6 ラルフの進学 (イヴリン、二十歳)
ラルフが十三歳になると王立学校に通うことになった。
この頃には私と同じくらいの身長になり、生意気な顔をすることが増えていた。いわゆる反抗期だろう。いけないと思いつつも、時折見せるツンとした仕草がまたかわいいと思ってしまう自分がいて、思わずくすっと笑ってしまうと
「いつまでも子供扱いするな」
と拗ねられてしまう。でも私にとっては七歳差はいつまで経っても埋まることはなく、気がつけば私は二十歳になっていた。
この国では結婚していて当然の年。婚約者がいるのだから焦る必要もなく、急かされもしない。だけどそれはあまりに微妙な立場だった。
私が学生の頃には、好きな人のタイの裏に小さな刺繍を入れるのが流行っていた。お守りになるというジンクスがあって、ずっとやってみたかった私は、ラルフには内緒で銀の糸で小さな鷹の刺繍をつけてみた。
ラルフは気が付いていないようだった。
もうそんな流行りは廃れているかもしれないけれど、ずっと憧れていたことを試せて、学生に戻ったかのようで、何だかうきうきした気分になった。
ラルフが離宮を離れる時間が長くなってから、クライヴ殿下から何度か呼び出しを受けた。
特に用がある風でもなく、お茶をいただき、近況を話して過ごすような呼び出しは、さほど親しくもない婚約者の兄という立場では少し違和感があった。
ラルフに相談すると直に断ってくれたようで、やがて呼び出しはなくなった。
城内ですれ違うことは避けられず、軽く挨拶をして通り過ぎようとすると
「あなたはずっとあの離宮に閉じ込められて、それで幸せなのか?」
と聞かれた。その質問は意外だった。私はラルフに束縛され、閉じ込められていると、自由を奪われていると思っているのだろうか。むしろ、ラルフと暮らすことで、居心地の悪くなった侯爵家から抜け出すことができたのに。
「私は、自分の意志でラルフ殿下のおそばにいます」
「本当にそうかな。行く場所がないからそこにいるだけじゃないのか?」
行く場所がない。その言葉は思った以上に私の心に突き刺さった。
「…それでも、ラルフ殿下と共にいることを望んだのは私です。…失礼いたします」
会釈してその場を離れようとすると、
「子離れできない母親のようだな」
クライヴ殿下はそう言い残すと、ひょいと肩をすくめて立ち去って行った。
王立学校では年に一回剣術大会があり、各学年毎の順位と、全学年での勝者を決めていた。
私は学校には二年しか通えなかったけれど、当時の友人達にはみんな応援する方がいて、優勝した人にはにわかファンクラブができていた。
全学年で優勝するのは大体最高学年の方だけど、中には先輩を差し置いて成績を出し、一躍ヒーローになる方もいた。成績上位者は卒業後には騎士団にスカウトされることもあり、騎士を目指す方々は将来の職を求めてみんな熱が入る行事だった。
久々に学校を訪れ、試合を観戦した。ラルフは二回戦で敗れ、王子であっても手を抜くことのない真剣勝負は観ていてすがすがしかった。
ラルフの敗退に落胆の声を上げたのは私だけではなく、王子ということもありラルフのファンも数名いるようだった。目と目が合うと、プイっと目を背けられた。負けたところを見られて恥ずかしかったのだろう。罰の悪そうな姿が何ともかわいらしかった。
離宮に戻り、夕食の話題はやはり剣術大会のことになった。でもラルフは負けたのが悔しかったのか、ずっと目を合わせようとせず、少し口をとがらせて、
「…見に来なくてよかったのに」
と弱々しくつぶやいた。
「私が行きたかったの。勝っても、負けても、ラルフが頑張るところを見たかったのよ。頑張ってた。素敵だったわ」
「負けて素敵なんて言われても…」
「優勝した人以外は、みんな負けてるわよ。優勝した人以外はかっこ悪かった? そんなことないでしょ?」
納得いくような、いかないような顔をしながらも食事を続け、他の学年の人の試合をふりかえっているうちにラルフも熱い試合を思い出したのか饒舌に語りだした。全学年で優勝した方より準優勝だった方の剣捌きの方が好きだったと言うと、ラルフも同意見だった。私とラルフの剣の好みが近いことがわかり、嬉しかった。その剣はラルフに似ていたから。