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恋するクローン  作者: もうすぐ死ぬ作家
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その⑤

 僕は芝生がふっさりと生えた土手を下り、コンクリートブロックのすぐ目の前に立った。二メートルくらい先に、夜の水がのんびりと流れる川がある。当然、生臭さはそこから漂ってきていた。

 どぷんっ! と魚が跳ねる音。

 ふと、水深はどのくらいだろうか? と思う。まあ、橋の欄干に「ここで遊んではいけません」という旗が掛かっているのだから、「危険な深さ」ということは確かか。

 ブロックに片足をかけ、水面を見つめる。

「…………」

 ざぷん…と、波が岸に触れた時、思った。

 今なら、死ねるんじゃないか? って。

「…………」

 うん、今なら死ねる。

 こういうのは勢いが大事なんだ。部屋の掃除も、夏休みの宿題も、自炊だって、その気になって覚悟さえ決まれば、後は勢いでやり切れる。喉元過ぎれば熱さを忘れるものだよ。苦しみは一瞬なんだ。

 自分に言い聞かせるようにそう思った僕は、足元を見た。

 ここに、藍色に光る線が引かれているとして、こちら側が「生」。向こう側が、「死」だ。こいつはベルリンの壁なんかじゃない。覚悟さえ決めて、ひょいっと踏み出せば、簡単に飛び越えられるものだよ。

 そうだ、死ね。

「…よし、行ける」

 覚悟を決めた僕は、息を吸い込み、「死」の方へと一歩踏み出す。

 だがその瞬間、まるで腕を引っ張られたように重心が後ろに傾いた。こてん…と、硬いアスファルトに尻もちをつく。痺れるような痛みが、背中を這って広がっていくのがわかった。

「…あれ」

 なんて、お道化た声をあげる。

 覚悟が決まっていなかったのだろうか? それとも、歩き疲れたか? 死に恐怖したのか? なんで? なんで死ぬのが怖かったんだ? 生きるのも怖いのに。

「………」

 冷えた風。青臭い水。ざらついた、コンクリート。

「ああ…」

 僕はため息をつくと、わが身を抱くようにして蹲り、膝に顔を埋めた。

「何やってんだろ」

 強く閉じた瞼の裏に、今日の出来事が走馬灯のように過っていく。

 僕を見て逃げ出す子どもたち。僕を見て顔を顰める先生。僕を嘲笑する同級生。知らないジジイに叩かれた。また子供に馬鹿にされた。

 そして、朝に見た「人を殺す夢」。

 思い出しただけで、心臓の裏側が引きつるように痛む。腹の底から、溶けた内臓が零れ落ちるような感覚。思わずえずくと、粘っこい唾液が口を伝った。

 どぷんっ! と、魚が跳ねる音で我に返る。

 顔を上げた先にあった川は、相も変わらず鈍重に流れていた。臭いし、汚いし、蛍が飛んでいるわけでもない。冷たいわけでも、飲めるわけでもない。

 そんなものを見つめる時間に生産性など皆無で、阿保らしく思えた。

 帰ろう…。

 鼻で笑いつつそう思った僕は、手に力を込め、立ち上がろうとした。

 その時だった。

 ガサガサ…と、背後で、音がした。


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