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恋するクローン  作者: もうすぐ死ぬ作家
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その⑧

 百メートル程流された後、コンクリートブロックが無い場所から岸に上がった。

 女の子は「ああ、もう」と苛立った声をあげると、水が滴るスカートを絞った。

 僕もポロシャツの裾を絞りながら、恐る恐る聞いた。

「え、ええと、君、さっき何やっていたの?」

「自殺に決まっているでしょう?」

「え、でも…、泳げていたじゃないか」

「子どもの頃に習ったからね。そうだろうとは思ったけど、やっぱり死ねなかったか。反射で浮いちゃう」

「え、やっぱりって…」

 状況が理解できない。

 スカートを絞り終えた女の子は、頬に張り付いた黒髪を絞った。それから、「ああ、重い…」なんて言って、上着を脱ぐ。そいつも絞りながら言った。

「別に、本気で死ぬつもりは無かったから。死ねたらいいなあ…って気持ちで川に飛び込んだの。あんたが声を掛けなくても、次の瞬間には飛び降りていたから。そして、あんたが飛び込んでくるまでもなく、岸にたどり着いてた…」

「いや、それは…、わかったんだけど」

「次は首吊りにしようかな…」

 女の子の唇から、そんな冗談めいた言葉が洩れる。

「ダメだろ、死ぬのなんて」

 そんな言葉が、僕の口を衝いて飛び出していた。

 女は、はっとして、生臭い水が滴る前髪の隙間から僕を睨んだ。

「どうしてそんなことが言えるの?」

 切りつけるような一言。

「私が死にたいから死のうと思ったの」

 一歩詰め寄ってきたとき、コツン…と乾いた音が響く。

 女の子は胸に手を当てた。

「死にたかったの。これが私の意思なの。あんたは私の意思を尊重してくれないわけ? それとも何なの? あなたはこれからの私の人生を保障してくれるわけ? 一生苦しまない生活を送らせてくれるわけ?」

 また一歩こちらに近づいてくる。

「そうした上で、私を助けようと川に飛び込んだの? 『死ぬな』なんて言ったの?」

 夜だから、彼女がどんな顔をしているのかはわからない。

 でも、その殴りつけてくるような声に圧され、僕は半歩下がった。

 途端に、踵がコンクリートの亀裂に引っ掛かり、尻もちをついた。

 デジャブのような感覚とともに、尾骨に、絵の具が滲むみたいな痛みが広がっていく。

 そんな僕を見て、女は鼻で笑った。

「言葉に責任を持とうよ。感情に任せて動いていたら、身がもたないよ」

 それじゃあね…。そう言った女は、濡れた上着を肩に掛けて踵を返し、川上に向かってふらふらと歩き始めた。

 僕はその後ろ姿を呆然と眺めていたが、頬を伝った雫がつま先に落ちた途端、腹の底に怒りが湧くのがわかった。

 それと同時に、今日一日で、僕に投げかけられた言葉が、脳裏に響く。

 サツジンキ、サツジンキ、さつじんき、殺人鬼。殺人鬼。殺人鬼殺人鬼殺人鬼殺人鬼、殺人鬼殺人鬼殺人鬼殺人鬼殺人鬼…。

「…殺人鬼、か」

 プツン…と、何かが切れる音。

 次の瞬間、僕は尻を蹴り飛ばされたように走り出し、女に追いついた。

 彼女の細い手首を掴むと、無理やり振り返らせる。


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