。「あまおう」のジャムなら作って食べてみたいが、「にがおう」のジャムは作るのが大変そうだ。苦いから通常のジャムよりも必要な砂糖の量は多くなるはず。砂糖のジャムを作っているようなものである。
「でも、この苺……苦いんだよね? ジャムにしたら、甘くなるのかな」
「さあねえ、私は食べたことないからわからないけど、ジャムにはすると甘いらしいよ」
「そうなんだ……(作ったことないくせに)」
八百屋のおばさんにジャムを作るか聞いてみたかったが、おばさんは別の客との話をしていて聞けそうにない。
とりあえず、買っておいて損はないだろうということで2パック買ってみた。
家に帰ってきて、早速「にがおう」のジャムを作ろうと思う。
帰宅。
まずは砂糖だ。「にがおう」のジャムにするのはちょっと勇気がいる。
「……砂糖……どのくらい使うかな……」
500gのにがおうに対してグラニュー糖2kgを使うことにした。
ジャム作りは慣れているので、すぐにできる。
1時間ほどで完成したので味見をしてみた。「にがおう」のジャムは黒い色になった。
「うわ……」
一口食べただけで、舌に苦味が広がった。これは……甘いと言えない。苦いだけだ。
「にがおう」を甘くするのは、砂糖を多く使うしかないようだ。
(砂糖を3kg使ってみたところで味が改善するとは思えない)
砂糖の量が増えれば増えるほど、食感はとろみを失ってしまうだろう。ジャリジャリした食感になる。
ジャムの出来はいまいちだったので、これは食す気にはなれない。
「これ……もったいないけど……捨てちゃうかな……」
もったいない気がする。もったいないからと言って、誰かにあげようにも、人に「にがおう」のジャムというものが理解できるとは思えないし。
どうしようかと悩んでいたら、ドアをノックされた。
「どうぞー」
返事をすると、ドアが開き、近所に住んでいる幼馴染の和美さんが入ってきた。
「こんにちは。あれ、今日はお休みじゃなかったかしら」
「ああ、今日は休みだけど。和美さんもお休みですか?」
「ええ、そう。お昼ご飯を食べたら、ちょっと寄ってみようと思ってね」
「そうですか。……ところで、この自家製のイチゴジャムどうですか。食べませんか?」
「あら、いいの? じゃあもらおうかな」
「よかったです。ちょうどヨーグルトあるので一緒にどうぞ」
「ありがとう」
和美さんは器にいれたヨーグルトに「にがおう」ジャムをかけて、スプーンですくって一口食べた。
「あ! まずい! 苦い! このジャムって『苺』じゃなくて『毒」でしょ!!」
和美さんがいきなり怒鳴るように言った。
「えっ? 毒じゃありません? 苺のジャムです」
「だって、苦いじゃない! あ! 吐き気がしてきた!!」
和美さんは吐きそうになるのを必死でこらえているようだ。
(え? まずいって言ったよね?)
和美さんはまずいと言った。つまり、このジャムはまずいということだろう。
その後――和美さんは床に倒れ込んだあと、しばらくして動かなくなった。死んだ。
(えっ? 嘘だろ)
和美さんは、本当に死んでしまった。
まさか、八百屋で買った「にがおう」苺は、本当に「毒』だったのか……?
慌ててスマホを取り出して、検索してみた。「にがおう」の情報を検索すると……。
(うわ、本当だ。『にがおう』は毒があるんだ……)
知らなかった……。ごめんね和美さん。
自家製の「にがおう」苺ジャムは全部捨てた。
和美さんカワイソス