その⑦
「わああああああああああっ!」
ブロックが途切れる寸前、思い切り足元を蹴り飛ばす。
走り幅跳びの選手のように、僕の身体は宙に弧を描いた。
次の瞬間、水面に激突した。
ドンッ! と立ち上がる水柱。
目を開けると、そこは黒い水の中だった。
耳の奥で、くぐもった泡が弾ける音がする。シャツが水を吸い、汗ばんだ肌を滑る。気持ちいいと感じたのは一瞬で、途端に鉛のような重さとなって僕の身体に貼り付いた。
すぐに水面に顔を上げて、女の子を探す。
女の子は十メートル程先を海に向かって流れていた。
藻掻いていない。動く気配もない。
僕は歯を食いしばると、流されていく女の子に向かって、必死に腕をかいた。
苦い水を飲み込みながらも、少しずつ加速して、女の子に近づく。
追いつく。
「おい!」
湿った声で言いながら、女の子の肩を掴み、空気が吸えるよう引っくり返した。
「しっかりしろ!」
その時だった。
バチンッ! と水気を含んだ音と同時に、僕の頬に痛みが広がった。
「え…」
数秒の沈黙。余韻として広がっていく、痺れるような痛み。
ビンタをされたのだと気づいた瞬間、僕は目を見開き、顔を上げた。
「え…?」
変な声を出して、女の子を見る。
彼女はいつの間にか体勢を整え、水の中に立っていた。
ふんっ…と息を吐くと、僕の頬を打った手の水滴を払い、猫のような眼で僕を睨む。そこに、溺れている様子は微塵も無かった。
「え…、君、何やっているの?」
「それはこっちのセリフなんだけど」
艶のある声が聞こえた。
女の子は恨みがこもった声で言った。
「人の自殺の邪魔をして、楽しい?」