9 夜会の欠席 (イヴリン、二十三歳)
ラルフが学校に行くようになってからは、二カ月に一度の慰問は私一人で行くことが多くなっていた。
ある日、養護院への慰問から戻ると、私がいない間に珍しくお客様が来ていたようだった。学校がお休みだったらいつもなら一緒に慰問に行くのだけど、私がいてはいけない方が来ていたのかもしれない。あえて私がいない時間を選んだのかも…。
深く聞くのをやめて、気にしていないふりをしたけれど、心の奥でひっかかっていた。
その日の夕食の席で、ラルフから
「今度の夜会、…エスコートできない」
と告げられた。
他国の来賓をエスコートする必要がある時や、予定が合わなくて夜会を欠席することもあったけれど、先んじてエスコートできないとだけ言われたのは初めてだった。
「何かあったの?」
聞き返すと、少し目をさまよわせて、
「すまない」
と返しただけだった。それは別の人と参加する予定があるということなのだろう。
「一人で行ってみようかしら」
ふとつぶやいた言葉に、ラルフが何かを言いかけてやめたのを見て、ああ意地悪を言ってしまった、と思った。やはり私には言えない誰かとご一緒するんだわ。
「…やっぱり、ここで大人しくしておくわ」
「ああ」
私の答えにほっとしたのを見て、ただ力なく笑うしかなかった。
「今度の夜会、欠席だって?」
チェルシー様とのお茶会の後、クライヴ殿下に呼び止められた。出欠の通知は出していたので、殿下がご存知でもおかしくはなかったけれど、私なんかの欠席を気にかけているのが不思議だった。
「はい。都合が合わず、申し訳ありません」
と答えると、
「あいつが留守なら、俺が連れて行こうか?」
と言ってきた。
クライヴ殿下は最近は伯爵家のご令嬢とお見合いの最中だと聞いていた。あの妙な噂に王妃様が早く婚約者を決めるようせっついているようだった。
「お互い、誤解を受けるような行動は慎むべきかと」
軽く礼をして立ち去ろうとすると、
「…なんでそんなに我慢するんだ? 君の婚約者は別にあいつじゃなくてもいいだろうに」
我慢、と言われてピンと来なかった。周囲には私が我慢をしていると思われているんだろうか。思わず足を止め、振り返ってしまった。
「どういう意味でしょう。私はラルフ殿下が婚約者であることに不服はありません」
「もう婚約して十一年だろう。その間、何にも進展していない。君はそれでいいのか」
進展していない。そんなことは誰よりも自分がわかっていた。
ラルフが家族でいてくれる。それに甘えているのは私の方。いい年になって若い婚約者にしがみついている、誰もがそう思っている。そしてそれも間もなく終わるのかもしれない。
ラルフは年上の婚約者との義務的な関係に疲れ、新しい恋人ができた。学校でそんな噂が流れていると聞いた。実感はわかないながらも、いつかそういう日が来ることくらい覚悟はできていた。
「いいのです。例え姉と思われていても、母と思われていても、まだ必要だと思っていただけているなら、私はラルフ殿下に誠実でありたいと思っています」
それは別の男性にエスコートをしてもらう気がないことを示したつもりだった。きちんと伝わったのだろう。クライヴ殿下はそれ以上は言わなかった。
「お声をかけていただき、ありがとうございました。失礼します」
他から見ても、もう私たちの終焉は見えているのかもしれない。
それでも、ラルフからそうはっきりと言われるまでは、私はラルフの家族でありたかった。