4 離宮へ (イヴリン、十七歳)
この頃、私は家を出ることを考えていた。
王宮の侍女を募集していると聞いて、住み込みで働くことを本気で考えていたけれど、
「王子の婚約者が侍女だなんて、あり得ないだろう」
とラルフに反対されてしまった。侍女が気に入られて側室になることは過去にあったけれど、婚約者が侍女になるのは認められないらしい。
だけど、ずっと私についていてくれた侍女のエミリが間もなく結婚し、侯爵家を出てしまう。新しい侍女をつけてもらえるかもわからず、以前エミリがいない時についてくれた侍女は髪をとくのも乱雑で痛く、髪を結うのも下手だった。そんな人にずっとそばにいられたら…。考えただけで憂鬱だった。
「家にいるのが辛いのか? なら、ここにくればいい」
婚約者とは言え、結婚前から同居なんて、まだまだ結婚の目途も立っていないのに。きっと許されないだろうと思っていたけれど、意外にも王から許しが出て、ラルフのいる離宮に私の部屋が用意され、一緒に住むことになった。
私がラルフを守ったことと、アディンセル侯爵家の内情も考慮されたのかもしれない。
私が家を出ると言うと叔父夫婦は喜んでいた。王子様に憧れるミラベルは
「いいなあ、お姉様ったら、お城で暮らせるなんて」
そう言ってほっぺをぷくっと膨らませていた。
ミラベルにはこの家があるのに…。
仮に王家との婚約がなくなったとしても、私がこの家に戻ることはないだろう。もうここは私の家ではないのだ。
父や母と過ごしたこの家を目に焼き付け、私は十七年間暮らした家を離れた。
ラルフのいる離宮で暮らすようになり、朝食は必ず、夕食もできるだけ一緒に取ることにした。
ラルフは早朝から王城の騎士団と共に剣の鍛錬をしていた。まだ体型は幼さが残っていても大人に交じって練習を積むことでしっかりと鍛え上げられている。執事のディーンに聞いたところ、元々剣は好きな方だったのだけど、私が怪我をして以来、特に熱心に取り組んでいるのだそうだ。将来辺境地をあてがわれることも充分あり得るラルフにとって、剣の腕を上げることに損はない。それは王の臣下として生きることをも示していて、王も王妃も是認しているようだった。
体を動かした後で取る食事は進むようで、小さな体で私以上に大食いなのに驚いた。
「この分じゃ、すぐに私より大きくなっちゃうわね」
そう言うと、
「当たり前だ。イヴより小さいなんて、…あり得ないだろ」
そう言って拗ねた顔をした。
まあ、私は女性としてもそんなに大きい方ではないから、私を抜くのはそんなに大したことではないだろうけど、まだ私より小さなラルフがいつか自分を越えていく日が来る、それを思うだけで、何となくしみじみとしたものが胸に広がっていった。
「いっぱい食べて、体を作らなくちゃね」
残そうとしていた茄子を指さすと、眉をひそめながらもフォークに突き刺し、目を閉じて口に放り込んでいた。そして、自分は頑張ったことをアピールするので、
「ちゃんと食べてえらいわ」
と褒めると、満足そうに笑っていた。
婚約者とは言え居候に近い私は、何かできることはないかと尋ねてみたけれど、離宮にはよく働く侍女やメイドがいて、やるべきことは充分事足りていて私の出番はなかった。
庭の一角を借りて花を育ててみたり、王城の裏手にある果樹園で育った果実を使ってジャムを作ってみることなら趣味として認めてもらえ、そこから庭師や料理人の方とつながりを持つことができた。
王族として慈善活動も積極的に参加することが望まれていて、ラルフは今まで免除されていたけれど、私が来たことでラルフにもその仕事があてがわれた。二カ月に一度、ラルフと一緒に城下にある養護院や救貧院、病院に出向き、王の支援が正しく使われているか、不都合はないかを視察し、人手の少ない時には裏方のお仕事を手伝うこともあった。
時々私が作ったジャムを持っていくと、とても喜ばれた。ささやかでも誰かのお手伝いをすることができるのは楽しかった。